《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》幕間・ベースキャンプ

し時は遡る。

マイア・モーランドが行方不明になり、丸一日が経過したベースキャンプには、疲れきった表で捜索から戻ってきたアベルの姿があった。

(どこに行った、マイア)

前日の討伐から引き上げてきて、マイアの不在が判明した時、ベースキャンプは大騒ぎになった。

現在國に十八人しか認定されていない聖のうちの一人が行方不明になったのだ。近々もう一人、ティアラ・トリンガムが追加される予定とはいえ、マイアが貴重な人材であることは変わりない。

食事を返上して捜索に當たる事になり、同時に全員の點呼と事聴取が行われた。

點呼の結果、マイアだけでなくラーイという療養中だった若い騎士も姿を消していた。

そしてティアラとダグが揃ってマイアとラーイが仲で、駆け落ちしたのではないかと証言した。

「ダグ、イエル、本當に何も気付かなかったのか」

「申し訳ありません」

「私も何も気付かず……本當に申し訳ありませんでした」

護衛のダグ、そして侍のイエル。マイアに付けられている側仕えは、聖の世話役であると同時に監視役でもある。

しかしダグもイエルも青ざめて平謝りを繰り返すばかりだった。

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「殿下、本當にマイア様は駆け落ちしたと思っていますか?」

一通り全員の証言を聴き終えた後、こっそりとアベルの元を訪れて質問してきたのは副のライアスだった。

「一応の整合は取れているが……きな臭さもじる」

「マイア様が害されたとしたら一番怪しいのは……」

「わかっている」

アベルはライアスに目配せした。長い付き合いだ。彼もまたティアラを疑っている事は顔を見ればわかった。

駆け落ちの証言をしたダグはティアラとは利害関係にある。失われた左目を再生してもらったのだ。恩義にじてティアラに有利な証言をしている可能がある。

……もしティアラがマイアを害したと仮定すれば機は何だろう。

現狀魔力効率面で問題はあるようだが、欠損の再生という奇蹟の治癒魔の使い手であり、家柄・容姿共に優れたティアラがマイアを排除しようとする理由がわからない。

「駆け落ちが真実だったとしても、ティアラ嬢が何かをしたのだとしても、元兇は殿下だと思いますよ」

ライアスの言葉に、アベルの心臓がズキンと痛んだ。

「特別なの前では直して何も話せなくなるとか。いつまで拗らせていらっしゃるのか」

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元々アベルの剣師範で、子供の頃からアベルを知っているライアスは容赦がない。

今年で五十になるのにまだその剣の腕は衰えを知らず、勝負をすれば未だに五本のうち一本取れるかどうかという剣の達人だ。かつてアベルの側近を務めていたダグもライアスの弟子の一人である。

「ティアラ様は明らかにあなたに気がありますからね。マイア様を邪魔に思って……という可能はなきにしもあらずでしょう」

「……だけで人を殺したいと思うものだろうか?」

「貴族の中には平民を人と思っていない連中は山ほどいます。例えそれが希な聖であっても。それは殿下、あなたもご存知ですよね?」

ライアスの指摘にアベルは歯噛みした。

そうだ。自分は散々マイアが侮られる様子を見てきたではないか。

そしてそんな自分もマイアにはきっと同類と思われている。

平民の孤児という恵まれない境遇ながら、十代を過ぎて魔力が急発達した異の聖

努力に努力を重ねて若手の聖の中でも一番の治癒能力を示すに至った彼を、アベルは好ましく思っていた。

アベルが初めてマイアに出會ったのは、彼が學校を卒業し、聖認定をけた時だ。

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紅茶の艶やかな髪に魔力保持者の証たる神的な青金の瞳を持つ、華奢で可らしいマイアにアベルは一目で心を奪われた。

正直顔立ちだけで語れば彼の容姿は中の上といったところだ。魔力保持者である彼は全的にほっそりしていて、見た目に限ればもっと魅力的なは首都には山ほど溢れている。

しかし彼には小的な庇護をそそられるらしさと、貴族のお嬢様にはない生命力という魅力があった。

年回りの近い聖は他にもいたが、その中でも一番の能力を示したマイアが自分の有力な妃候補だと言われて嬉しかった。だけど彼を目の前にすると、張してうまく話せなくなった。

