その日は旅人が野営地に訪れることなくそのまま朝を迎えた。

それでも晝頃になれば、商人などの馬車が晝食のために立ち寄る可能がある。

普通の大人は、浮浪児を見れば何か盜まれると警戒し、ずるい大人なら、衛士がいない街道で子供がナイフやお金を持っていれば、それを奪おうとするかもしれない。

あのフェルドが特別なんだと考え、今は大人を簡単に信用しないほうがいいだろう。

それでも隠れているだけじゃ先に進めないので、私は生きるためにまた野生の黒いベリーを摘みながら、生活魔法の訓練をはじめた。

自分の魔力が分かったので、稚拙ながら【火花(ファイア)】と【流水(ウォータ)】は使えたけど、まだ実用レベルじゃないし他の生活魔法も使えない。

次に便利なものを覚えるとするなら【燈火(ライト)】になるけど、私はあえて【化(ハード)】を先に覚えたいと考えた。

【化(ハード)】は土を固めてくする魔法で、一般的には、建築のさいに土壁が乾くまで固定して、他の作業をすることで工期を短するのに使われる……らしい。

らしいと言うのは、あまり覚える人がいない人気のない魔法で、あのも“知識”でしか知らなかったからだ。

片手に握った土の塊を見てし悩む。『固まる』とはどういうことだろう？

手の中でギュッと握れば見た目は土が固まるけど、指でれればあっさりと崩れるので、これでは『固まった』と言えない。

何度か握ったり崩したりしていると、乾いて茶から黃土になった土は、強く握っても纏まることはなくなった。

「……【流水(ウォータ)】」

練習を兼ねて唱えると、昨日の夜よりしだけ水量が多くなった水が指先から滴り、乾いた土に吸い込まれた。

これならまた固まる。でも今度は水が多くて泥になってしまう。

乾いた土はサラサラになった砂より細かいみたいなだ。これを固めるには水のように“何か”土の粒を繋ぐがいる。

「……【化(ハード)】……」

土の粒を魔力で繋ぎ止めるように唱えると、手の中にある土塊がそのままの形でくなった。

「……出來たっ」

これで【化(ハード)】を覚えたの？　念のためにどのくらいいかそれを近くの木に投げつけると、ぶつかった土塊は簡単に砕けて魔力が抜けるとただの土に戻った。

使えたけど完璧じゃない。やっぱり誰かが使うのを見て覚えないとダメなのか。

あのの師匠がやらせた特訓では、やはり同じように素手で土の塊をこねくり回していた。でも何か違う？　あのが使っていた土は灰みたいなだった。

それはし後回しにして一旦小川の上流に戻る。摘んだベリーを水で洗ってそれを朝ご飯代わりにすると、そろそろ気持ち悪くなってきた汗と灰で固まった髪を川で洗い、濡らした布でを拭く。

灰が落ちると母と同じピンクブロンドの髪がキラキラと目立って落ち著かない。灰をかけっぱなしだと髪がゴワゴワするので、川辺の灰の土で代用できないか……って、これは？　小川の近くの地面に灰になっている層を見つけて、近くの石でその部分を掘って指で弄ると、“知識”がそれを教えてくれた。

「粘土？」

それに魔力を流しながら【化(ハード)】と唱えてみる。でも粘土はあまり化せず、普通の土よりくするのが難しくじる。

何がいけないのか？　土と粘土と何が違うのか？　隙間を埋めるように魔力を流したつもりだったけど……

「あ、そうか」

粘土を指で弄っているとまるで隙間がないほど細かいことに気付いた。そしてあのの知識は、粘土は通常の土よりもかなり細かい粒子であると教えてくれる。

「……【化(ハード)】」

今度は、魔力を流して“粒”を繋げるのではなく、“粒子”の隙間に浸させるようにイメージして粒子同士を結合させる。

その固めた粘土を勢いよく木にぶつけると、粘土は欠けずに木の幹に傷が付いた。しかも手を離れてもすぐに魔力が霧散せずまだ魔力と度を留めていた。

これが【化(ハード)】か……。あのの“前世”の知識が無かったら覚えられなかったかもしれない。後はこの度がどのくらい持続するのか確かめるために、その粘土を拾っておいた。

他の生活魔法も覚えたいけど、明るいうちにあの手書きの薬草辭典を荷の中から取り出した。これには様々な薬草だけじゃなくて、薬に使えるのならキノコや鉱まで、挿絵付きで事細かく書かれている。

でも今の私は“知識”はあってもそれを自分のものに出來ていない。単語を一文字ずつ辭書で調べるように文字を覚えないといけない。

とりあえずキノコ類は挿絵があっても判別が難しいので、近くにあった食べられそうな野草を見つけては時間を掛けて辭典から探し、該當するものが有れば一文字ずつ読んで安全かどうか確かめた。

