《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》マスカレイド・パーティー 01
マイアはルカと一緒にライウス商會に手配して貰った宿を訪れて目を輝かせた。
それは、キリク郊外に建てられた可らしい宿屋だった。
木々の合間に建てられた素樸な赤煉瓦造りの建は花と緑に溢れていた。
庭だけでなく、窓の外側には植を植えるためのウィンドウボックスが取り付けられており、寄せ植えにされたアリッサムや(マム)、冬スミレといったこの季節を代表する花が見事に咲き誇っている。寄せ植えの中には蔓草が混じっており、窓から垂れ下がっているのがすごくお灑落だ。
「本當にここに泊まってもいいんですか?」
「勿論よ。だってあなたたちは義弟と甥の命の恩人ですもの」
マイアの質問に答えたのは、ここまで二人を連れてきてくれたオーリア・ライウスだった。
オーリアはライウス商會の當主であるロイドの妻で、アンセルの兄嫁にあたる人だ。四十代半ばくらいの優しそうなおばさまである。
暴行をけたアンセルとエミリオの二人をライウス商會に送り屆けて事を説明したところ、非常に謝してくれて、伝手をたどってこの宿を手配してくれたのである。
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一行がキリクに著いたのは、昨日の晝下がりだ。
その頃にはアンセルの意識も回復しており、アンセルとエミリオ、二人の証言をけてロイドがき、街の衛兵をルカが証言したライウス商會の馬車が停まっている森へと派遣してくれた。
エミリオたちを襲ったカイルとリバーは昨日の夜遅くに捕縛され、今は街の牢獄に収容されている。これから正當な司法の手続きで処罰される予定で、ライウス商會の積荷も無事だったようだ。
ライウス商會が被った金銭的被害は逃げた馬一頭でおさまる見込みだが、未遂に終わったとはいえ雇い主に暴行を加えて積荷を奪おうとしているので、強盜傷害という事になり、かなり厳しく処罰されるのではないかと思われる。
こちらも命を狙われているので同する気持ちにはなれなかった。
アンセルとエミリオはすぐに醫師の診察をけ、今は絶対安靜を言い渡されている。
顔を毆られているのでし心配だったが、マイアの治癒魔のおかげか命に別狀はなさそうだ。
昨日、マイアとルカはライウス商會の店舗兼住宅に泊めて貰ったのだが、それだと気を遣うだろうとロイド達が配慮してくれて宿を手配してくれたのだ。
エミリオは殘念がってくれたけど、確かに宿に泊まった方が気兼ねなく街を楽しめる。
テルースの祝祭を二日後に控え、街は近隣の街や村からの湯治を兼ねた観客や旅商人で賑わい、宿はどこもいっぱいだと聞いたからこんなにいい宿に案されるとは思わなかった。
「ここはよく新婚旅行に使われる宿なのよ。お風呂が付いている部屋にキャンセルが出たって聞いてこれは運命かなと思ったわ。二人で思いっきりキリクを楽しんでね」
オーリアは微笑むと、顔見知りらしい宿の主人(マダム)に挨拶して帰って行った。
「フローラ・インにようこそ、クライン夫妻。オーリアから事は聞いておりますので、ゆっくりくつろいで下さいね」
オーリアと同じくらいの年齢の主人(マダム)に案されたのは、宿の外観と同じくらい可らしい部屋だった。
壁にはドライフラワーの花束や自然を描いた風景畫が飾られ、窓からは外に取り付けられたウィンドウボックスの花が見えている。
クローゼットやベッド、ソファなどはウォルナットと思われるダークブラウンで統一されていて、白い壁紙との対比が落ち著いた雰囲気だ。ソファの布張りやクッション、カーテンなどもグリーン系で揃えられており目に優しい。
唯一殘念なのはベッドが大きなもの一つしかない事だ。新婚旅行に使われるというオーリアの言葉が脳裏に浮かぶ。部屋には天風呂も付いているというし、これはつまりそういう事なのだろう。
「一緒に寢るの……?」
主人(マダム)が出ていってから呆然とつぶやくと、ルカからは即座に否定の言葉が帰ってきた。
「まさか。俺はソファで寢るからリズはベッドを使えばいい」
