《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》東へ 03

※流描寫があります。

日が落ちる頃になると、街道の人通りはぱたりと途絶えた。

闇の中の移は危険なため、野営したり旅人の家へと移したりするからだ。

この大陸の大きな街道には、ところどころに旅人の家と呼ばれる小屋がある。易商人たちによって整備された無人の施設だ。

雨風を避けて眠る程度の事しかできないが、ごく稀に攜帯食料や薪などが置かれている場合もある。

マイアたちは、基本的には馬車の中で野営するつもりだった。

旅人の家では見知らぬ他人がいたら一緒に眠ることになる。知らない人と同じ屋の下で過ごすなんて嫌だし、魔や魔が自由に使えなくなってしまう。お互いが魔力保持者であることを考えると、馬車で過ごす方が絶対に快適だ。

「そろそろ休む準備をしようか」

ルカはパティを作して馬車を街道の外の草叢(くさむら)へと移させた。

街道は伝令の早馬が夜を徹して走ることがあるから空けておくのがマナーらしい。

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街道の右側は常緑樹の森に、左側は荒野になっていて、馬車が移したのは森側だ。

ルカはパティを手近にある木に繋ぎに行った。

マイアは馬車の中の木箱からパティのために人參を出してやる。

馬車の旅のいい所は、野菜や果を持ち運べる事だ。気候的にも今は痛みにくい時期である。

日持ちのする菜や林檎を中心に、魔の助けも借りて々な食材を詰めて來たので、この旅ではフェルン樹海を抜けた時よりも充実した食生活が約束されている。

マイアはカッティングボードとナイフを取り出すと、人參を食べさせやすいように縦に長く切ってやった。

しかし、パティの所に向かおうとマイアが馬車から顔を出した時、異変が起こった。

背後の森の中から何かが飛來し、ルカの左肩に吸い込まれていった。

「っ……」

微かなうめき聲と共にルカのがよろめく。その姿にマイアは目を見張る。

夕暮時の赤い日差しに照らされて、ルカの肩から矢が生えているのが見えた。

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ひくりとが変な音を立てた。手の中からパティのために準備した人參のスティックがり落ちて地面に散らばる。

「馬車に戻れ!」

ルカの厳しい聲が飛ぶが、かない。

ルカは舌打ちすると、懐から羽筆(クイル)を出し、毆り書きで魔式を書いた。

壁の発と、次の矢の飛來は同時だった。

キィン! という乾いた音がして、壁に弾かれた矢が地面に落ちた。

その音に驚いたのか、パティはその場で大きく棹立ちし嘶いた。

「落ち著けパティ。ちゃんと守るから」

壁を維持しつつ、ルカはパティのでた。

するとぶるる、と鳴いて、パティは地面を蹄で掻いた。

「よし、いい子だ」

宥める間にも森の中からは斷続的に矢が飛んでくる。ルカはパティが落ち著いたのを確認してから、こちらに向き直った。

「リズ、ちゃんとした防壁を作り直すから、森の時みたいに式が完したら魔力を流してしい」

マイアは頷くのがやっとだった。

自分を叱咤して足をかし、簡易の壁を維持しながら魔式を書き直しているルカの元へと急ぐ。

そして書き上げられた魔式にれて魔力を流し、二枚目の壁を完させた。

「元を斷ってくる。リズはこのまま壁の維持を」

二枚目の壁の発を確認してからルカは簡易の壁の魔を解除し、腰の剣を抜いた。

そして次の瞬間には地面を蹴り、一瞬でマイアの目の前から消えた。

(えっ……)

斷続的に飛んでくる矢を剣で叩き落としながら、異様な速さで走るルカの姿にマイアはポカンと目と口を開けた。

瞬く間にルカの姿は森の中に消える。

(本気の強化魔……? でも……)

