《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》

マイアの目の前でエストックを構えたルカの姿はこれまで傭兵をやっていたのだから當然だが、様になっていてすごく格好良かった。

「はっ!」

短い聲と共に、裏庭に立てられた剣の稽古用の木偶人形に突きを繰り出す。

すると、乾いた金屬音を立てて剣が弾き返された。

「へえ、面白いね。傷一つ付いてない」

剣を弾いたのは木偶人形にくくり付けた手巾サイズの魔布だ。ゲイルが強度を上げる魔式を刺繍したものである。

「諜報員に転向しててっきりもう研究はやめたのかと思ったけど、まだナルセス・エナンドと繋がってたとはね」

「糸の仕事をやるんだったら丁度いいだろって言われて押し付けられたんだよ」

ルカの言葉に反論したゲイルは不機嫌そうだった。

ナルセス・エナンド――アストラシルクの魔的染と、月晶糸を生み出したとされる人だ。

「さて、次はリズが刺繍した方か……」

ルカはつぶやくと、木偶人形にくくり付けた魔布をマイアが刺繍したものに取り替えた。

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「試すまでもなく既にかなりの魔力差をじるんだけど」

「刺繍の腕の差だろうな。ナルセスには今から當たりを付けた學生の教育をするよう進言しておく」

ゲイルは軽く肩をすくめた。

新月の日から二日が経過している。

ベッドの住人になって新月の苦痛に耐えたマイアは、月が姿を見せると同時に回復したものの、今度は眠れない夜を過ごす羽目になった。

淺い睡眠と覚醒を繰り返した結果、寢られなくなってしまったのだ。

そこでルカに魔の明かりをつけてもらい、マイアはゲイルに頼まれた刺繍に取り組む事にした。

チクチクと針をかし始めたら思ったよりも興が乗り、今朝になって刺繍をれた手巾が仕上がったので、ルカの手を借りてゲイルの作品と比較して、どの程度の強度があるのかを調べて貰っていた。

ルカが再び剣を振るった。

大きな金屬音が響き渡ると同時に剣が勢いよく弾かれ、ルカは大きく仰け反った。

「わっ……っと……」

どうにか踏みとどまると、ルカは手の中の剣と木偶人形を見比べた。そんなルカにゲイルが聲をかける。

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「どうなんだ?」

「明らかに強度が違う。悪いけどゲイルのよりかなりい。こいつが強化加工された魔剣じゃなかったら折れてたかも」

「……そうか。もしかしたら俺とリズの魔力量の差も出てるのかもしれないな」

ゲイルは思案するように顎に手を當ててマイアに視線を向けてきた。

「正確な測定値がしいが本國に戻らないと無理だな」

「私の魔力値は去年の測定で確か三百五十八だったと思います」

「それはこの國での計測結果だろ? アストラとは規格が違うんだ」

「今後衰えていく一方のゲイルとまだびるリズの差はどんどん開いていくんだろうな」

ルカの軽口にゲイルは舌打ちした。

魔力量のピークは二十五歳前後と言われていて、ピークを過ぎるとゆるやかに減していく。

「今日の飯は野菜だけでいいってアルナに言ってくる」

「ゲイルごめん! 冗談だって!」

ルカとゲイルは時々親子のように見える。しだけその関係が羨ましかった。

◆ ◆ ◆

刺繍を頑張りすぎたせいで肩がバキバキだ。そして眠い。

布の威力の確認を終えて、マイアはあくびをしながら建の中に戻ろうとした。

すると背後からルカが聲をかけてくる。

「リズ、夜更かししたんだろ。出発は明日だぞ?」

「今日は夜まで寢ない。早めに寢て明日に備えるつもり」

眠らないためにアルナか店の手伝いをするつもりだった。

「そうだルカ、予備の服を一著預かってもいい?」

「いいけど何で?」

「ゲイルが自分たちの服に刺繍をれてみたらどうかって。セシルはともかく私は力的に武裝できないから」

基本的に街道沿いを行く予定とはいえ、道中には不意の危険がつきものだ。

食い詰めたならず者に襲われる事もあればホットスポットをさまよい出た魔蟲が出る事もある。

共喰いが極まった結果現れる大化した魔蟲と比べると、はぐれ魔蟲はそこまで強くはないが、一般人にとっては紛れもなく脅威である。

だから腕に覚えのある行商人は武裝するし、自信のないものは隊商を組んだり傭兵を護衛として雇ったりする。

「……そういう事なら、まずはリズの服を魔布にするべきだ。俺の服はそっちの服が終わったら渡すよ。あと、刺繍をするのは構わないけど旅の途中の夜更かしは認めない。次の日の移に響く」

「それくらいわかってるわ」

何だか子供扱いされているみたいだ。マイアは思わずむっとして言い返した。

(なによ、年上ぶって)

