《【WEB版】王都の外れの錬金師 ~ハズレ職業だったので、のんびりお店経営します~【書籍化、コミカライズ】》270.善なる心

ゲルズズは膝を突いて項垂れたまま、片手を皇帝かと思われる人が座る玉座の肘掛けに手をかけた。

「……グエンリールは。グエンリールはそのために塔に籠もったのか……賢者としての輝かしい未來がありながら……」

「……そう書き記してありました」

ゲルズズの問いに私は答える。

「……ここまではどうやって來た。いくらグエンリールのした竜がいたとしても、各要所には戦力を配備していたし、ましてやこの城下町から城も武裝させていたはずだ」

「この祈りの石の力で、大抵のものの意識は正常さを取り戻しました。……そういえば、あなたは彼らに何をしたのです。彼らは最初異常でした。盲目的に指示に従い、疲れも恐れも知らずに戦っていました」

「私が作った薬だ。……それが疲れも知らず、眠気も知らず、勇猛果敢に恐れることなく戦える戦士を作る」

「……なんてことを……。この石は、すべてを正常化する石。人々に本來の良心を取り戻させ、異常な狀態から解放します」

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「……私は賢者の石(これ)を完させたかった。私は、融資者(パトロン)、たとえそれが何が定めたものであろうと、法の正義という名のもとに、囚われ人として言われるがままに研究せざるを得なかったのだ。だが、それを完させれば、そのせいで私が失ったすべてのものが、そのむなしさが消えるのだと。達によって永遠にこの帝國で生きていけるのだと、そう信じていた……だが」

そう言葉を句切ると、ゲルズズは両手で顔を覆う。

「賢者の石(これ)を完させたとしても、最高にして唯一の友は永遠に還ってこない。その上、彼は私が作り上げようとしていた、なそうとしていたこととは真逆のことを目指していたなんて。真逆の道を歩いていたなんて」

「……そうよ。あなたのために」

「……なんてことだ……」

ゲルズズは、「……ああ……」と言って、その場で額を床につけた。

「お前……いや、グエンリールがした娘よ。グエンリールがその素材をし、そなたが作ったその祈りの石を、私とこの皇帝(傀儡)に使ってみてはくれないか」

額を床につけたままで、まるで懇願するかのようにゲルズズがそう申し出た。

……そういえば、皇帝なのに、なぜこの人は何も言わないのだろう?

「……皇帝陛下は……」

「……これは生きているだけの存在(モノ)だ。すでに心の臓しかいていない。見えず、聞くことも出來ず、口もきけない。ただの人形だ」

「え……? それじゃあ、他の人たちはどうして言うことを聞いて……」

私は、自然と眉に力がりしわが寄っているだろうことをじた。

「私が、彼が話しているふりをでしていただけだ」

「……そんな」

「……これも、もう終わりでいいだろう……」

……これを使ったら、私はこの人を消滅させる(殺す)ことになるのかしら?

それを思うと、石を使うのはためらわれた。

そのためらいをじ取られたのだろうか。

「人を殺すのは怖いか?」

そう、ゲルズズに問われた。

「……怖くない人間になどなりたくはありません」

私は、それにはきっぱりと答えた。

「じゃあ、こう考えればいい。一般的な法律の下では人をこの世から消し去ることは悪だろう。だが……」

「……」

「……私はグエンリールと同い年だ。この皇帝は、さらにもっと上」

「……」

「……生きているほうが異常な存在だとは思わんか」

「……それは……私には決めかねます……」

「じゃあそうだな……」

「……なんでしょう」

「……私をグエンリールの元へ逝かせてくれ。廻のの中に戻るのを許されるのかわからないが、もう一度だけでも、あいつの顔を見たい。會いたいのだ……會いたいのだ……! この訴えでも、心の中の善なる心をかすことは出來ないのか⁉︎」

そう繰り返すと、ゲルズズは慟哭を始めた。

「知らなかったのだ。決別したと。私を見限って去ったのだと、ずっと思っていた。だが、その生涯を賭して、私のことを改めさせるために人生を費やしたのだなんて……! 真の友だったのだと、気づけなかったのだ……!」

そういうと、頬を濡らす涙をそのままに、ゲルズズが顔を上げた。

「頼む! それを、私に使ってくれ! 『正常な狀態になる』のなら、もうこの命は潰え、あいつに會うことが出來るはずなんだ……!」

その表は必死で、噓偽りのないであろう表をしていた。

でも、グエンリール様は、自分の研究の一部を使って、友人であるゲルズズの命を奪うことを願うだろうか?

そう考え出すと私は答えを出せず、くことが出來なかった。

ゲルズズが盲目的に辿ってきた『法の正義』。

グエンリール様が歩み、今ゲルズズが乞うている『善なる心』。わからない。

どちらも正しいように思えるし、後者が正しいようにも思えた。

私にはどうしても自信を持って判斷することができなかった。

すると、すぅっと黒い薄闇が床から立ち上がって、かつて星のエルフの里で出會った冥界の神様が顕現なされた。

神様……!」

「デイジー。大丈夫、使いなさい……その結果は、私の管轄。今世で愚かな振る舞いをしたこの二つの魂の管理も私の仕事だ。……さあ、ためらいはいらない。貴の心の中にしでも彼を哀れむ善なる……溫かな心があるのであれば、悲しい結果には、ならないから」

そう告げると、そっと私の背を押した。

私は、心を決めて、ぎゅっと祈りの石が飾られたアゾットロッドを握りしめてから、アゾットロッドを天に向けてかざした。

覚悟を、決めた。

「……祈りの石よ。ゲルズズと皇帝を……シュヴァルツブルグを正常に戻してちょうだい!」

私は天に向かってそうんだ。

すると、厚く重なっていた鈍の雲がだんだん風に吹き飛ばされいき、やがて、太が雲間からまるでのカーテンのように差し込んできた。

そのの一部がゲルズズと皇帝をも照らす。

水銀で汚染され続けた彼らのはその形狀をとどめることもかなわずに、末端からまるで灰のように崩れていく。

……痛くはないのだろうか、辛くはないのだろうか。

相手が相手だといっても、どうしてもそう、心が痛んだ。

「……大丈夫」

冥界の神様がそう呟く。

「……おいで、グエンリール。お前の友達がやっと気がついたよ」

そう告げると、神様の橫に、若葉らかく波打つ髪を持った若者が姿を現した。

「……グエンリール……」

ゲルズズが、崩れゆく指先をその人に向かってばす。

その顔は笑っていた。

「……會いたかった……」

そう言い殘して、ゲルズズは笑顔のまま灰となって崩れ落ちていった。若かりし頃のグエンリール様と思われる若者の、腕の中で。

グエンリール様は、まるで慈とでも表現したら良いかのような微笑みを浮かべていて。灰になっていくゲルズズを、まるでその腕(かいな)に抱(いだ)くかのような仕草をしていた。

そして一言らしたのだ。

「待っていたよ。そして、お帰り、我が友よ。……道(・)に気づけたのなら大丈夫。もう、私もお前も一緒。お前も定められた廻のの中に帰れるはずだ」

ゲルズズの作りかけの賢者の石もまた、灰になって崩れ去る。皇帝も、ホムンクルスも、全て。

そうして冥界の神様が言ったのだ。

「……の中に還るよ、み(・)ん(・)な(・)」と。

次回、最終話です。

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