《貓《キャット》と呼ばれた男 【書籍化】》60 偽名 マリソン

2020.9.21 マジックバック → マジックバッグ

2020.9.25 より判り易くなるかと思い表記を一部変更しました。

「屋裏で俺が捕まえた男との事だ。」 →

「屋裏で俺が捕まえた男との事だ。はともかく男のほうはあまりに素人だったから、最初はあんたの試しかと思ったが、2人ともどこかの間諜かなにかだったんだろ?」

ハリエット夫人と申します →

私の事はハリエット夫人とお呼びください。

「マート、そなたは、ハリソンの従兄弟でマリソンという名前を名乗り、しばらくこの屋敷に滯在してもらうことにした」

しばらく待たされた後、再び呼び出されたマートは、ランス卿にそう言われた。

「行儀見習いで、儂の家に従士として滯在するというれ込みだ。そなたの言うとおり、ハリソンの紹介狀を持ってきたことは、ノーランド男爵側に知られてしまっておるだろう。そのままセオドール様の側付きとするのはあからさま過ぎることになるからな」

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「悪いが、今日の騒ぎについては、そなたは何もせず、儂のお付きの騎士がたまたま彼を捕まえたという話にする」

ランス卿の話に、マートは頷いた。

「これをそなたに持ってもらおう」

彼は、小さなブローチのようなものを渡した。

「これは?」

「念話の魔道だ。念話呪文がおよそ100m屆く。儂も3つしか持っていない貴重なものだが、いろいろ検討した結果、これをそなたに貸與するのが一番良いだろうと言う結論になった。我らの陣営では儂と、儂の補佐が持っているものと、これの3つしかないというのを考えて利用してくれ。ただし、城では口で魔道などはチェックされるので、注意せよ」

「わかった。ああ、俺は霊使いで、この文様には魔力があるらしい。チェックされるかもだな」

霊使い?これはまた珍しい。何ができるのだ?」

「泉の霊(ナイアド)と契約していて、水をだしたりできる」

「わかった。それは話を通しておく」

「秋の収穫祭はおよそ2週間後から始まる。花祭りほどではないが、収穫祭も皆楽しみにしている祭りだ。そして、その最初に伯爵家主催の森の狩りが行われ、その際にとられた獲が、皆に料理をして振舞われることになるのだ。伯爵様自は病気のため狩りには出られないが、セオドール様、ロニー様は共に狩りを行われる。ハリソンは、その時はどうしても警備が手薄になるので危険ではないかと考えておるようだ。そなたは、それまでに、何度か儂が伯爵家に行くことがあるので、その際には儂に同行して、狀況を探るのだ。森の狩りでは、そなたと、我が配下の騎士がセオドール様に同行できるように手配するので、なんとかを守ってやってほしい。その予定で頼む」

「なるほどな。狩りが行われる森というのを事前に下見したいのだが、可能か?」

「いや、森番が居て、普通にはることはできない。我々の疑も公にできるものでもないので、調整は不可能だ」

「わかった、そっちは、俺の方でやる。森までは遠いのか?」

「ここから、馬車で3時間程だ」

「じゃぁ、後で場所だけ教えてくれ。1日空いている日に調査しておこう」

「判っていると思うが、見つかるなよ」

「ああ、もちろんだ」

「2人はどうなった?」

マートにそう聞かれて、ランスは首を傾げた。

「屋裏で俺が捕まえた男との事だ。はともかく男のほうはあまりに素人だったから、最初はあんたの試しかと思ったが、2人ともどこかの間諜かなにかだったんだろ?」

「男のほうは、最近雇った馬丁でな。酒場で黒い服を著た男に金で頼まれたらしい。そっちのほうは調査中だ。そして、はまだ口を割らない。彼は元々儂の領地の出で、儂の息子にメイドとして仕えており、もう5年になるらしい。儂の息子も彼を信頼していたのでショックをけておる。今は地下牢だ」

「そうか」

「伯爵家には明後日行く予定だ。行儀見習いについては頑張ってくれよ。それと、公には儂はそなたの事を気にいらんという立場で行かざるを得んからな。そこは仕方ないと諦めてくれ」

「……わかった」

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“なんだ、あのの事を気にしておるのか?”

