《乙ゲームのヒロインで最強サバイバル 【書籍化&コミカライズ】》23 ホブゴブリン戦――前編

思ったより長くなったので前後編に分けます。

なので一日早く投稿です。

「誰か、ミーナを見ませんでしたか?」

も落ちた頃、城の隣にある屋敷の中で他のメイド達に指示を出していた小麥の侍は、一人のの姿が見えなくなっていることに気づいた。

湖畔の城はダンドールが有する迎賓館の一つで、療養する第一王のために王家で借りけたものだ。城といってもさほど大きなではなく、兵士や下働き、そして一般のメイドはその隣のこの屋敷に部屋を與えられる。

王宮からも侍は派遣されているが、數十名単位の侍を出すわけにはいかず、ダンドールやその縁者である貴族家から數十名のメイドが手伝いに送られていた。

そのミーナというは、そういった貴族家から送られてきたメイドの一人で、行儀見習いで働いている商家の娘だと裏は取れていた。

真面目で働き者だが、若干浮世離れしている面があり、自分の晝食を野良貓に與えていたりと、その侍はミーナを注視していた。

王宮の王家付き侍であるその侍が視線を巡らすと、屋形に待機していたメイドの一人が怯えたように手を上げる。

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「あ、あの……セラさん。ミーナはたぶん、新しく來た子供に食事を持っていったのだと思います」

「子供? 誰が連れてきた子ですか?」

「一昨日來た冒険者が連れてきたと……私は見てませんが」

「……ヴィーロですか」

この場所には、信用のある者たちに一ヶ月ほど前に依頼して、目端の利く子供を紹介するように“お願い”していた。

ある士爵が連れてきた9歳の子は親戚の子供だったようで、ある程度は利発だったが下働きのような仕事をしたことがなく、數日で限界になり辭めていった。

ある商家の者が連れてきた10歳の子は、利発でどんな仕事でも喜んで行っていたが、どうやら親に何かを吹き込まれていたらしく、あきらかに上位貴族家との接點を得ようと畫策しており、それに気づいた紹介者が頭を下げて連れ帰った。

セラが『子供』と指定したのは、子供視點の監視者がしかったのもあるが、將來的に使える人材を今のうちに確保しておく意味合いもある。

ただの監視者なら連れてきているセラの6歳になる息子で充分だった。將來的に我が子が頼れる同僚になれば良いと、王太子が王となった時代を見據えての計畫であったのだが、10歳以下で“使える”子供というのは思ったよりもいなかった。

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セラはメルローズ辺境伯直屬である【暗部】の騎士である。

暗部の騎士は総勢427名いるが、そのほとんどが國中に散っている。メルローズ配下の一族やその分家、その他にも軍部や信用のある伝手で知り合った斥候(スカウト)などを補充しているが、國中……それだけではなく他國の報まで纏めるとなると、とてもではないが人手が足りなかった。

まだ二十代の後半で婚姻して裏方に回っていたセラが、現場に復帰して指揮をとらなければならないほど、暗部の騎士が足りていないのだ。

そして二日ほど前、期限ギリギリになって冒険者であるヴィーロが一人の子供を連れてきた。

冒険者パーティー『虹の剣』はこの國でも有數の【ランク5】パーティーであり、數名メンバーは何度か替わったが、古株であるヴィーロとは十年ほど前のマンティコア討伐の時から顔見知りである。

現在、虹の剣は休止狀態だが、ヴィーロには個人的な依頼で周辺の警備を一部け持ってもらっていた。

その依頼時に、気まぐれで使える子供を紹介するように軽い気持ちで頼んでいたが、挨拶に來た彼も何も言ってこなかったので、セラも今の今まで忘れていた。

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紹介された子供は、元冒険者の斥候(スカウト)であるカストロが管理をしていた。

彼もヴィーロの紹介であり、融通の利かない格に難のある男であるが、生真面目で裏方仕事を任せられる人でもある。

そんなカストロが、その子供をどこに配置したのか? 二日もあれば使えないとしても何かしら報告があるはずだが、彼からは何もない。

そして懸念があるとするなら、數日ほど前に數キロ離れた領境でゴブリンの討伐が行われ、數のゴブリンを討ちらしたとの報があった。

この城の敷地でなら問題はないのだが……

「カストロを呼びなさい。今すぐに」

***

『グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?』

頭蓋骨に突き刺さるはずだったニードルダガーが弾かれ、顔面を抉るようにダガーを首元に突き立てられたホブゴブリンが苦痛のびを上げる。

……奇襲失敗。そう瞬時に判斷した私は暴れはじめたホブゴブリンから即座に蹴るように飛び離れ、いまだに狀況を把握できず唖然としているゴブリンの一に、橫回転するように腰帯から引き抜いた紐分銅を振り下ろした。

練習の甲斐もあり、私の髪を編んだ紐に魔力を流せば、止まっている目標にならほぼ確実に當てられる。

ガゴンッ!