……と考えたところでルカとは七歳の年齢差がある事を思い出し、見た目が若いと舐められるという本人の発言の意味を実したのだった。

◆ ◆ ◆

明日、マイアとルカは、クライン商會に所屬する行商人としてこのローウェルの街を発つ。

マイアという名前は學蕓の神の名前で、の子の名前としては珍しくはないのだが、念の為國境を超えるまではリズ・クラインの偽名を継続して使うことになった。

ルカもまたセシルという偽名を継続して使う。

傭兵から一転、『リズ』と結婚するために婿りしたという設定が新たに追加され、セシル・クラインとしての旅券がゲイルによって手配されていた。

マイアはルカと一緒に荷作りの最終點検を終えると、手持ち無沙汰になったので、自分の服を魔布にするための刺繍に取り組むことにした。

というのも、出発を控えているため、店の手伝いもアルナの手伝いも申し出たものの斷られてしまったのだ。

手巾を魔布に変えるには、布の周囲一周に月晶糸で魔式を刺繍しなければいけない。規定の魔式をれ終えたら、後は自由な図案で埋めていいらしく、別の糸の刺繍を混ぜてもいいようだ。

服の場合は、ゲイルによると、裾・袖口・襟元に刺繍をれればいいとの事だった。トラウザーズやスカートの場合は腰と裾の二箇所になる。

月晶糸自は綺麗な金の糸なので、どうせなら可らしく見えるようにしたい。

もしかしたら、刺繍を刺すよりも図案を考える方が楽しいかもしれない。そんな事を思いながら、マイアは考えた図案をまず藁紙に書き出してみた。

「考える奴が違うと全然別ができるもんなんだな」

後ろからゲイルが話しかけてきたのは、図案を布用チョークを使ってブラウスに書き寫していた時だった。

「ゲイルとは元々のセンスが違うのよ。やっぱりの子よねぇ。凄く可い図案だわ」

アルナもいる。時計を見ると三時を回っていたので小休憩をれるために店の方からこちらに來たようだ。

「リズ、この図案、使わせてもらってもいいだろうか? こんな稼業だと何があるかわからないから、アルナの為に何著か作ってやりたい」

「いいですよ」

褒められたのが嬉しくて、マイアは藁紙に書いた図案をゲイルとアルナに見せた。

季節の花や果など、この國でよく刺繍のモチーフに使われる々な文様を魔式と組み合わせて描いてみたものだ。

「もしかしたらリズは刺繍職人の道に進んでも功したかもしれないわね」

「うーん、それはどうでしょうか?」

アルナの褒め言葉にマイアは苦笑いした。

刺繍職人、製職人、デザイナー……服飾の世界で貧しい下町出の庶民のお針子が功するには、本人の腕以上に運がを言う。

有力な後援者(パトロン)が見つけられるかが全てだ。

人脈、コネ、、持てるもの全てを使い、富裕層に上手く取りる事に功した者だけが大する厳しい世界である。

「もしかしたらいい商売になるかもしれないな。ナルセスに連絡してみるか……」

図案を覗き込んだゲイルがぽつりとつぶやいた。

「それが売りになるとしても、まずはアストラでって話になるんじゃないの? その糸はナルセス様じゃないと今は作れないのよね?」

「そりゃそうだろ。月晶糸の有用を考えたら、本國が輸出を許さない可能が高い」

「それならアストラの伝統文様を組み込んだ図案も考えた方がいいわ。ちょっと待ってて。持ってくるから」

一旦席を外したアルナは、大きな籐のバスケットを抱えて戻ってきた。バスケットには蓋が付いていて、中には変わったデザインの裝や手巾がっていた。

元を帯で結ぶようになっているハイウエストのワンピースは、確かアストラの伝統的な民族裝だ。

帯や裾、袖口などに花や鳥などの自然を幾何學的にデザインした刺繍が施されているのが特徴で、イルダーナの裝とは趣が違うがすごく可い。

「若い頃著ていた服の中でも狀態のいいものだけを取ってあったの。もう著られないんだけどなかなか捨てられなくてね。いい機會だからリズにあげるわ。図案を考える時の參考にしてくれると嬉しい」

「思いれのあるものですよね? 図案だけ寫させて貰えたら十分ですよ」

「ううん。著られない服を持っていても仕方ないもの。アストラに到著した時に袖を通して貰えると嬉しいわ。アストラの服は帯で調整するから、裾の長さをし直す程度で著られると思うの」

け取っていいものか視線をさ迷わせると、ゲイルと目が合った。

「遠慮せずに持って行っていいんじゃないか? そのデザインはアルナが痩せたとしてももう著るのは苦しい」

「何ですって……?」

「事実だろ?」

「本當の事でも言われると腹が立つのよ」

アルナは頬を膨らますとゲイルを睨みつけた。それから軽く息をつき、改めてマイアに向き直る。

「リズが嫌じゃなければけ取って。なんとなく捨てられなくて取っておいたってだけだから」

重ねて言われると斷れない。

「……ありがとうございます」

ワンピースの刺繍をそっとでながらマイアは頷いた。

「頂いた裝の刺繍を參考に図案を考えてみます。納得のいくものができたら通信魔を通して送ってもいいですか?」

「あら、嬉しいわ。楽しみにしてるわね」

アルナは嬉しそうに目を細めた。

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