マートは部屋を與えられ、お仕著せに袖を通していると、魔剣がそう話しかけてきた。

“いや、まぁ、そうだな。子供を毆るっていうのは、慣れねぇ。こういう人間同士の爭いだと、お互いの陣営に屬しているというだけで殺しあったりしないといけない場合があるってのは、判ってるんだが”

“盜賊退治などは殺しておったではないか。人同士で殺しあうというのは同じじゃぞ。それも、あのは自殺しようとしていたのを止めたのだろう?”

“そうなんだけどな。こういうのは余計もやもやする”

“仕方あるまい。割り切るしかないであろ”

“わからん”

魔剣にはそう言われたが、マートは納得できなかった。とりあえず、自分の裝備は魔剣も含めてすべてマジックバッグになっているベルトポーチに仕舞い、それ自は目立たないように服の裾で隠す。いつものび放題にしたままの黒い髪を切り揃え、ブラシと油で整えて、後ろで紐を使って束ねると、かなり印象が変わった。

「きちんとすれば、すごい男前ですよ。舞踏會にでも出ればがほうっておかないでしょう。いつもこうされて居ればよいのに」

マリソンにつけられた引退した執事だという男が、そう言った。

「いやいや、おっさん、こんな面倒なことを、いつもはしてられないだろう」

「『いえいえ、執事殿、このような事を毎日するのは大変です』というのが良いですよ。しづつでも慣れましょう」

「んー、わかったわかった。ま、これぐらいでいいだろ。あとは、解毒剤とかを余分に仕れてこよう」

彼はなんとなくそう呟き、部屋を出ようと立ち上がると、そこにノックの音がした。困った顔をしていた執事の男は、どうぞと扉を開ける。そこには、30臺後半に見えるすらっと背の高い婦人が、メイドを2人連れて立っていた。

「失禮致します。ランス卿の仰せにより參りました。私の事はハリエット夫人とお呼びください」

「ご苦労様でございます」

執事の男が頭を下げる。マートもそれに合わせて、慌てて頭を下げた。

「ランス卿に、明後日に伯爵様の居城に連れて行きたい男が居る。行儀作法を見てやってくれと頼まれましたの。そなたがマリソンですか?」

「あ、うん、いや はい。俺、ちがっ、私がマリソンだ。 いや マリソンです」

その答えを聞いて、ハリエット夫人と名乗った婦人と、その左右のメイドは共にクスクスと笑った。

「ランス卿が仰ったとおりですね。しばらく私がつきっきりで行儀作法を見させていただきますわ。あなたは?」

ハリエット夫人は、執事の男に尋ねた。

「教育が行き屆かず申し訳ありません。私はウォトキン商會で長らく勤めておった者で、今回、彼の行儀作法を教えるために一緒に參ったものでございます」

「そうですか、それはご苦労様です。この館に滯在していらっしゃる間は、私のやり方に合わせて頂く事になりますが、引き続きご協力いただけますか?」

「それはもう、もちろんでございます。よろしくお願いいたします」

ハリエット夫人は頷いた。

「では、マリソン様、頑張って下さいませね」

「ああ、よろしく……」

そこまで言って、マートは口を抑えた。

脇に控えたメイドの2人が、またクスクスと笑う。

「マリソン様、すこし落ち著いてお話になられたほうがよろしいですよ。急いで喋ろうとなさるので、言葉遣いがれるのです。おそらく、どういった言葉を使えばよいかというのはわかっていらっしゃると推察致します。あわてず、一呼吸おいてから、ゆっくり話をされると、うまく行きますよ」

そう言われたマートはに手を置き、深呼吸した。そして改めてハリエット夫人を見つめて言葉を続けた。

「はい、判りました。よろしくお願いいたします。ハリエット夫人」

「よろしい。頑張ってくださいませね」

は、にっこりと微笑んだ。

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