《【WEB版】王都の外れの錬金師 ~ハズレ職業だったので、のんびりお店経営します~【書籍化、コミカライズ】》60.アナさんの懐かしの味と、過去

アナさんと約束した日、教會の午後の六の鐘が聞こえ、すっかり辺りが薄暗いオレンジに染められる頃に、彼は私たちの家にやってきた。

私たちの家は、二階に共有スペースを置いている。トイレとお風呂といった水回りのエリアがあって、ソファや余裕を持って六人がけにしたダイニングテーブルのあるリビング。そしてマーカスの部屋と、もう一部屋クローゼットになっている部屋がある。そして三階は子用の部屋が未使用を含めて三部屋ある。私の部屋は主人ということもあるし、荷もそれなりに多いので二部屋分の広さがある。

アナさんには、階段を上って二階のダイニングテーブルまで來てもらう。

「おやまあ、凄いねえ」

ダイニングに著くと、アナさんは丸メガネの下で目をぱちくりさせる。

テーブルの上には、ミィナが腕によりをかけて作ったチーズ料理の數々が並んでいる。

前菜は二種類。『ふんわりパン』のスライスしたもののトーストの上に、チャイブとニンニクを練りこんだ『クリームチーズ』を乗せたものと、トーストに乗せた『クリームチーズ』の上に鮭の燻製にディルを添えたもの。

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もうひとつは、スライスした『まんまるチーズ』の上にトマトのみじん切りとバジルを乗せて、塩とオリーブオイルで味付けをしたもの。

サラダは、たっぷりの春の溫野菜を混ぜたものにブラックオリーブを切りにしたものと『ホロホロチーズ』を乗せて、酢とオイルであえたもの。

メインは、大きな丸いパン生地の上にトマトソースを塗って、スライスした『まんまるチーズ』とバジルをふんだんに乗せて焼いたもの。ただいま焼きたて、とろーりアツアツだ。

最後に、デザートには、クリームチーズ、砂糖、卵、クリーム、小麥、レモンを混ぜて焼いたチーズケーキ。

「みんなこれ、チーズ料理かい?あれは凝固剤を手にれるのが厄介かと思っていたけど、私のためにそんなにお金かけちゃったのかい?」

子牛か子ヤギをわざわざ屠殺してもらったかと思っているのか、ちょっと顔が心配げだ。

「大丈夫よ、植から取れる凝固剤があってね、それを使って固めたのよ」

私はそう言いながら、アナさんを中央の椅子に案する。そして、私がアナさんの向かいに座り、殘りの取り皿やシルバーが置いてある席にミィナとマーカスが腰掛ける。

「ぜーんぶアナさんのために、ミィナが一生懸命考えて作ったのよ!さあ遠慮せず食べてください!」

まあまあ、と言いながら、アナさんがシワでくしゃくしゃの笑顔の上に零れた嬉し涙をハンカチで抑える。

「前菜とかの順もあるんだけど……アツアツのものはアツアツのうちにいただこうかね!」

そう言って、既に切込みのったチーズ乗せトーストをナイフとフォークで取り皿に乗せる。

そして、皿の上でカットしたひと切れを口にほおばる。

「ああ、熱くてとろける!はふっ!あつつつ……」

そう言いながらも、笑顔で嬉しそうに熱いトーストを食べるアナさん。

「これは初めて食べるけれど、パンとトマトソースとチーズがこんなに相良かったなんてね!」

アナさんが食べ始めてくれたので、私達もそれぞれ食べたいものを取り皿によそって食べ始める。

『クリームチーズ』に鮭の燻製とディルを乗せたものは、燻製された鮭の脂分をディルが爽やかにしてくれて味しい。

『まんまるチーズ』のトマト乗せは、『まんまるチーズ』から染み出てくるミルクのじが甘くてたまらない。そこにスッキリとしたトマトの酸味が絡んでくる。

サラダに乗せたチーズもさっぱりしていて味しいし、みんな味しかった。

食べ盛りの私たち三人は結局チーズケーキまで完食したけれど、さすがにアナさんのお腹には厳しい量だったらしい。ケーキはカットしたものを持って帰ってもらうことにした。

食後、ミィナは食洗いをしに一階に降り、マーカスがその手伝いで皿を運ぶのに階段を往復している。テーブルには、アナさんと私だけが食後の紅茶を飲みながら座っていた。リーフは自分の食事を食べて満足気に私の足元で眠っている。

