《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》街へ 02
著替えを終えて幌馬車の荷臺を出ると、ルカの瞳のが変わっていた。
瞳のを変えるという目薬を使ったのだろう。虹彩の郭の金が消えて、貓みたいだった合いが緑単になっている。
華やかさは多抑えられたが、緑の瞳自が珍しいので目立つ事には変わりがない。
「すごいね。アストラにはそんな目薬があるんだ」
「この魔薬自は珍しいものじゃない。魔師の間では割と有名だからイルダーナにもあると思うんだけどな……」
「リズは聖だからな。外に出さないために教えなかったのかもな」
ルカとゲイルの言葉にちょっと嫌な気持ちになった。
マイアとルカが馬車の荷臺に乗り込むと、ゲイルは者席に座って馬を発進させた。
城門を守る衛兵は、街で糸問屋を営むゲイルの口上を簡単に信じてあっさりと中に通してくれた。
「なくともこの街にいる間はマイアはリズ、ルカはセシルで通してくれ」
「はい」
ゲイルの発言に頷いたマイアに、ルカが聲をかけてきた。
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「俺は偽名を使う事に慣れてるけど、リズには違和があると思う。悪いけど我慢してしい」
ルカの言葉にマイアは首を振った。
「必要な事だってわかってるから」
「それなら良かった。偽名を使いこなす時のコツは普段から徹底する事だ。だからリズも今から俺の事はセシルって呼んでしい」
「わかったわ、セシル」
うっかりルカと呼び掛けないよう気をつけなければ。マイアは気を引き締めると、セシル、と何回か心の中で繰り返した。
◆ ◆ ◆
ローウェルはかなり規模の大きな城塞都市だ。
ホットスポットが近いことから軍の基地があり、傭兵ギルドの拠點も置かれている。
大化した大型魔蟲が萬一出てきても大丈夫なよう防衛設備が築かれたこの街は、付近を大きな川が流れていることから、商業の拠點ともなっており、大通りは活気に溢れていた。
荷馬車が停まったのは、商業地區の一角にあるそこそこ大きな店舗兼住居の裏口だった。
ここでゲイルは諜報員仲間で『妻』役のアルナというと糸問屋を営んでいるらしい。
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「アルナ、戻ったぞ」
「お帰りなさい」
ゲイルが裏口の扉を開けて中に向かって聲をかけると、ゲイルとは対照的にふくよかな中年のが出てきた。明るい茶の髪に青い瞳をした可らしい印象のおばさまで、若い頃はきっと人だったのではないかと思われる人である。
「あなたがゲイルの姪っ子のリズね。初めまして」
アルナはにこやかにマイアに話しかけてきた。マイアは一瞬面食らうが、彼も諜報員だ。そういうお芝居なのだと瞬時に理解する。
「初めまして、伯母様」
アルナは微笑むと、マイアとルカを溫かく室へと迎えれてくれた。
ゲイルは馬を納屋に繋ぎに行くようだ。
「ルカ……じゃなくてセシル。久し振りね」
アルナがルカに話しかけてきたのは、裏口の扉をしっかりと閉めた後だった。
「そうだね、久し振り、アルナ」
「……あなたがまさかの子を連れてくるとはね。事は後で聞くわ。まずはコーディアルでも飲んでを休めなさい」
そう言ってアルナが通してくれたのは食事室だった。
壁を隔てた向こう側は臺所になっているようで、手狹だが六人掛けのテーブルと暖爐があり、室は快適な溫度に保たれていた。
コーディアルというのは、ハーブや果などを漬け込んだシロップで、この辺りでは一般的な保存食だ。
食事室には人數分のティーカップが既に準備されていて、アルナは暖爐の上でシュンシュンと音を立てているポットを手に取ると、コーディアルをお湯で割ったものを出してくれた。
(エルダーフラワーかな?)
