《【WEB版】王都の外れの錬金師 ~ハズレ職業だったので、のんびりお店経営します~【書籍化、コミカライズ】》32.王都騒②
ベヒーモスとの戦いはまだ続いている。
戦闘に參加している騎士団や魔導師団、冒険者たちが一丸となって戦っているが、伝説級の魔獣であるベヒーモスには、なかなか致命傷を負わせられないでいる。幸いなのは、伝説級のベヒーモスと言っても、その中では小さい個だったことだ。
だが、ベヒーモスの最大の武である角と牙は、未だ誰も折ることができず、そして、足止めもできていない。
その中でも、善戦しているのは、私を門前で叱ったレティアという剣士と、マルクという名の重戦士、利き腕を取り戻して戻って行った名も知らぬ冒険者であった。お父様たち王宮魔導師たちも頑張って応戦している。
私はその彼らをしでも支えるべく、必要なポーションを無償で支給していた。
「灼熱火炎地獄(インフェルノ)!」
お父様がそう唱えた。
「ベヒーモスの周囲の戦士たち、周囲から離れろ!」
魔導師団から指示が飛ぶと、ベヒーモスに群がっていた戦士たちは一斉にその場から退いた。
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お父様がその両腕を掲げると、大きな火炎がその手のひらの中で渦を巻き、それをベヒーモスにぶつける。すると、その炎は、ベヒーモスが振り払おうとしても執拗にまとわりつき、そのを焼いていく。辺りに獣のが、皮がが焼ける匂いが充満する。
ベヒーモスは苦痛に苛まれ、暴れ狂う。
やっとそのから炎が消える頃には、ベヒーモスは瞳の水分を奪われ、視力を失っていた。
「さすが【劫炎】のヘンリー様!」
魔導師団からお父様の魔法の威力に歓聲が湧き上がる。
……お父様に二つ名があったなんて知らなかった。
私は、大魔法を使った櫓の上のお父様にマナポーションを下から差し出す。
「ありがとう……だが、後で話を聞くからな」
手を差し出し、マナポーションをけ取りながらもお父様に言われてしまった。
……やっぱり後でお説教だよね。
だが、湧き上がった喜びもつかの間。
視力を失い激昂したベヒーモスがむちゃくちゃに暴れだしたのだ。未だその角と牙は健在。非常に危険だ。そして、目も見えず、ただじる人の気配だけを頼りに特攻を試みた。
「危ないっ!」
マルクがレティアに向かって駆け寄り、ベヒーモスの突撃に巻き込まれそうになったレティアを庇う。と、その時に丁度運悪くベヒーモスの牙に、マルクの腹は深く抉られてしまった。
「ぐっあ……」
マルクは腹を押さえて、痛みに顔をゆがめて脂汗をかく。
「マルク!」
マルクに庇われたレティアは、地面に這いつくばってベヒーモスの特攻が通り過ぎるのを待つ。
「済まない、ポーション切れだ。痛みはしばらく我慢してくれ」
そう言って、安全を確認すると、レティアは直ぐにマルクを肩に擔いで、門の中まで待避した。
「誰か!誰か!ポーション……」
「私が診るわ。ポーションあるから」
助けを求めぼうとするのを制し、私はマルクのえぐれた腹を見る。一瞬、その臓を一部持っていかれた傷跡に、嘔吐が込上げる。が、かろうじて我慢した。……そんな場合では無いのだ。
「子供が何を……!」
レティアは私に抗議をする。當然だ。私は子供なのだから。でも、錬金師の私には今やれることがある。
「そうよ、私はまだ子供!だけど錬金師として出來ることがあるの!」
私は、レティアに言うというよりも自分に言い聞かせるようにんだ。
「臓を一部持ってかれてる。ハイポーションを使うわ」
そう言って、その傷口にハイポーションをかける。すると、欠けた臓が盛り上がり元の形を取り戻し、綺麗に腹の中に納まっていく。そして、筋やや脂肪、表皮と言ったものが覆いかぶさり、無慘な傷跡がなかったことになる。
「……っは!」
マルクは激痛が消えたことで楽になったようで、大きく息を吸い込む。荒い呼吸をいくつか繰り返したあと、呼吸は次第に落ち著いていく。……もう大丈夫だ。
「マルク!」
レティアはマルクを抱きしめ、肩を震わせて泣いていた。
「……ダメかと思った……」
マルクは腕をのばし、レティアの頭をポンポンとでる。
「……ばぁか。俺いなかったら誰がアンタの面倒見んの」
レティアはマルクのに顔を填めていた。
「お嬢!」
ポーションを追加作していたマーカスが、人混みをかき分けて走ってくる。
「マーカス!まだまだポーションが足りないわ!あなたも配って!」
私はやってきたマーカスに指示をする。
マーカスが、周りの聲に応えながらポーションを配布し始めた。
私は、傷ついた戦士たちを見る。傷だらけながら戦士たちを躙して暴れ回る魔獣を見る。
「……妖さん、霊さん、霊王さま。私は傷つく人を見守ることしか出來ないのでしょうか」
私のできることは、後手。傷ついたあとの回復でしかない。傷ついた人々を見るのは悲しい。彼らの痛みが自分の痛みのように辛く心を打つ。
私の頬に一筋の涙が伝って、大地に生える雑草とも言える小さな葉にこぼれおちた時。
頭の中に、その聲がした。
『……デイジー。何をそんなに泣く』
私の周りが緑のに包まれて、厳かでいて優しい聲が頭に響く。
「私には皆を守る力がありません。子供だからなのでしょうか。みなが傷つき苦しむのが悲しいのです」
緑の強いはやがて人型をとり、葉っぱの羽を持った人男の姿をとった。髪は長く、頭部には若葉のついた枝を編んだ冠を戴いている。
『泣くなデイジー、そなたは無力ではない。泣くな我が優しきし子……あやつは人と魔の領域を弁えず侵し、本來ここに生きるものを傷つけすぎた。我は緑の霊王、そなたの嘆きは我が嘆き。……力になろう』
そう、緑の霊王が宣言すると、あたりの木々、草花、ありとあらゆる『緑の眷屬』が緑に発する。そして、緑生える地面や大木から、茨のついた緑の蔦が生え、ベヒーモスに向かう。
そして、茨の縛めがベヒーモスの中に絡みつき、そのきを封じる。ベヒーモスが縛めを振りほどこうともがけばもがくほど、その縛めはきつくなり、茨が獣を苛む。そしてその最大の兇である角と牙をかすことも適わなくなった。
「「「今だ!」」」
魔導師団や冒険者の魔導師たちは、一斉に魔法を放出する。その魔法に傷ついてもなお、縛めの蔦は新たに再生する。
「マルクの借りだ!」
立ち直ったレティアが走る。
縛められた獣の前まで來ると高く跳ね、その眉間に向かって、全重をかけ剣を深深と突き刺した。
その刃は、獣の頭蓋を貫通し、その部を破壊する。
どうっ……と土埃を巻き上げながら、獣が倒れた。
すると、ベヒーモスを縛めていた蔦は緩んで地中に戻ってゆき、やがて地上から姿を消した。
『我がしい子デイジー。もう泣くことは無いぞ……ではな』
緑をした霊王が、私の頬に殘る涙の跡を拭うと、すうっと空気に溶けていくかのように姿を消したのだった。
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