そうだった。ルカはびっくりするほど紳士的なんだった。
……というか、マイアがとして見られていない気がする。
「それならセシルがベッドを使ってよ。私の方がが小さいからソファでも十分寢られると思う」
「リズは力がないから駄目。ソファじゃ疲れが取れない」
「それはセシルもでしょ? 力はないかもしれないけど、私には高い自己回復力があるのよ」
「俺は慣れてるから。の子をソファで寢かすなんてできない。生憎そういう教育はけてないんだ」
どちらがソファで寢るのかこれでは平行線だ。
「……じゃあベッドで一緒に寢ようよ。セシルは私に何かしようなんて思ってないでしょ?」
ため息混じりにつぶやくと、ルカのまとう空気が変わった。
「マイアは何か勘違いしてる」
「えっ……」
久しぶりに本當の名前を呼ばれてドクンと心臓が跳ねた。
靜かな聲からルカの怒りをじ、不安が煽られる。
何かルカを怒らせるような事を言ってしまったのだろうか。
戸っているとルカにしては珍しく、暴に手首を摑まれた。
かと思うと次の瞬間には抱き上げられ、気が付いたらマイアはベッドの上に投げ出されていた。
そしてルカが上から覆い被さってくる。
「俺は聖人じゃないし枯れている訳でもない。ごく普通の健全な男だ」
怖いくらいに真剣な緑の瞳に抜かれ、本能的な恐怖が呼び覚まされた。
「煽られるとさすがに我慢できなくなる。俺が本気になればマイアは抵抗できない。魔なんか使わなくても」
シーツに押さえつけられた手は確かにピクリともかない。マイアは早々に抵抗を諦めた。無駄な事はしない主義なのだ。
「したいのならしてもいいよ」
そう告げると揺したのかルカの獰猛な気配が和らいだ。
「助けてもらった対価にやらせろって言われたらけれるって元々決めてた。だからどうぞ」
変な所に売り飛ばされる覚悟もしていたのだ。
マイアは腹をくくると覆い被さるルカを見上げた。するとルカは痛ましいものを見たように顔を歪める。
「……ごめん。そういうつもりじゃなかった」
謝罪と共に手首が解放された。ルカはするりとマイアからを離すと、ばつの悪そうな顔をしながらため息をついた。
「危機を持てって言いたかっただけで本気で襲おうとしたんじゃない。……これでも一応意識しないように努力してるんだ。さすがに一緒のベッドで眠ったら理がもたない」
「ルカには私がちゃんとの子に見えてるの……?」
「當たり前だろ。正直言うと俺も男だからあわよくばという気持ちはあるよ。だから煽るような真似はしないでしい」
「……いいよ」
「は?」
「ルカならいいよ。た、助けてもらったし、これまでも々親切にしてくれたから……」
「…………」
なんでこんな事口走ってしまったんだろう。自分でもわからなかった。
でもマイアは確かにルカに好意を抱いていて、られても全然嫌じゃなかった。むしろ――。
「……リ(・)ズ(・)はもっと自分を大事にしなきゃだめだ」
呼び方が元に戻った。一線を引かれたような気がした。
「殺されかけてからずっとリズは俺といたから何か錯覚してるんだよ。でもリズは聖なんだからを任せる男は慎重に選ばないと。……アストラに辿り著いたらリズには確実に沢山の求婚者が現れる」
「し出てくる。二、三時間したら戻るから、それまでお互いに頭を冷やそう」
どこか明のある微笑みをマイアに向けると、ルカは踵を返して部屋を出て行った。
◆ ◆ ◆
呆れられた。拒絶された。
自分からうような真似までして、きっとふしだらなだと思われた。
々な考えがぐるぐると頭の中をめぐる。
としては見られている。でも手は出さない。それはつまりルカにとってのマイアは対象外という事なんだろう。
(ふられちゃった)
マイアはベッドの上に転がり、ぼんやりと素樸な木造りの天井を見上げた。
ルカにとってのマイアは保護すべき存在で警護対象。きっとそれ以外の何者でもないのだ。
(ばかみたい)
ちょっと優しくされたくらいで勘違いするなんて。
マイアは大きく息をつくと両腕で顔を隠し、目を閉じた。
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