カップからは白ブドウに似た甘い香りと爽やかな味がした。エルダーフラワーは発汗作用のある容と健康にいいハーブだ。
「アルナさんも魔師なの?」
「アルナ伯母様だろ?」
アルナが席を外してからこっそりとルカに尋ねると注意されてしまった。
「ここでは『リズ』はゲイルの姪っ子だから、家の中でも徹底してしい」
「そうだったわ。ごめんなさい」
気を付けないといけないのは、ルカをセシルと呼ぶ事だけではなかった。マイアはゲイルは伯父様でアルナは伯母様なのだと改めて心の中に刻み込む。
ルカは満足気に頷くと、「さっきの質問の答えだけど」と、切り出してきた。
「アルナは魔師じゃない。《オリジン》だ。こっちの言葉に直すと平民ってとこかな? アストラでは魔力保持者ではない人間を指す言葉なんだけど」
「……聞いた事があるわ。確かアストラでは魔力保持者は《貴種(ステルラ)》、そうじゃない人たちは《平民(オリジン)》と呼ばれているのよね」
隣國は魔力保持者によって統治される國だ。恐らくこの國とはまた違った意味での分差別があるのだろう。
「一応斷っておくと、アストラの分制度はこの國とはまた違う」
ルカの発言は、マイアの心を読み取ったものだろうか。
「社會の構造や法律がこの國とは全然別なんだ。確かにアストラは《貴種(ステルラ)》がこちらでいう貴族として統治する國だけど、だからといって《平民(オリジン)》が蔑ろにされている訳じゃない。アストラにおける《平民(オリジン)》は、《貴種(ステルラ)》が苦手とする労働に従事する存在だ。彼らの存在がなければ國自が立ち行かなくなるから、不當な扱いや搾取をける事がないように、々な法整備がされている」
「難しい話をしてるのね、セシル」
食事室に戻ってきたアルナが話しかけてきた。
「お風呂が準備してあるから順番にってきなさい。とりあえずリズからかしら? セシルからは々と聞きたい事があるからね」
「わかった。リズ、こっちの事は気にせずお先にどうぞ」
ルカからも先にと言われたので、マイアはありがたく浴させてもらうことにした。
◆ ◆ ◆
「年頃のの子って聞いたから適當に見繕ってきたんだけど、あなたにはし大きかったわね。に合ったものは明日改めて見繕うとして、今日はこれで我慢してね」
そう言いながら、アルナはマイアを風呂場に案すると、著替えとを拭く為のリネンを手渡してくれた。
「この規模のおうちでお風呂があるのは珍しいですね」
お金持ちや貴族の家はまた別だが、個人の家にお風呂がついているのは珍しい。庶民は公衆浴場でを清めるものだ。どれくらいの頻度で通うかは、個人の懐合や衛生観念にもよるが、大三日に一回程度が平均的なのではないだろうか。
「イルダーナと違ってアストラ人は綺麗好きだからね。ゲイルが頑張って作ってくれたのよ。でも毎日毎日風呂にってるとこの國では変に思われちゃうから魔でわからないようにしてあるの。だから隣近所にはこの家にお風呂がある事は緒にしてね」
そう言ってアルナは口元に人差し指を立てる作をしてから所を出て行った。
一人になったマイアは早速服をぎ、浴室に足を踏みれた。
壁にはさりげなく魔式が書かれていて、湯気やら石鹸の匂いやらが外にれないような工夫がされているようだ。
浴槽は男でも足をばしてれるほどの広さがあり、草原のような爽やかな香りが立ち込めていた。
よく見ると、お湯の中にハーブのった袋が浮かべられている。
中に置かれている石鹸は、いい香りがする明らかに高級なもので、ゲイル達の浴に掛ける熱が窺えた。
マイアも魔力が急発達してお嬢様暮らしを始めてからは、毎日浴するのが當たり前の生活を送っていた。
討伐遠征中ですら魔でを清めてもらっていたのだ。今更孤児院時代のような、頭に虱(しらみ)を飼っているのが當たり前の不衛生な生活には戻れない。
ルカと一緒に行している間は《洗浄浄化》の魔で綺麗にしてもらってはいたが、お湯に浸かるというのはやはり格別である。
指は建の中では外していても構わないだろうか。
浴を終え、場に出たマイアは、自分の赤茶の髪を摘んで考えた。
魔の指は、付けているだけでしずつ魔力が吸われていく。微々たる量ではあるのだが、慣れない覚がちょっと鬱陶しい。
迷った結果、指は外したままの狀態で著替えに袖を通した。
