《乙ゲームのヒロインで最強サバイバル 【書籍化&コミカライズ】》19 山賊長
「何か音が聞こえたと思ったら……このガキ…お前がそいつらを殺(や)ったのか?」
暗がりの中に仲間の死を見つけて、剣を抜いたその男がナイフを構えた私を睨み付けた。
殺したときの音を聞かれたのだろうか。どちらにしろもうただの子供だと油斷させることは無理そうなので、私も黒いナイフを男に向ける。
ヴィーロのことを無しにするのなら、これが私の初めての実戦になる。
それでもフェルドやヴィーロの殺気を経験しているので、男から放たれる殺気に張はしても萎するほどの恐れはじなかった。
革鎧(ハードレザー)に片手剣(ロングソード)。裝備自は古びているが一般的な『戦士』の裝備だ。
年の頃は三十代の前半。一人だけ戦闘力が90と周囲より高い山賊がいたけど、それがこの男なら、山賊でも村人ではなく走兵か冒険者崩れだろう。
私の両親が亡くなった魔の大発生でも、人間しか相手をしたことのない兵士の何人かは、魔との戦いから逃げ出したと聞いたことがある。
「…………」
もし走兵なら、この男が逃げなければお父さんは死ななかったかもしれない。あくまで結果論なのは分かっているけど、思わず冷めた視線を向けてしまうと男が骨に顔を顰めた。
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「……薄気味悪いガキだな。やはりお前がやったのか」
こんな森の奧に現れ、剣を向けても怯えない子供なんて私でも不気味だと思う。
もしこの男が走兵でも憎しみはない。でも、怒りの替わりにドロリとした冷たい殺気が滲み出て、私の【威圧】に男が息を飲んだ。
怒りにまかせて突っ込んでこられるよりも、警戒されたほうがまだやりやすい。
90ほどの戦闘力なら【ランク2】の戦士だろう。
おそらくは剣スキルがレベル2で、防スキルとスキルがレベル1程度か。魔力が確か50ほどだったので、屬魔は持っていたとしてもレベル1だと思われるが、たぶんその年齢でその魔力なら持っていないのだと推測する。
飛び道は、元兵士なら弓程度は使えると思うが、【弓】は【投擲】が無くても単獨で使えるスキルなので、ナイフ等の飛び道の警戒は中レベルとして心に留めた。
自分でも驚くほど冷靜に解析しつつ、互いに殺気を放ちながら武を構え、ジワジワと時計回りに位置を変える。
この男……とりあえず『山賊長』と仮稱して、その戦闘方法を模索する。
山賊長の戦闘スキルはおそらく剣レベル2だと仮定して、まともに打ち合うと子供の私はそれだけで吹き飛ばされてしまう。
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まともには戦わない。油斷もしない。フェルドとヴィーロのせいで価値観がおかしくなっているけど、この男の戦闘力でも充分脅威なのだ。
シュッ!
「くっ!」
私が不意に投げた鉄串を山賊長が大げさに避けた。
おそらく酒を呑んでいるのだろう。子供相手ならその程度の酒は問題ないと思っているのだろうが、それは酒のせいで判斷力が低下しているからだ。
投擲スキルのない私ではこの男の鎧で弾かれてしまうのに、私を警戒してくれたおかげで必要以上に勢を崩すことができた。
その隙に攻撃……なんて馬鹿なことはせず、後ろ向きのまま跳び下がるように距離を取る。
「逃げるかっ!」
距離を取り、後ろ向きから普通に走り出した私を山賊長も追ってくる。
山賊長の心理を考察すると、仲間を殺し、子供ながらに殺気と威圧を放つ私を警戒している。けれど、私が子供なので仲間を呼ぶような恥知らずな真似はできず、子供だから自分の武を見て逃げ出したのだと考えている。
警戒はしているつもりだけど、子供相手に警戒しすぎることを、山賊の頭(かしら)としての自尊心が邪魔をしているじだろうか。
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だから、焚火のが屆かない暗がりに逃げる私を躊躇せずに追いかけてきた。
この男に私が勝つ必要はない。ヴィーロが他の山賊を始末するまで時間を稼げれば、それが私の勝ちになる。私にとって、あの場で騒ぎを起こして他の山賊を巻き込んだ戦になるのが一番困る。
大人と子供では速力に差があるが、荷を下ろした軽な私と、鎧を著て武を抜いたままの山賊長なら同程度だろうか。
