《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》捨てる大聖あれば拾う傭兵あり 03
「マイア様、どうなさいますか? アストラに亡命するか、イルダーナにこのまま殘るか」
ルカから改めて二択を迫られ、マイアは即答できなかった。
「とりあえず半死半生の大怪我からまだ目覚めたばかりですし、今日のところはゆっくり考えて下さい。ただ、明日にはマイア様の調を見つつではありますが、移を始める予定です。今後月は痩せていく一方ですし、手持ちの食料が心もとないので」
そう告げると、ルカは今のマイアでも食べられそうなを準備すると言って天幕を出て行った。
一人天幕の中に殘されたマイアの手元には、塗れになり元にの開いた純白の聖の制服と自分の羽筆(クイル)がある。これは、今後を考える參考にしてしいとの前置きと一緒にルカから渡されたものだ。
天幕でダラダラしている所をダグに呼び出されたのだ。マイアが唯一この狀況下でも使えそうな持ちは、常に離さず持っていたこの羽筆(クイル)だけだったようだ。
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刺されてから二日が経過しているというルカの話から計算すると、今の月齢は二十だ。
この世界の月は三十日周期で満ち欠けする。
月が痩せるほど魔師の戦闘能力が落ちる事を考えたら、確かに早めに移をしてこのホットスポットを抜けなければいけない。
マイアはまずは自分のを點検した。
服を捲って刺されたはずの左を確認すると、引き攣れるような傷痕が痕跡として殘っていた。
はしふらつくけれど一応く。ただ、の魔力は底を盡きかけていた。
聖は自分には治癒魔はかけられない。その代わりに備わっているのが極めて高い自己回復力だ。
恐らく魔力がごっそりと目減りしているのは、瀕死狀態からの回復に魔力が費やされたせいだ。
もう一晩寢れば、たぶん普通にけるようにはなると思う。だからまず考えるべきなのは、魔蟲の巣窟であるこのホットスポットを無事に出る事だ。
その後は……。
マイアは視線を手元の制服に落とした。
考えれば考えるほどアストラへの亡命しかない気がした。
だけど全面的にルカを信じてもいいものだろうか。
見た目は穏やかで優しそうだけど、彼が悪人ではない保証はどこにもないのだ。
助けてくれたのは確かだが、アストラ人というのはあくまでも自稱で、それを裏付ける客観的な証拠はどこにもない。
どこかで豹変してマイアを襲ってきたらどうしよう。
襲われて純潔を散らされるくらいならまだいい。奴隷として監されたり、悪い貴族や裏社會に売り飛ばされて治癒の魔力を搾り取られる可能はあるかもしれない。
過去に聖が拐されて、不幸な目にあったという事例はいくつか聞いた事がある。
マイアは深く大きなため息をつくと、ごろりと寢袋の上に橫になった。
頭が痛くなってきた。きっと々な事を考えすぎたせいだ。
(そもそも私、一人で街まで出られないんだわ)
その事に気付いて笑いが込み上げてきた。
ここはホットスポットのど真ん中だ。
ベースキャンプに戻る、森を出る、どちらにしてもルカの助けがなければ既にどうもならない狀況になっている。
(よし、腹を括ろう)
ルカが見つけて助けてくれなかったら死んでいたかもしれない命だ。
助けた対価として貞とかそれを超えるものを要求されたとしても、それはルカがけ取るべき正當な報酬だと思うことにする。
聖の力に目覚めていなければ、下町で貧しい暮らしをしていたに違いないのだから、それを思えば大抵の事は耐えられる。
(いや、強制労働で々治せって言われて魔力を搾り取られるのはともかく、汚いおじさん複數人に……とかはさすがにやだな……)
一対一ならまだ許容範囲……と考えたところでマイアはぶんぶんと頭を振った。
悪い事は考えない。気持ちが落ちるだけだ。
ルカが天幕に戻ってきたのは、大きく深呼吸をした時だった。
ルカは両手にカップとを持っている。
からは湯気が立っており、食をそそるいい匂いがした。
「麥を固めて作った攜帯食に干しと野草を加えて炊いたスープです。食べられそうですか?」
にはスープが、カップには水がっていた。
空腹はそれほどでもないがは酷く乾いている。
「ありがとうございます」
マイアはお禮を言いながらありがたくけ取ると、スープに口を付けた。
し味は薄いが十分味しく頂ける。
(食べなきゃ)
お腹は空いていないが無理矢理にでも流し込む。
討伐遠征では魔師と聖は馬車でベースキャンプまで運ばれるが、ルカと外を目指すとなると當然歩きだ。
魔力保持者の多くの例にもれず、力には全く自信がない。絶対に足手まといになる自信があるが、その度合いを減らすためにもまずは食べなければ。
溫かいものを口にすると、しだけ気持ちが和らいできた。
「ルカ様、私、決めました。アストラに連れて行って下さい」
意を決して宣言すると、ルカは嬉しそうに微笑んで頷いた。
「決斷してくれて良かった。――ならここからは敬稱も敬語もなしで。マイアって呼ばせてもらうから、マイアも俺の事はルカと呼び捨てにしてしい」
「……いいんですか?」
「亡命の旅をするのに、お互いにかしこまった言葉を使いあっていたら怪しまれるだろ? 森を出たらまず仲間のところに向かって行商人に化けるつもりなんだ。だから街についてからボロを出さない為にも今から練習しておいた方がいいと思う」
ルカは切り替えが早い。早速砕けた口調になっている。
「わかりまし……わかったわ」
マイアは敬語を使いかけて慌てて言い直した。
◆ ◆ ◆
食事が終わると、ルカは自分の羽筆(クイル)を取り出して後始末をしてくれた。
ルカが空中に書き出した魔式はかなり高度なもので、思わずマイアは見惚れる。
式を書き終えたルカが魔を発させると、とカップが一瞬にして綺麗になった。
「これは《洗浄浄化》の魔?」
「うん、マイアのを綺麗にしたのもこの魔だ」
《洗浄浄化》はと水の複合屬魔で、マイアが心得ている《浄化》よりも更に高度な魔である。
「屬魔は苦手だってさっき聞いたような……?」
「苦手だから魔力効率が悪いんだ。でもこういう単獨行やら旅の時には便利な魔だから覚えた」
水の製や衛生環境を整える魔は、確かに野外活を行う上では使えた方がいい魔だ。かく言うマイアも水を作り出す初級魔は心得ている。
「もうすぐ日が落ちるけど眠れそうかな? 寢過ぎで眠れそうにないならし月のを浴びるといい」
「……ありがとう」
「野宿の間は悪いけど同じ天幕で寢てもらう事になる。一応布で仕切りを作ろうと思うけど我慢してしい。それと外には魔蟲避けの結界を敷いてあるから、月浴はその範囲で行う事。うっかり外に出ちゃったら襲われるかもしれないから気をつけてしい」
「わかったわ」
ルカの注意にマイアは頷いた。
最果ての世界で見る景色
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