肩に矢が刺さりっ放しだった。

そんな狀態でいて大丈夫なのだろうか。痛くないのだろうか。

ルカが心配で青ざめたマイアの気持ちを察したのか、ぶるん、と小さく嘶いてパティが鼻面を寄せてきた。

馬特有の匂いがした。決していい匂いではないが、ここまでマイアを連れてきてくれたパティの匂いだと思うとし安堵するのが不思議だった。

ぼんやりしているといつも髪を狙ってくるくせに今はたた寄り添うだけだ。そんなパティの態度に、本當に賢い生きなのだと実する。

矢はいつの間にか飛んでこなくなったが、何となく怖くて壁は消せなかった。マイアは防壁の魔を維持したまま、パティの鼻面をでた。

しごわついたとぬくもりに、張がしずつ解れていく。

その時だった。森の奧からコマドリが飛んできた。

コマドリはパティを繋いだ木に留まると、ルカの聲で喋りだした。

「リズ、壁はもう解除していい。このまま真っ直ぐ森の奧まで來てしい」

ルカの通信魔だ。

「パティ、待っててね」

マイアはパティに聲を掛けてから、壁の魔を解除してルカが走り去って行った方角へと向かう。

木々の合間を走ると、土の匂いに混じって鉄錆びた匂いがした。

――の匂いだ。

討伐遠征への同行時にさんざん嗅いだからすぐにわかった。

きっとこの先には恐ろしい景が待っている。そんな気がした。

そして、その予想はあやまたず、更に先に進んだマイアの目の前に飛び込んできたのは、どこか見覚えのある荷馬車と、その手前に折り重なるように倒れる二人の男の姿だった。

一人は傭兵風の武裝した男。左手に弓を持っているから、きっとこいつがマイア達を狙った手だ。右手の肘から下が失われ、傷口から大量のが滴り落ちている。

切り飛ばされたと思われる手は、男のすぐ側に矢を手にした狀態でごろりと転がっていた。

もう一人は右肩と左の太ももを刺し貫かれたようで、丸くなって倒れ込んでいた。この男には見覚えがあった。酔い止めの薬をくれたライウス商會の馬車に乗っていた下男だ。

下男は辛うじて意識があるが、傭兵の方はピクリともかない。

「リズ、こっち」

馬車の中からルカが聲をかけてきた。

マイアはルカの方へと向かう。

「表の二人はセシルがやったの……?」

「ああ。ちょっとやりすぎたかと思ったけど、もうし痛めつけても良かったかもしれない」

ルカの冷たい顔に心臓が嫌な音を立てた。

だけど怖いと思ったその気持ちは、馬車の中に倒れ伏す二人の人の姿に一瞬で霧散する。

「エミリオ……君……?」

マイアに酔い止めの薬をくれたアンセル・ライウスとその息子のエミリオだった。二人とも顔が無慘に腫れ上がっていて、明らかに暴行をけた形跡がある。

「ねえ、ちゃん……?」

ひゅうひゅうと荒い息をつきながらエミリオがつぶやいた。

「表の二人に毆る蹴るの暴行をけたらしい。下男と傭兵が共謀して積荷を奪おうとしたみたいだ」

「もともと、しりあい、だったみたいで……」

ゲホッとエミリオが咳き込んだ。その拍子にかられた。臓が損傷しているのかもしれない。

「エミリオ、もう喋っちゃ駄目だ。もう大丈夫だから」

「うん……」

弱々しく頷くと、エミリオはすうっと意識を失った。

「……アストラに無事たどり著く事だけを考えたら関わるべきじゃない。でも……」

「助けたいと思ったから私を呼んだのよね? 治癒魔を使ってもいい?」

「完治させてしまうと怪しまれると思う。だから……」

ルカは手加減しろと言いたいのだろう。

臓の損傷だけを癒すようにしてみる」

見たところ、エミリオよりアンセルの方が狀態が悪い。

あまりにも程度が酷いとマイアの治癒魔では癒しきれない。間に合う事を祈るしかない。

「セシル、上半だけでいいから二人の服をがすのを手伝って。どんな狀態なのか診たい。先にアンセルさんを診るからエミリオ君の布か何かで保溫しておいて」

「わかった。他に手伝えることは?」

「積荷の中に打撲に使えそうな薬がないか探して」

マイアはアンセルに駆け寄った。

アンセルの周囲にはロープの殘骸が散らばっており、手首や足首には赤い紐狀の跡がある。

「もしかして縛られてたの?」

「ああ。とりあえずロープだけは切った」

(なんて酷い事を……)

酷いのはライウス商會の馬車に追いついた時の自分たちの対応もだ。

きっとあの時からアンセルとエミリオには異変が起こっていたに違いない。

面倒に巻き込まれたくないから接しない事を選んだ。

自分たちにも事はあったとはいえ、罪悪が湧き上がった。

エミリオの服をがすのはルカに任せて、マイアはアンセルの服の釦(ボタン)に手をかけた。

「ひどい……」

あらわになった素は、至る所がどす黒く腫れ上がっている。

「下男が今までの鬱憤を晴らすように手酷くやったらしい」

「子供にまで手を出すなんて」

なんて屑なんだろう。

マイアはアンセルの元に手を當てると魔力を流し込んだ。

魔力を屆ける先はの臓。このの狀態だと恐らく損傷している。

……良かった。手応えがある。手遅れの場合は魔力が通らないからすぐにわかる。ちゃんと魔力が通るという事は、この人は助かる。

治しすぎないようにしなければいけないのが心苦しい。

ひとまず命を繋ぐ治療は、戦爭の最前線や災害時など怪我人が多すぎる時にだけなされる処置だ。

(ごめんなさい)

心の中でアンセルに謝る。

こんな旅の序盤でマイアが聖だと誰かに知られる訳にはいかない。だから仕方ないのだと自分に言い聞かせた。

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