《貓《キャット》と呼ばれた男 【書籍化】》385 男の話
年配の男はグローバーと名乗った。以前はこの町を治める貴族に仕えていたのだという。
彼の話によると、この島ははるか昔から人々が住んでおりピール王國の直轄地であったらしい。魔法を使ってピール王國よりの旅人がひっきりなしに訪れていたそうだ。だが、理由はわからないが、急に旅人は姿を消し本土との流がまったく途絶えてしまったということだった。そして代であったオーラフ伯爵がずっとこの地を治めるようになり、島の名前をオーラフ島、彼自はこのオーラフ島の総督と名乗った。それがこの島獨自の歴史の始まりだという。
オーラフ島はその後戦の時代に突した。総督の地位を巡り何人もの地方領主が爭う時代が続き、誰も島を統一するには至らなかったそうだ。その間も何人かの領主は本土すなわちピール王國への航海を試みたが誰も帰ってはこなかったようだ。ずっとこの島は閉ざされた陸地だったのだ。
そのような戦が続くこの島に、今から25年ほど前に事件があった。蠻族の姿のなかったこの島に突如巨人族とゴブリンたちが姿を見せ、彼等との戦いが始まったのだ。対立してた領主たちは和平を結び、巨人族と戦った。最初は善戦していたらしい。だが、そのうちに魔王を名乗る魔法を使う巨人が戦いに加わると戦局が変わった。彼とその配下には誰も太刀打ちできなかったのだ。やがて領主たちの中には巨人族に降伏し支配をけれるものが現れた。結束が崩れた人間たちは脆かった。あっという間に人間たちは各地で敗れ、やがて巨人族がこの島を支配するようになってしまった。
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だが、しばらくして人々の間で不平不満が溜まり始めた。人間と蠻族ではものの考え方も生活の仕方もまるで違った。彼らは人間を家畜のように扱ったのだ。村々で行われていた子供らに対する教育や祭り、音楽といったことはすべて止された。各地の領主たちは降伏したことを悔い、お互い連絡をとって大規模な反を起こしたのだった。
それが10年前の反だった。結果から言うと反は1年ほどで鎮められ、主な領主や貴族、騎士たちはこそぎ捕らえられ、見せしめとして処刑されたのだという。
「代(だいがん)様(ざま)も、奧様(おぐざま)もいい人でじだ。使用人の儂にも優じくじてぐだざっだ。娘ざんがいまじでな、まだ3才で可ぐでなぁ。娘のシンシアがの回りの世話をじておりまじだ」
「やっぱりなぁ、最初に気づいたのは処刑場にしてはすごくきれいにしてるなって事だったんだ。おそらく処刑されて長い間経ってるのに、それでもずっときれいに掃除してるんだ。よっぽどこの処刑された人たちは敬されてたに違いない、待ってればそういう人たちに會えるんじゃねぇかって思ったのさ」
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マートの言葉にグローバーはし目を潤ませた。
「いや、ごれぐらいじか出來ながっだ。ゴブリンどもに処刑ざれでいぐのをだだ見守るじか出來ながっだ。シンシアど一緒にぜめでもの罪滅ぼじ……」
言葉が途切れ、グローバーは鼻水をすすった。
「狀況はわかった。俺は、あそこに署名のあった魔王イクソルト、霜の巨人(フロストジャイアント)を倒すために追いかけてきた。霜の巨人(フロストジャイアント)の姿は見たことがあるか? おそらく北部の山の頂上あたりにならんだ球形をした跡のあたりに居るはずなんだが……」
「わがらん。儂だちば住んでいるどごろがら離れるごどば許されでおらん。いや、蠻族が現れで以來、彼らの存在をげれずにずっと抵抗じでいるパーカーどいう領主が居るぞうじゃ。巨人どの戦いで不利どなるど西の深い森に一族やぞの領民だち移じで拠點を作り、未だ巨人族の支配に抵抗じでいるどいう。何百年も続く領主の家系じゃがら、もしぞの一族に會うごどが出來ればマート殿の知りだい報が手にるがも知れぬ。じゃが、ぞのパーカー様が治める土地を目指して逃げ出じだものも皆たどり著くことはできず、戻ざれで処刑ざれだど聞ぐ。生ぎ殘っでいるがどうがもわがらぬ話だ」
「なるほどな、そいつがもし居たとして、信用してもらうにはどうしたら良い?」
「わがらぬ。だだ……」
彼はし考えた後、自分のナイフを回して柄をマートに向け手に取るように促した。剣の部分はすこし黃味を帯びていた。
「これを見でぐで」
「これは、鉄じゃない?」
