《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》樹海を征く 01
翌日、マイアは隣から聞こえる小さな音に起こされた。
(何の音……?)
ブーッ、ブーッ、という定期的な音と一緒に微かな振が伝わってくる。その源は天幕のマイアの領域の向こう側、ルカが眠る方向から聞こえてきた。
天幕の中はルカのマントが仕切りとして吊り下げられていて、互いの寢顔が見えないような配慮がされている。
もう夜明けらしい。まだ薄暗いけれど、天幕の中の何がどこにあるのかはなんとなくわかる程度の暗さになっている。
「う……」
布越しにき聲が聞こえ、間仕切りの向こう側からもぞもぞと何かがく気配がした。そして振と音が止まる。
恐らく目覚まし用の魔の仕業だ。
しかし程なくして再び寢息が聞こえてきて、マイアは首を傾げた。
(起きなくていいのかな……?)
そっと寢袋から出て天幕の出口をめくって外を確認すると、周囲は白み始めていた。
群青から山際(やまぎわ)が薄い赤へと移り変わる空は、この夜と朝の狹間特有のものだ。
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魔蟲の跋扈するホットスポットでは、日のあるうちに行するのが鉄則である。ルカを起こした方が良さそうだ。
マイアは髪を軽く手ぐしで軽く整えると、間仕切りの向こう側に顔を出した。
「ルカ、起きなくていいの?」
ルカはうつ伏せに突っ伏し、顔を隠すようにして布と上著を重ねて規則正しい寢息を立てていた。
聲を々掛けたくらいでは起きる気配がないので、手をばし、をゆさゆさと揺すってみる。
すると、貓が丸くなるように布の中にもぞもぞと潛ってしまった。
「ルカ!」
更に聲をかけると、布の中から手がびてきて、ガシッと手首を摑まれた。
そして、
「……るさい……殺すぞ……」
地の底を這うような聲で恫喝され、マイアは目を丸くした。
「ルカ……?」
「…………」
ルカがいた。布から顔をだすと、ものすごく鬱陶しそうに顔を顰めながらようやく目を開ける。
ぼんやりとした緑金の瞳がマイアの姿を捉えた。
「……朝……?」
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「……うん」
どうやらルカは相當に寢起きが悪いらしい。
「俺、何か変な事言わなかった……?」
気怠そうに半を起こしながらルカは尋ねてきた。
ふわふわの金茶の髪は好き勝手な方向に跳ねてボサボサになっている。
「騒なじに寢ぼけてた」
マイアの返事にルカは「うぅ……」と小さくいてから謝ってきた。
「……ごめん、朝は苦手なんだ」
のそのそと起き上がると、ルカは寢ぼけまなこのまま背嚢に近付いて中を漁った。
そして、紙に包まれた何かととカップの二つを取り出すと、まだぼんやりした様子でマイアに向き直った。
「これ朝ごはん……魔で水は出せるんだっけ? 二人分出して貰えると助かる。森を抜ける事を考えると俺の魔力はできるだけ溫存したい」
「わかった」
マイアは了承すると、羽筆(クイル)を使って《水生》の魔式を書くと、慎重に魔力を制してとカップの二つに水を注いだ。するとルカはカップをマイアに渡してくれる。
ちなみに一晩しっかりと眠った事で調は既に萬全に近い形に戻っていて、魔力もフルに近い狀態に回復している。
紙の中にっていたのは、ドライフルーツやらナッツやらがったビスケットのような攜行食だった。
蜂の優しい甘みがあって味は悪くないが、もそもそとしていてかなり口の中の水分が吸い取られる。魔で作り出した水を飲みながらではないと食べるのがなかなか厳しい代だった。
もぐもぐと口をかしている間にしずつルカの目が開いてきた。
ルカは攜行食を行儀悪く咥えながら、背嚢のサイドポケットに手をばし、皮の平べったい小れを取り出した。
革紐と釦(ぼたん)で留められた小れの中には、イルダーナ王國全土が描かれた地図がっていた。
「俺たちが今いるフェルン樹海がここ。最終的な目的地はアストラだから、まずは森を東に向かって出て、まずはここにある街、ローウェルを目指す」
ルカは口の中の食べを飲み下すと、地図を指で示しながら今後の進路と方針について話し始めた。
「月齢が今日で二十一だし、殘りの食料の事を考えたらできれば三日以に森を抜けたい。ただ、魔蟲や軍を避けながらの行になるから、基本的に探索魔を使いながらの移になる。魔力消費を考えたらかなり休憩を挾むことになるし、どうしても魔蟲と戦しなきゃいけなくなったら、マイアの魔力にも頼る事になると思う」
「治癒が必要になるという事……?」