「デイジーちゃん、本當に今日はありがとうねえ。ほんとに優しくていい子だね」

目を細くしてニコリと笑うアナさん。

「ミィナがかなり頑張ってくれましたから」

私はし照れくさくて謙遜して、首を振ってミィナの方を褒める。

「いや、デイジーはいい子だよ。優しい心を持って錬金を使える子になら、私が使えなくなったものを譲ってもいいかしらね」

そうして、アナさんの昔語りが始まった。

アナさんは、私の國から一つ國を隔てた西の方の國で生まれて錬金師になり、仲が良かった鍛冶師の男と結婚したのだそうだ。元々は平和に暮らしていたのだが、結婚してしした頃に政変が起こり、軍國主義を掲げる國王が治める國になってしまったのだという。

「私はね、元々は武や防のための金屬の合や、鉱山開発のための弾なんかを作る錬金師をしていてね。だから鍛冶師の旦那さんと結婚したんだけど、そんな私たちは國に目をつけられたのさ」

夫婦が冒険者や國を守る騎士達のために作っていた剣や鎧は、他國を攻める兵士のためのものとして量産を強要された。そして、アナさんが鉱山開発のために作った弾は、他國の人間をたくさん殺すための兵として使われた。

「辛くてね。……だから、仲間と一緒に國を出ることにしたんだよ」

だけど、旦那さんは「自分たちが作ったものを始末してから行く」と言って國に殘り、そうしてアナさんは二度と旦那さんとは會うことは出來なかったのだそうだ。

「私には子供もいないからね。デイジーに、私が持っている本や、錬金釜を譲らせて貰えないかい?もう腰が痛くてね、金屬の加工なんか出來ないんだよ」

し寂しいような、でも優しい顔で私に向かって首を傾げて尋ねてくる。そんなアナさんに、私は思わず心の奧で燻っていた過去を吐してしまった。

「……私は、以前、陛下に頼まれて自白剤を作ったことがあります。それで、陛下のおに害をなそうとした二人が処刑されました。その頃の私は、私が作った薬のせいで人が死んだという事実をけ止めきれなくて、今後もう、人を傷つける可能のあるものは作りたくないと、陛下に我儘を言ってしまったんです。そんな臆病な私に、アナさんの技を引き継ぐ資格なんてありません」

私はそう呟いて俯いてしまう。

「デイジー。錬金師は臆病なくらいでいいんだよ。そうじゃないと、うっかり間違った方向へ行ってしまうからね。でもね、デイジー」

アナさんは、私の両頬をシワシワの手でれて、泣きそうな顔の私の顔を上げさせる。

「デイジーの作った自白剤は、陛下か陛下の大事な人を守るために使われたんだろう?それは、賢く優しい王様が治めるこの良い國が、そうであるために使われたんじゃないのかい?だとすれば、デイジーはこの國のたくさんの人を救った事になるんだよ」

そう言われてみて、心のどこかにある澱がし晴れた気がした。

もし、あの時私が自白剤を作らなくて、犯人たちがまた王子殿下を襲って、殿下が亡くなられてしまったら。もしかしたら、悪い人達が思い描くような悪い國になるという結末もあったのかもしれない。……アナさんの故郷のように。

私は、しスッキリした顔でアナさんを見つめる。

「デイジー、力を恐れすぎちゃいけない。力や道は、善きことに使うこともできるし、悪いことにも使うことも出來る。きちんとデイジー自の心で、自分が作った道を善きことに使える人だと思ったなら、その道をその人に預けるのは間違いじゃないんじゃないのかい?錬金師は、毎回毎回、そうやって悩んで考えるぐらい慎重でいいんだよ」

私は、やっと心の奧で燻っていたものが消え、すっきりとした気持ちになった。

「アナさん。私、アナさんの錬金の技を引き継ぎます。だから……私の師匠になってください!」

心を導いてくれた人だ。きっとアナさんは、これからも私の心も技も導いてくれるだろう。そう思った。

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