アルナから著替えとして渡されたのは、を締め付けない楽なデザインの室著とガウンだった。
著替え終わったマイアは、まだっている髪をリネンでポンポンと叩きながら食事室へと戻る。
そして食事室の扉に手をかけた時だった。
「エマリア・ルーシェンの再來だと!?」
そんな聲が聞こえてきた。
ゲイルの聲だ。反的にティアラ・トリンガムの話をしているのだと悟り、マイアは直した。
「大聖の……は邪法……」
「まさか國境の拐事件は……」
「……から、トリンガム侯爵家を……」
斷続的に聞こえてくる単語が何やら不穏な気がする。
食事室の前で立ち盡くしていると、唐突に目の前のドアが開いた。
「……リズ」
ルカだった。意図した訳ではないが、立ち聞きしていたようなものだ。はしたない人間になったようで恥ずかしくなる。
食事室にはアルナの姿はなく、ゲイルとルカの二人で話をしていたようだ。
「どこまで聞いた」
厳しいゲイルの聲に、マイアはびくりとを竦ませた。
黙っていると立場が悪くなりそうな予がしたので、震えながら答える。
「エ、エマリア・ルーシェンの再來、大聖の何かは邪法、國境の拐事件がどうとか……全部ちゃんと聞こえた訳じゃなくて、斷続的に聞こえてきて……」
マイアがつかえながらそう告げると、ゲイルは舌打ちをした。
「ごめんなさい、立ち聞きするつもりはありませんでした……」
「ゲイル、そんなに凄まなくてもいいだろ? リズはうちに來るって決めてくれたんだから」
取りなすように発言したのはルカだった。
「まだ部外者だ」
「そりゃそうだけど無関係とも言い切れないだろ。リズはティアラ・トリンガムに殺されかけて、こうして逃げる羽目になったんだから」
険しい顔のゲイルに食い下がるルカ。マイアはその二人を前に、意を決して割り込んだ。
「私、何も聞いてないです……」
マイアの発言にゲイルがわずかに目を見張った。
「聞いてまずい事だったのなら忘れます。詮索もしません」
気にならないかと聞かれたら噓になる。でもこれがマイアの処世だ。
これまでずっと理不盡も気に食わない事も飲み込んで長いものに巻かれてきたのだ。
アベルの機嫌を損ねないように心の中を隠して振舞って來たのに比べれば、これくらいなんて事ない。
ほんのわずかな睨み合いの後、ゲイルはふうっと息をついた。
「悪かったな、リズ。うちの國家機に関わる話なんだ。……そこに居たら冷えるだろ、こっちにるといい」
ゲイルはマイアを暖爐から一番近い席に(いざな)って座らせた。
「やだ、変な雰囲気ね。どうしたの?」
アルナが食事室に戻ってきて話しかけてきた。第三者の登場に、マイアはしだけほっとする。
「何でもない。セシル、風呂が空いたからお前もって來い」
「いや、でも……」
「もうこの話はついた。蒸し返したりはしない」
逡巡するルカに向かってゲイルはきっぱりと言い切ると、しっしっ、と追い出した。
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【ジャンル】ライトノベル:日常系 「第三回エリュシオンライトノベルコンテスト(なろうコン)」一次通過作品(通過率6%) --------------------------------------------------- 高校に入學して最初のイベント「自己紹介」―― 「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ。生まれてきてごめんなさいーっ! もう、誰かあたしを殺してくださいーっ!」 そこで教室を凍りつかせたのは、そう叫んだ彼女――無敵睦美(むてきむつみ)だった。 自己紹介で自分自身を完全否定するという奇行に走った無敵さん。 ここから、豆腐のように崩れやすいメンタルの所持者、無敵さんと、俺、八月一日於菟(ほずみおと)との強制対話生活が始まるのだった―― 出口ナシ! 無敵さんの心迷宮に囚われた八月一日於菟くんは、今日も苦脳のトークバトルを繰り広げる! --------------------------------------------------- イラスト作成:瑞音様 備考:本作品に登場する名字は、全て実在のものです。
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