《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》新月癥候群
が重い。けない。
近點月の新月の訪れをマイアが実したのは、朝、ベッドからを起こそうとしてぐらりとめまいを覚えた時だった。
目の前がぐるぐるする。どうやら平衡覚がおかしくなっているみたいだ。
馬車に長時間揺られた後のような気持ち悪さを覚え、マイアはベッドの中へと逆戻りした。
布にくるまってめまいと吐き気に耐えていると、アルナが様子を見に來てムーングラスというハーブで作ったコーディアルをお湯で割ったものをもってきてくれた。
ムーングラスは新月癥候群の癥狀を緩和する効果があるハーブとして知られている。
ミントに似た清涼のあるコーディアルを口にすると、気持ち悪さはかなりましになった。しかし全が重いし頭も痛むしで起き上がるのはまでは無理だ。
こうが辛いと魔力保持者に生まれたことが恨めしくなる。
きっと同じ二階の扉の向こうでは、ゲイルも苦しんでいる。いや、ゲイルの方がマイアよりずっと辛い思いをしていそうだ。しかし今日はさすがに治癒魔を使ってやるのは無理だ。
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マイアは深く長いため息をつくと、痛む頭を手で押さえてベッドにごろりと転がった。
◆ ◆ ◆
ルカがゲイルの寢室を訪れたのは、店舗で欠品した糸の在庫のありかを確認するためだった。
苦しそうな顔でベッドの住人となっているゲイルの姿に思わず同する。そして忌まわしい自分の特異質にこの時ばかりは謝した。
「パトラ産の綿糸の二番なら倉庫右手側にある三番目の棚の上の方だ。悪いな、店番手伝わせて」
「心にもない事言いやがって。タダ飯食ってんだから當然だって思ってるくせに」
むっとした表で反論すると、ゲイルはくくっと笑った。
「わかってるじゃないか。ま、でも正直この近點月の時期にお前が來てくれたのは助かったよ。アルナ一人じゃ手が回りきらなかったかもしれない」
「新月のゲイルは正直役立たずだもんな」
「うるさい。全部近點月が悪いんだ。いつもは新月以外はここまで酷くならない」
ゲイルはそう言うと、はーっと息をついた。
「リズも寢込んでるんだってな」
ゲイルの質問にルカは頷く。
「うん。さすがに寢込んでるの子の所には行きづらくて俺は見てないけど。さすがに近點月だと堪えるみたいだ」
「隨分お行儀がいいじゃないか」
「失禮な。俺は紳士なんだよ」
ルカはからかうようなゲイルの言葉に鼻白んだ。
「実際のところどうなんだ? リズは結構可い」
「何でそういう事すぐにおっさんは聞いてくるかな」
「おっさんは若者の甘酸っぱい話が好きだからだな」
ルカはからかい混じりの表を向けてくるゲイルに呆れ返った。
「リズが可いのは認めるけど何も無いよ。まだ出會って半月くらいしか経ってないし」
「に落ちるのに時間は関係ないだろ」
「おいおっさんいい加減にしろよ」
ルカが睨みつけるとゲイルは軽く肩をすくめた。
「でも、本國がお前にリズの亡命のサポート役を命じたのは、絶対にそっち方面進展するように期待されてるだろ」
ゲイルの言葉にルカは舌打ちした。
「正直まさか俺だけに指名が來るとは思わなかった。イルダーナの、それも平民出の聖だ。他の人間が派遣されると思っていた」
《貴種(ステルラ)》同士の婚姻は確かに《貴種(ステルラ)》が生まれやすいが、近親婚は子供の先天疾患や流産などの確率を上げる。
だからアストラでは、何代かに一度は計畫的に《平民(オリジン)》のを混ぜる事が推奨されているし、長く《貴種(ステルラ)》を出していない家系や《平民(オリジン)》の家系に生まれた《貴種(ステルラ)》は、新しいをもたらすものとして歓迎される。
マイアの場合は外國人の上に平民の出だ。アストラにとっては何よりも貴重な新しいの持ち主である。
そんな存在を出自のせいで蔑ろにした挙句殺しかけるなど、イルダーナの連中の暴挙は実に許し難かった。
「聖も貴重だがお前も貴重だ。何しろ新月の影響をほぼけない特別な《貴種(ステルラ)》なんだからな」
ルカはゲイルの言葉に舌打ちをした。
そうだ。自分は異端の《貴種(ステルラ)》だ。
《貴種(ステルラ)》ならば多かれなかれ誰もが悩まされる新月癥候群を克服し、かつ《貴種(ステルラ)》の中では丈夫なを持って産まれてきたのだ。新種の《貴種(ステルラ)》とも呼ばれる存在である。
アストラの上層部はルカの子孫をんでいる。亡命予定のイルダーナの聖に旅の間に手を出したとしても構わない、そう考えているのだろう。
ルカは深くため息をつくとゲイルに向き直った。
確かにマイアは可い。
見た目もだが、森の移の時、文句一つ言わずにこちらについて來ようとしていた姿からは、我慢強さと努力家な一面が窺えたし、小のような印象に反して意外に図太い所にも好が持てる。
今の派手な化粧は正直頂けないが、アルナとはしゃぐの子らしい姿は可らしかったが――。
「俺が國の思に簡単に乗るとでも?」
「乗らなさそうだな。なんせ婚約の話を全部蹴って本國を飛び出したひねくれ者だ」
ゲイルは苦笑いした。
「俺の質はそんなにいいものじゃない。確かに新月癥候群の苦痛とは無縁かもしれないけれど、その分満月の夜には魔力が満ちすぎて破壊衝で悩まされる。ゲイルだって知ってるだろ」
半月前の満月の夜、こっそりと天幕を抜け出したのは、同じ天幕で過ごす傭兵仲間のいびきのせいではない。
本當はの中の荒ぶる魔力を森の中で発散し、暴力的な自分を鎮める為だった。
その途中でマイアに會ったのはたまたまだ。
ルカはマイアに癒しの魔力を流してもらったことを思い出し、彼の手がれた自の右手を見つめた。
マイアの魔力は溫かく、ほんの一瞬のれ合いだったのにで暴れる魔力が噓のように鎮まったのを思い出す。
聖の魔力があんなに心地いいものとは思わなかった。
マイアが傍に居れば、恐らく満月の度に悩まされる事は無くなるのだろう。しかし――。
右手を握り込むとルカは目を伏せた。
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