私の思に乗って追いかけてきた山賊長だったが、月明かりさえ屆かない森の中にるとあきらかに速度が鈍り、わずかな木のに躓いて勢を崩していた。
「くそっ、……【燈火(ライト)】っ!」
山賊長が生活魔法を唱えて、ロウソクほどの小さな燈りが剣の先に燈る。
「【暗闇(ダーク)】」
それを私が離れた場所から魔素を飛ばすようにしてあっさり相殺すると、再び森は闇に包まれた。
「くそっ!」
敵報追加。山賊長は暗視スキルは持っていない。
「【燈火(ライト)】っ!」
「【暗闇(ダーク)】」
それから何度か唱えた山賊長の【燈火(ライト)】を私の【暗闇(ダーク)】が消していく。
魔素を任意のところへ飛ばすのは難しかったが、闇屬の魔素はある程度拡散して放ってもを相殺できていた。それに、音を任意の場所に置く【幻聴(ノイズ)】の考察がそれを補ってくれた。
山賊長の魔力値は50ほど。それに対して私の魔力値は70ほどもある。それだけでなく山賊長は私に剣を向けてからずっと強化を使っていた。
戦いはじめてから約十數分。強化はおよそ100秒で1消費するので山賊長の魔力はその間も減り続けている。
私はそもそも戦闘以外で強化を使ってさえいないので、終わりの見えない魔力の消費合戦に、山賊長はついに【燈火(ライト)】を使うことを諦めた。
「このガキがっ! 正々堂々と戦えっ!」
子供相手に無茶をいう。そして敵報追加。森にってから私の位置を把握さえできていないので、山賊長は探知スキルも持っていないと思われる。
でもおそらくは気配を察することはできるのだろう。私がき出すとわずかな足音で剣を振ってきた。
「【斬撃(スラツシユ)】っ!」
剣レベル1の戦技、【斬撃(スラツシユ)】が私のいた真橫の闇を裂く。
その攻撃は意外と正確だ。やはり剣レベル2は侮れるレベルじゃない。はじめて自分に向けられた【戦技】に、手の平にじっとりとした汗が滲んでいた。
互いに決め手がない。私では隙を突かないとダメージを與えられない。山賊長も私が攻撃をしてこないと攻撃ができない。
でも私と山賊長では決定的な違いがある。それは攻撃の主導権を持っているのが私ということだ。
けの山賊長は強化を切らすことができない。私は時間を稼ぐことが目的なので焦らずに魔力を溫存できる。
だけど、ヴィーロの戦闘が終わりそうな時間に達する前に、【燈火(ライト)】を使いすぎた山賊長の魔力が限界に達したのか、強化が消えてその足がわずかにふらついた。
「くそっ…」
ようやく不利を悟った山賊長が、顔を歪めながら村の方へ走り出す。
別に強化を使わなくても私より強いのに、私を警戒してしまったせいで魔力を使い果たし、逃げなくてもいいのに逃げ出した。
判斷が悪い。自尊心はあるのに“覚悟”がない。
ただ、それを黙って見逃しては私の“修行”の意味がない。
私が木の影から飛び出すと、わずかな音に反応した山賊長が背後に剣を振る。
けれどあきらかに剣が鈍い。強化が無くなったせいだけじゃなく、元は職業戦士だった山賊長は、戦闘職の常識から強化のない狀態で戦うことにが萎してしまっているのだろう。
それでもレベル2の剣速は鋭いが、短剣レベル1の私でも、暗闇でなら躱せないほどではなくなった。
「ぐあっ!?」
私のナイフが男の太ももを淺く斬り裂く。
ナイフは鋭くても私の筋力では大人の筋は深く斬り裂けない。でもそれは大きな問題じゃない。
「このガキがっ!」
怒りでびを上げて威嚇しても、私はお前に怯えない。
逆に暗闇で斬り裂かれる恐怖に、男の剣先は剣スキルで補正できないほど、どんどん大振りになっていく。
「くそがっ!!!!」
それから時間をかけて何度も隙を見て山賊長の腳に斬りつけた。
森から逃がさない意味もあったけど、私の長ではかなり踏み込まないと上半に屆かないからだ。私自の戦技を試してみたい気持ちもあったけど、大振りになる戦技はこの場では自重したほうが賢明だった。
山賊長は私よりも強い。だから一撃を與えたら即座に距離を取る。だからこの暗闇からは絶対に逃がさない。
與えた傷はどれも致命傷ではない。斬り裂かれた面積が多く、下半は塗れになっていたけど、まだ重要なに傷はない。
だけどその時、私が恐れていた事態が起きた。
「……は、ハハッ! ついに見つけたぞ、ガキっ!!!」
朝がきて、わずかに差し込んだ朝日が、灰を落とした私のピンクブロンドの髪を煌めかせる。
