《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》捨てる大聖あれば拾う傭兵あり 02
6/21 9:30 地図上の位置関係を間違えていたので修正しています。
イルダーナ―山岳地帯―アストラ
なので、西と東を間違えていました。スミマセン……
「私、よく生きていたわね。ダグの剣は心臓を逸れていたのかしら」
マイアは気まずい沈黙を破るために発言した。するとルクスも同意してくる。
「正直なところ、俺も息があった事に驚きました。制服ののところにこれくらいの大が開いていて、みどろだった上に埋められていたのにまだ息があったんで……息があったからこそ見つけられたんですけど、そこから目が覚めるまでに回復するなんて、聖の自己回復力は凄いですね。俺がやったのは著替えさせてを綺麗にしたくらいなので……」
「致命傷をけても回復するっていうのは聞いた事がないから、たぶん心臓は逸れていたんだと思うけど……」
自分でも生きていた事にびっくりである。
「私、埋められていたのよね? よく見付けられたわね……」
「人探しは得意なんです」
ルクスはそう言ってへらりと笑った。
「……ここはどこなの? まだフェルン樹海の中?」
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「はい。ただ、さすがに俺も意識のない人を背負ってホットスポットを歩けるほどの技量はないんで、まだあんまりベースキャンプからは距離を取れてないです」
「私を見つけてから二日が経っているのよね? もしかしてあなた、走兵になったの?」
遠征中の軍からの走は正規兵なら軍法會議ものだし、傭兵の場合はギルドでの信用をかなり落とすはずだ。報酬は前金と後金に分けて支給されるので、後金は當然貰えないし、違約金を請求される可能もある。
マイアの質問に、ルクスは軽く肩をすくめるとわしゃわしゃとふわふわの髪のを掻き回した。
「……そうですね、そんなじです。正直後金が貰えないのは痛いですし、ギルドの評価とか考えるとまずいと言えばまずいんですが、治癒魔という希な才能の持ち主が殺されかけたってのが許せませんでした」
不覚にもドクンと心臓が高鳴った。
ルクスは自分のの危険や不利益も顧みずマイアを助けてくれたのだ。
醫學に初歩の魔、禮儀作法と、これまで立派な聖になる為の勉強ばかりしてきたマイアは異に免疫がない。
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だから歳が近くて優しそうな男の人にこんな事を言われるとちょっとときめいてしまうのだ。
……と自分に言い訳をする。
そして気持ちを引き締めた。勘違いしてはいけない。ルクスが助けてくれたのはマイアが『聖だから』だ。本人だってそう言ったではないか。
「……あなたには貸し一つあったはずだけど、それ以上の事をして貰ったのね。それにしても二日も魔師の結界外で生き延びられるなんて凄いわ」
「ああ、まぁ、俺は々とあるので……」
何やら言葉を濁されてマイアは心の中で首を傾げた。
「そんな事よりマイア様、これからどうします? 俺としてはあなたを害そうとしたティアラ様のいるベースキャンプには帰したくないです。王子様はかなり必死にマイア様のこと探そうとしてたから心は痛みますけど……」
「そうね、私もティアラ様やダグが怖い」
ついでにアベルの冷たい視線も脳裏をよぎった。
常に冷淡だったあの人が、マイアに気持ちが……なんてルクスの評価はちょっと信じられない。
「ここまで來たらこの際なので、マイア様の安全が確保されるまではお付き合いしようかと思うんですが、俺がマイア様に示してあげられる道は二つです」
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そう告げると、ルクスは指を二本立てた。
「まず一つ目、この國の首都まで送るので、國王陛下に直接何があったのかを申し立てる。ただこれは、正直賭けっていう側面もあると思います。ティアラ様は力のある世襲貴族のお嬢様ですし、おまけに再生という極めて強力な治癒能力の持ち主でもある。政治的判斷が働いてマイア様の訴えは握り潰されるかもしれない」
ルクスの指摘にマイアはを震わせた。
確かにその指摘は的をている。トリンガム侯爵家といえば國境の番人と呼ばれる名家だ。
建國時に大きな功績のあった家で、その忠節を買われて東の國境に封じられ、隣國アストラの向を監視する役目を任されたという武の家柄である。
名門世襲貴族によくあるように魔力保持者をよく輩出する家柄で、現在の當主にしてティアラの父のオード・トリンガムも魔師だったはずだ。
魔力保持者同士で婚姻したとしても、子供への魔力の伝確率は二、三割と言われているので、二代続けて魔力保持者を、それも娘に聖を輩出したというのは快挙と言っていい。
國王夫妻はマイアの後見人となり、々と気にかけてはくれたけど、ティアラとマイアの言い分が食い違った時にどちらを信じてくれるかは、確かにルクスの指摘通りわからない。
マイアの訴えが握り潰された場合マイアの扱いはどうなるのだろう。討伐遠征の途中で男と逃げた愚かな聖と言われるのだろうか。ろくでもない予想しか出て來ない。
顔を顰めて黙り込んだマイアにルクスは小さく息をつくと、「こっちの方が俺のおすすめなんだけど」、と前置きしてから口を開いた。
「いっその事こんな國捨ててアストラに亡命する」
ルクスの口から飛び出してきたのは、東隣の魔大國の名前だ。考えた事もなかった選択肢である。
「……そんな事が可能かしら」