しばらく夢中になって続けていると、遠くから微かに焚火の匂いが漂ってきた。

……もう晝頃か。商人の馬車でも寄って晝食にでもしているのだろう。この時間にここにいないと、馬車でも夕方までに他の町へ著けなくなる。

私は荷が置いてある小川近くの木のある場所に戻りながら、枯れた枝を拾い集めておく。野営場に近づくと木の焼ける焚火の匂いが強くなった。

フェルドは周囲の魔力をじて風の流れと匂いを嗅ぎ取れと言った。

一歩ずつ下がって確かめると匂いの強弱をじる。周囲にじる魔素とその匂いの流れを照らし合わせると、魔素のきがしだけ“見えた”気がした。

「……【流風(ウィンド)】」

その匂いと魔素のきに合わせるように自分の魔力を流して唱えると、匂いがわずかだけど霧散した。

風の魔力をじる練習をしていたので覚えるのは早いと思っていたけど、予定よりもあっさりと習得できた。

私が何も知らなければ、風に興味を持って自分の屬が“風”だと思ったのかも。

旅人が來たら森の奧に隠れるつもりだったけど、【化(ハード)】が使えたことで予定を変えて粘土の採取をはじめた。

しばらく粘土をこねくり回していると漂ってきていた木の焼ける匂いが消えていた。粘土を使うのは意外と愉しかったけど、別に遊んでいたわけじゃない。

荷から葉っぱで包んだ兎としの食料、そして森で採取した枯れ木と野草を持って注意しながら野営場のほうへ向かうと、もう人は誰も殘っていなかった。

焚火跡に近づいて地面にれてみるとまだ暖かだったけど、面倒なことに焚火には水を掛けてあったのでそこは使えそうになかった。

私はそこらの石を拾ってその隣の地面にを掘る。尖っていない石ではほとんど掘れないけど深く掘るわけじゃないので問題ない。

「……ふぅ」

窪み程度のが掘れるとそこに生の葉っぱを敷いて、兎にカラカラに乾いたチーズを砕いてまぶし、また葉っぱで包んでから窪みにおいてその上からまた生の葉っぱを乗せて、その上に土を被せた。

さらにその上に枯れ葉を置いて量の枯れ木を置く。一応、準備は出來たけど火はまだ付けない。

「【化(ハード)】」

私は用意していた歪な粘土のに【化(ハード)】を掛けてくすると、その中にナイフで削った野草や干しを刻みれて、その上から【流水(ウォータ)】で水を注いだ。

「……ぅ…」

頭がしふらつく。今日はもう魔力を使いすぎたけど、もう一回くらいならまだ飢狀態にはならないだろう。

「……【火花(ファイア)】」

粘土のを新しい焚火の側に置いて火を付ける。バチバチッと火花が散り枯れ葉からうっすらと煙が上がる。

もう一回【火花(ファイア)】を使うのはきついので、息を吹きかけながらよく乾いた枯れ葉をしずつ被せていくと、上手く火が付いてホッとした。

私の魔力値は13で、今日はこれで八回生活魔法を使った。

生活魔法は１回で魔力を１消費するらしいので、私の殘りの魔力は５ということになる。多分、ここがギリギリのラインなんだと、自分のに殘った魔力量をじながらその覚を覚えておいた。

は焚火の側に置いているだけなので、野草に火が通るまで時間がかかるだろう。

でも【化(ハード)】で固めた粘土は１時間程度しか化を持続しない。それまでに煮えるといいなと思いながら、私はその間に、拾った木の枝をナイフで削ってスプーンを作り始めた。

「…………」

ナイフの刃はそれほど薄くないので、力の弱い私では上手に削れない。そもそも手先がまだ不用なので、力をれすぎると自分の手を切りそうで怖かった。

それでも気よく続けていると、スプーン……と言うより、歪で曲がったヘラが出來上がる。……まぁ、無いよりマシだろう。

野草のほうもたいぶ煮えた…ように見える。でも【化(ハード)】の時間を考えるとそろそろ限界だろう。

私は慎重に木の枝を使ってを焚火から離し、ほぼ消えかけていた焚火をほじくって中から兎を取りだした。

「…………うわ…」

葉っぱが熱との脂でデロデロになっていた。

その葉っぱをナイフの先で丁寧に剝がすと、ちゃんと焼けたおが出てきたので指で摘まんで一口食べてみた。

……うん。結構微妙。

チーズのおかげか味は悪くないけど、やっぱり塩味が足りないし、葉っぱの変な風味が付いている。これはハーブ系の野草で包まないとダメかも。

次は干しと一緒に煮込んだ野草を食べてみる。

これは……酷い。火に近い面は煮えていたけどその他は生煮えで、あく抜きしていない山菜のえぐみがきつい。塩辛い干しから味は出ていたけど、えぐみと奇妙な匂いを消すほどではなかった。

料理に使う野草類は厳選しないとダメかもね……。

今回は、一応保存食でも、丸一日森に放置したチーズと干しをそのまま食べるのは怖かったので、火を通すために初めて料理をしてみた。

結果的には失敗だと思うけど、次はどうすればいいのかし分かったので、多の経験値にはなったと思う。

野草スープはあの孤児院の老婆が作った塩スープよりも不味かったけど、毒ではないので完食した。よく考えるとどっちも不味いのだからあまり変わらない。

それよりもばかりの食事より、野草を食べたことで何となく気分が落ち著いた。

食べ終わった私は新しい灰をし葉っぱに包んでから森に戻ると、魔力を使わないナイフの鍛錬をすることにした。

すこしずつ々なことを覚えていきます。

次回、中編