「もう終わりだ、このクソガキがっ!」
「…………」
時間切れか。もう“修行”も終わりだ。
「ハァアっ! …が、…なっ」
ようやく私を見つけて斬り込もうとした山賊長が、飛び出した瞬間にその場で崩れ落ちるように膝をつく。
その手からも剣がり落ち、意味が分からず困する山賊長の土気(・・・)になった顔に、私は冷めた目を向けた。
「もう朝だよ? あれから何時間経ったと思っているの?」
私が狙ったのは『出死』だ。そのためにあえて深追いせず、出だけを増やす傷をつけていったのだ。
私は自分に【回復(ヒール)】をかけて徹夜した力を戻し、山賊長の手から落ちた片手剣(ロングソード)を蹴飛ばしてから、油斷なくナイフを構えて近づいた。
「まだ戦える手段は殘ってる?」
「…………」
「そう。じゃあ、さよなら」
半分怯えた睨むような瞳を真正面からけ止めながら、冷酷に山賊長の咽をナイフで橫薙ぎに斬りつける。
ここで油斷して踏み込む必要もない。その傷から溢れたが絶に染まった彼の命の火を消すまで、私はナイフを構えたままジッと最後まで見つめつづけた。
*
戦利品の片手剣(ロングソード)を引きずりながら廃村に戻ると、広場の中央に積み重ねられた死の脇で、水筒の果実酒を飲んでいた無傷のヴィーロが軽い仕草で片手を上げた。
「よぉ、遅かったな。強敵だったか?」
「たぶん、山賊の頭かな? これ戦利品」
もうし心配してもいいと思うんだけど……。
ヴィーロは私が手渡した片手剣(ロングソード)をけ取り、目を細めて検分する。
「そこそこの剣だが……お前、よく勝てたな。これは貴族が発注した廉価品だな。柄にホーラス男爵の印があるが……まぁ、死んだ山賊の素生など関係ないか」
「そうだね……」
「それよりも火を付けてくれよ。死に油は撒いたが、火口箱の火が消えてて煙草に火も付けられねぇ」
「了解。……煙草は止めたら?」
付けた火が広がらないかだけ見屆けると、味そうに煙草を吹かしたヴィーロと乾パンをかじった私はそのまま廃村を後にする。
「ふわぁ……さすがに徹夜はもうしんどいわ。次の街に著いたらいい宿を取るか。山賊がある程度持ってたんで、半分やるから自分で払ってみろ」
「ありがと……」
そうして私たちは旅を続け、その三日後、この辺りでは大都市であるトーラス伯爵領に到著した。
まれに見る爽快のない戦闘でした(笑)
ですが、アリアの戦闘は基本的に策と罠で戦います。爽快のある戦闘はもうし長するまでお待ちください。
次回、第一章ラスト。旅の目的地。
そろそろストックがなくなります。
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【書籍発売中】2022年7月8日 2巻発予定! 書下ろしも収録。 (本編完結) 伯爵家の娘である、リーシャは常に目の下に隈がある。 しかも、肌も髪もボロボロ身體もやせ細り、纏うドレスはそこそこでも姿と全くあっていない。 それに比べ、後妻に入った女性の娘は片親が平民出身ながらも、愛らしく美しい顔だちをしていて、これではどちらが正當な貴族の血を引いているかわからないなとリーシャは社交界で嘲笑されていた。 そんなある日、リーシャに結婚の話がもたらされる。 相手は、イケメン堅物仕事人間のリンドベルド公爵。 かの公爵は結婚したくはないが、周囲からの結婚の打診がうるさく、そして令嬢に付きまとわれるのが面倒で、仕事に口をはさまず、お互いの私生活にも口を出さない、仮面夫婦になってくれるような令嬢を探していた。 そして、リンドベルド公爵に興味を示さないリーシャが選ばれた。 リーシャは結婚に際して一つの條件を提示する。 それは、三食晝寢付きなおかつ最低限の生活を提供してくれるのならば、結婚しますと。 実はリーシャは仕事を放棄して遊びまわる父親の仕事と義理の母親の仕事を兼任した結果、常に忙しく寢不足続きだったのだ。 この忙しさから解放される! なんて素晴らしい! 涙しながら結婚する。 ※設定はゆるめです。 ※7/9、11:ジャンル別異世界戀愛日間1位、日間総合1位、7/12:週間総合1位、7/26:月間総合1位。ブックマーク、評価ありがとうございます。 ※コミカライズ企畫進行中です。
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