を目の前にするといつも場を取り繕う事を考えてしまう。何とか話題を探そうとするものの思いつかない。結果的にアベルは、ついまだ未な行儀作法を指摘しては嫌な顔をされるという悪循環に陥っていた。

マイアが心を必死に取り繕ってアベルの相手をしてくれるのは、王子という分があるからだ。

マイアは自分より分の高い者には何を言われても辛抱強く我慢し、へりくだって切り抜けるという強(したた)かさを持っている。そういう計算高さも含めてアベルには好ましかった。

もっと親しくなりたいのに、どうしても彼を目の前にすると頭が混して冷たい態度を取ってしまう。

別の貴族出の魔師に嫁がせた方が良いのではないかと言い出したのは、そんなアベルに歯がゆさと怒りを覚えた母のフライアだ。

冗談ではないと思いつつも、自分が兄と違って両親の魔力け継がなかったことは事実だし、こんな男の所に嫁ぐよりも別の男に嫁いだ方がマイアは幸せになれるのかもしれない、などと考えると母に反論する事もできなかった。

父たる國王イーダル、母フライア、そして兄のヴィクター。

全員が魔力保持者であり、家族の中でアベルだけが普通の人間として生まれた。

それはアベルの中に劣等を植え付けたが、おかしな方向にひねくれずに済んだのは、家族や剣の師匠のライアスが騎士への道を示してくれたおかげだ。

魔力保持者は能力が劣るため、前線で剣を振るい戦う兵士にはなれない。

アベルはアベルにしかできない方法で國に貢獻すればいいと周囲の皆が教えてくれた。

そのおかげでいっぱしの軍人にはなれたのに、好意をもっているに対してはこのたらくだ。

無表を裝っているのはけない自分を隠すための虛勢だとは知られたくない。

いずれ彼は自分のものになるだ。両親を説得した結果それはもう決まっている。

だから誤解は時間をかけて、ゆっくりと解いていけばいいと思っていた。

ティアラ・トリンガムが自分に好意を抱いていることには気付いていた。

のようにしい彼に好意を向けられるのは男として正直悪い気はしなかったが、殘念ながら既に自分にはマイアという心に決めたがいる。

だからマイアに敵意が向かないよう、自分では慎重に対応をしたつもりだ。

的には、マイアをどう思っているのか聞かれた時に、「平民の孤児と聞いているが、行儀作法がなっていなくて嘆かわしい限りだ」と答えたりと、興味のない素振りを貫いた。

しかしアベルがマイアに想いを寄せていることは一部の人間の間では有名な話だし、はその手の勘が鋭いから気付いて彼に何かしたのかもしれない。

「ライアス、証拠を探してもらえるか? ただし細心の注意を払って。今ティアラ嬢の機嫌を損ねる訳にはいかない」

「承知いたしました」

ライアスの答えにアベルは頷いた。

魔蟲の討伐遠征において魔師と聖は命綱だ。マイアが姿を消した今、ティアラの治癒魔に頼るしかないというのが腹立たしかった。

――いや、まだティアラが犯人だと決まった訳ではない。

マイアがアベルやこの國のあり方に想を盡かして、好いた男と二人逃げ出した可能だってあるのだ。

ラーイの顔には覚えがある。若い騎士の中では優秀な男だ。見目も悪くない。彼ならば単獨でマイアを守りながら森を抜ける事も可能かもしれない。

今の自分がやるべきなのは、月が痩せ細るギリギリまでこの森に踏み止まって、マイアとラーイの足取りを追う事、そしてティアラの向に注意を払う事、この二つだ。

一夜が明け、今日は魔蟲討伐は取りやめてマイアとラーイの捜索に全力で當たったが、結局何の収穫もなかった。

アベルはマイアの顔を思い浮かべ、深いため息をつく。

ベースキャンプに殘り、ティアラの向を見張っていたライアスの方は何かの収穫があっただろうか。

そう思い、ライアスを探しに行こうとした時だった。

「アベル様、隨分とお疲れですね」

背後から聲を掛けられたので振り向くと、ティアラ・トリンガムが立っていた。

「治癒魔を掛けてもよろしいですか? 殿下のお疲れを癒して差し上げたいので……」

「ありがたい申し出だが辭退させて頂く。消費魔力を考えたら、あなたの治癒魔は私の疲労の回復ではなく怪我人に施されるべきものだ」

治癒魔には疲れを回復させる効果がある。