「いや、防魔の発と維持をしてしい。俺が魔式を書くから、そこに魔力を流して安全が確保できるまで維持してもらえたらこっちの魔力が溫存できる」
「他人の書いた魔式を発させるなんてできるの?」
そんな事ができるなんて初耳だ。
「できるよ。式の書き方に一捻り必要だけど。ちなみにこれは五年くらい前にうちで開発された最新式だったりする」
そう言うルカは得意気だった。
ああ、ルカはやっぱり魔先進國アストラの人なんだと実するとともに、マイアにも役に立てることがあるとわかってし嬉しかった。
◆ ◆ ◆
食事が終わり支度を整えると、早速天幕を撤収して移を始める事になった。
マイアが元々著ていた聖の制服はが開いているし何より目立つので、ルカの予備の服を借りた。
細とはいえルカは男だ。マイアよりずっと背が高いし肩幅もがっちりしている。全的にかなりぶかぶかだったので、袖も裾もかなり折った上に制服のベルトを利用して腰も絞らなければいけなかった。
聖の制服は生地が何かに使えるかもしれないので一応持っていく。
ルカは髪と瞳のを変えていた魔の指を外しっぱなしだ。この手の魔は使用中魔力を消耗するので、しでも魔力消費を防ぐためだ。
金茶の髪に緑金の瞳という取り合わせは見た目の華やかを上げるのでちょっと心臓に悪い。
天幕の周囲には、魔蟲と人、両方からを隠すための結界魔が敷かれていた。正直式が複雑すぎてマイアには読み取りきれない。
魔師とは、數多く存在する様々な魔式の法則を理解し、組み立て、使いこなす知識と技量を持った者のみに許される稱號なのだ。
荷をまとめ終え、ルカが結界魔を解くと、途端に濃な森の気配が押し寄せてきた。
ホットスポットは魔蟲の領域。
そのためフェルン樹海は人の手がほとんどっておらず、討伐路と呼ばれる道だけが人が歩けるささやかな通路となっている。
この道は、毎年の軍の討伐遠征隊や魔蟲狩り専門の傭兵達によって作られたものだ。
森の西側から毎年ベースキャンプを張る場所までは、資やひ弱な魔力保持者を運ぶために広めの道が切り拓かれているが、そこ以外はかなり狹く、獣道のような道もなくなかった。
しかし下手に道を逸れると森に痕跡を殘す事になるため、基本的にはこの討伐路を通ってローウェルを目指す事になる。
荷のほとんどはルカが持ってくれた。
マイアに任されたのは、背嚢の中にっていたサブバッグに詰めたごくごくわずかな荷だけだ。
背嚢や剣などを裝備する前に、ルカはを強化する魔と探索の魔を発させた。探索の魔には羽筆(クイル)を使うが、強化魔は全に刻まれた刺青に魔力を注ぐだけで発するらしい。
常時発させながらの移はどれほどの魔力を消耗するのだろう。
一時間に一回は魔力回復の為の小休止をれると聞いて、力に自信がないマイアはしだけほっとした。
フェルン樹海はオークの木を中心に構された森だ。
木々が一斉に黃葉している様子は綺麗だが足場は悪く、歩くのに細心の注意が必要だった。
折り重なった落ち葉や道の高低差、大きな巖や石が更に足元の悪さに拍車をかける。
元々あまり出歩く機會がないひ弱なは、し歩くだけでも息が上がった。
「マイア、ここでちょっと休憩しよう」
にして十五分ほど、はあはあと息をつくマイアを見かねてか、早々とルカが聲をかけてきた。
「まだ歩けるわ」
さすがに休むにはまだ早い。しムッとして反論するとルカは首を振った。
「違う。人間っぽい魔力反応が後ろから近付いてくる。たぶんベースキャンプから出てきた兵士だと思う」
探知系の魔に何か引っかかったらしい。ルカはマイアを道の脇にある大木のへとうと、荷を降ろしてから羽筆(クイル)を出し、結界魔らしき式を空中に書いた。
ルカが書く魔式は整然としていて無駄がない。全てを理解できる訳ではないが、優秀な魔師だという事が窺える。
「し俺は魔力回復したいからマイア、発と維持は任せていいか? 式にれて魔力を流してほしい」
マイアは頷くと、ルカの魔力で描かれた魔式にれて魔力を流した。
すると自分を中心とした半徑一メートルの範囲に魔円ができて結界魔が発する。
「やり過ごすまでは音を立てないように気を付けてしい。簡易の目くらましの魔だから大きな音を立てるとさすがに気付かれる」
注意しながらルカは上著のポケットから何かを摑みだすとマイアに差し出した。
手を差し出してけ取ると、見覚えのある紙の包みを手渡された。
「飴?」
「うん。疲れを取る効果もあるから」
口に放り込むと、月のを浴びに行った時に貰ったのと同じ、ハーブの優しい甘みが口の中に広がった。
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