國境はホットスポットでもある険しい山岳地帯で隔てられており、隣國に向かうには特別に整備された街道を通るしかないのだが、この街道には関所が設けられている。この國が魔力保持者の國外流出を簡単に許すとは思えない。
「俺が手を貸せば結構高い確率で功するって言ったらどうします? 國境を越えた後の伝手にも心當たりがあります」
「……功確率が高くて亡命後の生活保障もあるのなら亡命一択ね。だけど、私はまだあなたが信用できない」
し考えてから答えるとルクスは苦笑いした。
「當然ですね。マイア様と俺はまだ知り合ったばかりだ。だからとっておきのを教えてあげますよ」
ルクスはそう宣言すると左手を目の前に持ってきて、その中指にはまっていた太い銀の指を引き抜いた。
すると髪のが焦げ茶から金茶に、瞳のが茶から緑金へと変化する。
マイアは特に瞳のの変化に目を奪われた。
中央は緑、虹彩の郭が金に変化する瞳は魔力保持者の証だ。
「魔師……?」
呆然とつぶやくと、ルクスは頷いた。
「何で魔師がこんな所で傭兵なんかやってるのよ……」
イルダーナ王國において、聖ほどではないが魔師も貴重な人材だ。
王立魔研究院の付屬學校卒業後はもれなく全員が宮廷魔師として召し抱えられて、軍人や研究者など魔に関わる仕事に従事する事になる。
「俺はこの國の魔師じゃありませんから」
「えっ……」
「俺はアストラの出です。……この國には諜報員としてり込みました」
マイアは大きく目を見開いたまま食いるようにルクスの顔を見つめた。
髪と瞳のが変わった事で大きくける印象が変わった。
頬にそばかすが散っているのも穏やかそうな顔立ちも変わらないのに。
ありふれた茶から明るく華やかな合いに変わったことで、素樸な印象は消え、どこぞの貴公子と言われても通用する見た目になった。
いや、魔大國アストラの魔師という事は彼は貴族に相當する特権階級の人間だ。
アストラはイルダーナとは違い、魔師により統治される國である。たとえどんなにいい家に生まれても魔力が発達しなかったら平民という扱いになる國だったはずだ。
魔師だという告白も驚きなら諜報員という告白も驚きだ。確かにとっておきのだが……。
「どうしてそんな事を私に明かすの」
マイアは警戒心をあらわにルクスを睨みつけた。
「マイア様が今置かれてる狀況を々と考えた結果、正直に分を明かして真正面から口説く方がいいと思いました」
「口説く」
「はい。ルクス・ティレルは偽名で、私の本當の名前はルカ・カートレットと申します。アストラの國家諜報局に所屬する國家魔師です。聖マイア殿、どうか我が國にお越し頂けませんか? 當國はあなたを國家治癒魔師としてけれる用意があります」
ルクス……いや、ルカのその発言を聞いてマイアは彼が自分を助けてくれた理由を納得した。それと同時に心の中に落膽も広がる。
不利益も顧みず助けてくれたのだと思って、ちょっとときめいた自分が馬鹿みたいだ。
どうして忘れていたんだろう。人は基本的に自分に得がなければかない。マイアが聖としての勉強を頑張ったのだって充実した食住のためだ。
「ルカ様が私を助けてくれたのは引き抜く為だったのね……?」
今のマイアでは、彼が隣國の回し者である事を國に訴える事もできない。そこも計算の上で正を明かしたに違いない。とんだ食わせ者だ。
睨み付けるマイアに、ルクスは軽く肩をすくめた。
「……確かにその通りです。傭兵ルクス・ティレルとしての実績を捨ててでも取り込む価値があると判斷いたしました。ですがあなたを助けたのは、あなたの境遇に思うところがあったからでもあります」
「どういう意味ですか?」
「出自を原因に侮られるなどアストラではありえない。それも高い治癒能力と魔力を兼ね備えた聖だというのに。……もし不快に思われたら申し訳ないです」
同されていたと思うと確かにし嫌な気持ちになった。
だけどそれを彼にぶつけるのは得策ではないと頭の中で計算する。
「……不快だなんて思っていません。助けてくれた事にただ謝しています。ありがとうございました」
マイアはルカに向かって頭を下げた。
そして彼が魔師という事で、々な事に説明がつくと気付く。
地面に埋められていたマイアを見つけた事も、ベースキャンプを出奔して二日間も寢たきりの人間を抱えながら無事に過ごせた事も、探知魔や結界魔の使い手であれば十分に可能だ。
そしてルカの傭兵と言うには細い格にも得心がいった。
魔力保持者は一般的に筋が付きにくくつきも華奢になる傾向がある。
魔という強力な力の代わりに、力や能力面で普通の人間に劣るという欠點があるのだ。
も日差しに弱いから、自然回復力の高い聖と違って魔師はをあまり出しないようにしている者が多い。ルカのそばかすは日に焼けたせいでできてしまったものだろう。
だからただ一つ、整合が取れないのは、彼が優秀だと噂される剣士である事だ。
マイアはちらりと天幕の隅に置かれているルカの剣に視線を送った。彼が用している剣は刺突用の細剣に分類されるが、中でも大振りで無骨なエストックである。
貴族が決闘用に好んで使うレイピアよりもずっと長く大きいため、扱うには相応の筋力が必要なはずだ。
「俺が剣を使うのが不思議ですか?」
マイアの視線に気付いたのか、ルカに尋ねられた。
「はい。どうしてこんなに大きな剣が使えるんですか? 魔師なのに」
「俺が一番得意なのは強化魔だからです。その代わり屬系は苦手で」
答えながらルカは左の袖をまくった。
すると、あらわになった素には、びっしりと魔式が黒い染料で書き込まれている。
「刺青……?」
「はい。異國では普通の剣士に擬態するためにも羽筆(クイル)をおおっぴらに使う訳にはいかないので。……擬態できるからこそ諜報員として酷使されてるんですけど」
そう言ってルカは苦笑いした。
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