しかし魔力に限りがある以上、そんなくだらない事に使うべきではない。ただでさえ魔力効率に問題があると聞いているのに、このは何を言っているのだろう。

不快じつつもそれを表には出さないよう、申し訳なさそうな表を作ってアベルはティアラの申し出を斷った。

「まあ、遠慮なんてなさらないでください! 聖の治癒魔は殿下のような高貴な方の為にあるのですから」

ティアラは強引にアベルの手を取ると、無理矢理魔力を流してきた。

の下を蟲か何かが這い回るような不快を覚え、アベルは顔を顰めた。

「ティアラ嬢、魔力の無駄遣いはや……」

やめてしい、という言葉は途中で途切れた。

頭がくらりとしてアベルは思わずこめかみのあたりを押さえた。

「アベル殿下、大丈夫ですか?」

すかさずティアラが気遣わしげな言葉をかけてくる。

その顔を見た瞬間、アベルの思考に霞がかかった。

「殿下……?」

重ねて聲をかけられ、アベルはまじまじとティアラの顔を見つめる。

……どうして今までこんなに魅力的なが側に居るのに気付かなかったんだろう。

そして、今まであんなに気になっていたはずのマイアの事が、急に取るに足りない存在に思えた。

◆ ◆ ◆

(凄いわ、この魔力)

アベルが自分を見る目が明らかに変わった。それを確認して、ティアラはにっこりとアベルに向かって微笑みかけた。

この大聖の魔力を手にれてからいい事ばっかりだ。

失われた両足も爛れた皮も元通りになったし、他人に対してこの魔力を流して怪我を治してあげると、何故かその人はティアラの事を好きになってくれる。そしてそうなった人は、ティアラのみを葉えるためになんだってやってくれるようになるのだ。楽しくて楽しくて仕方ない。

だからずっとアベルに治癒魔を使う機會をずっと窺っていた。

優れた騎士でもある王子様はなかなか怪我をしてくれなくてやきもきしたけれど、疲労の回復を言い訳に今日ようやく魔力を流せた。

ティアラはアベルから向けられた甘い眼差しに、うっとりと微笑みかけた。

子供の頃からずっとアベルに憧れていた。

質な貌を持つ金髪碧眼の王子様。

師の王と聖の母の間に生まれたのにも関わらず、ヴィクター王太子と違って魔力が発達しなかった事をとやかく言う連中もいたけれど、ティアラに言わせればひょろひょろとしたヴィクターより、悍なアベルの方がずっと素敵だ。

軍人としてストイックに國に忠節を捧げる姿も立派なつきも全部素敵。

第二王子という立場も魅力的だ。彼の妃という地位は、王太子妃ほどのプレッシャーを掛けられる事もなく、王室の一員としてのうま味をよりできるに違いない。

だからアベルに憧れ続けていたティアラにとって、マイアは許し難い存在だった。

庶民の、しかも孤児なんて底辺の卑しい存在のくせに。

小バエのようにアベルの周りをうろちょろするのが許せなかった。だから誰よりもティアラを稱えてくれるようになったダグや欠損を再生させた連中に囁いた。

「あの、目障りだわ。どこかに消えてくれたらいいのに」

そう何度か囁くだけで、ダグ達は勝手に考えて、辻褄の合う形でマイアを始末してくれた。

ティアラはアベルに向かって微笑みを浮かべながら囁きかけた。

「ねえアベル殿下、あんな卑しい庶民の聖の事なんてもうどうでもいいではありませんか。早く討伐を終わらせて帰りましょう?」

「……それはできない。マイアはたった十八人しかいない聖のうちの一人だから……なくともギリギリまでは捜索をしなければ……父上や母上に変に思われる……」

「まあ、確かにアベル殿下の仰る通りですね。仕方ありませんね……」

ティアラは軽く肩をすくめると、アベルにしなだれかかった。

「では殿下、せめてもの罪滅ぼしに私の側にいて下さいます?」

「ああ、もちろんだ。ティアラ……」

アベルはティアラに向かって嬉しそうに微笑むと、手を差しべてくれた。

アベルの態度の変化に疑問を持つ者が出てきたら、何か理由を付けて魔力を流してやればいい。

ティアラは目をうっとりと細めると、アベルの手に自の手を重ねた。

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