「この島でば鉄ば採れねぇ。ごごがら北の砂漠にば巨大な銅の鉱山があっで、そごで銀や錫、鉛、金なんがも採れるんだが、鉄だげばねぇんだよ。本土どの流がどだえで以來、武や農などばずべで青銅製になっぢまっだ。鉄の武ば貴重でごく一部の者じか持っでいねえ。脆い武でじが蠻族と戦えながっだ。いい武ざえあれば決じで負げながっだ。ぞれば言い訳だが、殘ざれだ者の鉄の武への思いば複雑だ。自分より弱いはずのゴブリンど戦っでいる中で自らの剣が折れ死んでいっだ騎士もなぐながっだがらな。おぞらぐパーカー様だぢも同じように思っだにぢがいねぇ。マート殿のぞの武を見ぜればじば心が揺らぐかもじれん。なぐども島に住む者の話だどば考えねぇだろう」
「なるほどな。それであんたも武を見て俺を信じる気になったのか」
「ぞの通りだ。ぞんな素晴らじい武ば見だごどがない。ぞれも3本どもだ。儂ばマート殿がごのオーラフ島の者でばないど確信じでばなずごどにじだ」
「わかった、じゃぁ、そのパーカー一族を探してみることにしよう。あとあの丸い球みたいなのは跡なんだろう? 何の跡かは知らねぇか?」
「あの丸い球の形をじだ建ばピール王國によって建でられだものだど伝わっでる。決して近づいでばならないどもいわれで、実際あの建のある北の砂漠にば近づくだけで死ぬどごろもあるらじいす。だから皆ぞごに何があるが知らん」
「そうか、殘念だ、どうして霜の巨人(フロストジャイアント)があそこに居るのか……こっちで調べるか」
「ずっど昔に地震によっで建の一部が崩れ、巨大な球形の建がぞのまま海に転がり落ぢだどいう話を聞いだごどがある。もじがじたらぞちらのぼうに何が手掛がりになるがも知れぬな」
「わかった、グローバーありがとう。助かった。しばらくの間、俺のことはみんなには緒にしてもらっていいか」
「わがっだ。外がらの助げがあるがもどいう話があれば、若い者だちが騒ぐがもじれぬ。黙っでおいだぼうがよいだろ。シンシアも良いな」
グローバーは、娘のシンシアのほうを見た。彼もしっかりと頷く。
マートは禮を言いながらも、まだ他に見つからない間にと急いで彼らの小屋から去ったのだった。
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「とりあえず、……ということらしい。俺が思うにこの島が本土との接を失ったのはドラゴンの前世記憶をもつオークジェネラルが反を起こし、ピール王國が滅亡した原因となった事件によるものなんじゃねぇかと思う」
集落をでたマートはモーゼルと合流した後、長距離通話用の魔道を使ってジュディやアレクシアたちと相談した。
「じゃぁ、そのピール王國の跡で霜の巨人(フロストジャイアント)は何かをしているって事なのね」
ジュディの聲はすこし興気味だ。
「そういう事になるな。その跡についてはパーカーという名の領主が何か知ってるかもしれないってのと北の岬の先の海底に何か手掛かりがあるかもしれねぇっていう2つの報がある。どっちも怪しい話だが、霜の巨人(フロストジャイアント)相手に手は抜けねぇ。一応手分けして確認はしておいたほうが良いと思う。北の海の中の調査は俺がやったほうがいいだろうな。西の森はお嬢とシェリーに任せていいか?」
「西の森はかなり広いのですか? こちらから応援を出しましょうか?」
アレクシアが尋ねてきた。
「んー、俺はまだしっかり見てねぇからわからねぇ。ジュディたちはどう思う?」
「そうだな。かなり広い。だが所々に集落もあるのだ。人數をかけると見つかるリスクもある」
シェリーは慎重にすべきと考えているようだった。
「んー、とりあえず魔空から降りての調査になるわ。斥候が必要ね」
話し合った結果、ジュディとシェリーのところにコリーンが參加することになった。彼は裂け目の底でマートに助けてもらったヒュージスパイダーの前世記憶を持つ斥候だ。
「私も行ければ良いのですが……」
アレクシアは非常に殘念そうだ。
「仕方ないわよ。実際マートの代わりに領主の仕事してるのはアレクシアだもん」
「わ、わりぃな。巨人が片付いたらみんなでのんびりできるはずだからもうちょっと我慢してくれ。とりあえず俺はこのままモーゼルと一緒に北の岬に回ることにするよ。そっちはよろしく頼む」
ジュディの指摘にマートはし狼狽えた様子で応える。
「わかったわ」「わかりました」
そう言ってマートたちは通信を終えた。彼は魔道をマジックバッグにしまうと、再びライトニングにり北を目指すことにしたのだった。
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