『……グカァ…』

貨を増やして二十枚にした銅貨の塊は、脳天に命中したゴブリンの意識をあっさりと刈り取った。私は倒れる途中のゴブリンの咽にニードルダガーを突き刺すようにして致命傷を作り、ゴブリンたちから転がるように距離を取る。

『グガガガガッ』

痛みに耐えるようにして顔面を押さえていたホブゴブリンが、指の間から怒りと憎しみの瞳を私に向け、ようやく敵がいることに気づいた殘り三のゴブリンも、慌てて錆びた短剣を構えた。

「…………」

それにしても頭蓋骨が厚すぎでしょ……私が非力なせいもあるけど、全重をかけた真上からの奇襲で殺せないとは計算外だ。

その衝撃で私の手にもわずかな痺れが殘っていた。行に支障が出るほどじゃないけどしだけ気に障る。これが人間相手だったら首の傷だけでも致命傷なのだけど、さすがに魔は生命力が高い。

【ホブゴブリン】

【魔力値:65/68】【力値:214/340】

【総合戦闘力:96(強化中:111)】5down

でも力はかなり減っている。戦闘力も何故か減っていると思ったら、顔面を抉ったときに左目も潰していたようだ。

よく見るとニードルダガーの切っ先が欠けていた。鋼かと思ったら鋳鉄製か……。どうしよう? 今の私にゴブリンたちを相手にしながらホブゴブリンを殺す手段が見あたらない。

『グォオオオオオオオオオッ!!!』

片手で顔面を押さえたままホブゴブリンが私を指さすと、配下のゴブリンたちが慌てるように襲いかかってきた。

『グギャ』『ギャギャ』『ギャガッ!』

ホブゴブリンのそんな行に、私の中にわずかにだが勝機が見える。

一斉に襲いかかってこられたら力が盡きるまで逃げ回るしか手段がなかった。でもホブゴブリンが自分でかなかったのはきっと訳がある。

頭に“知識”から選び出した幾つかの可能が浮かび、その中で一番あり得そうな理由を直で選び、さらに距離を取ると、ホブゴブリンは怒りのびを上げてゴブリンだけが私を追ってきた。

……正解かな?

私の手が痺れ、ダガーの切っ先が折れるほどの衝撃をけて、脳が無事であるはずがない。きっとホブゴブリンは脳しんとうを起こしているような狀態にある。その証拠に私を追いたくて踏み出した足が微かに震えていた。

でもホブゴブリンだけに注意を向けていられない。私を追ってくる最下級と呼ばれるゴブリンでも、私と同程度の戦闘力を持っているのだから。

ゴブリンとは一度戦ったことがある。街道で襲ってきた三のゴブリンは、“修行”のためにヴィーロが一ずつ寄越して、私に単獨で殺すように言われた。

數は一緒だけど今回は三同時に相手をする必要がある。

ゴブリンの戦闘力は町の大人とほぼ同じだけど、ヴィーロが言っていたように戦闘力はあくまで目安でしかない。

魔力が高ければ戦闘力は高くなるが、それはあくまで戦技の回數が増えたり戦闘持続力が高くなるためで、魔法職でなければ攻撃力が高くなるわけではない。

そしてゴブリンの場合は、愚かだが狡猾で殘忍であり、躊躇なく弱い部分から襲ってくるが、それが付けいる隙にもなる。

『グギャ?』

逃げながらわずかに短くなったダガーを投げ渡すように放ると、先頭のゴブリンが大げさに避けた。時間にして約1秒。その視線が間違いなくダガーに吸い寄せられているのを見て、がら空きになった咽に投げナイフを投擲した。

『ギャッ』

刺さったのは咽ではなく肩だったが、そもそもそれで倒せるとは考えず、その瞬間に踏み込んだ私は紐分銅を振り下ろした。

ガコンッ!と鈍い音を立てて分銅がゴブリンの右側頭部に直撃する。しズレた。ゴブリンの意識は途切れてないと確認して次に行に移る。

トドメを刺す前に次のゴブリンが迫ってくる。そこで私がダガーを拾うべきか躊躇うような仕草を見せると、そのゴブリンはニヤリとして錆びた短剣を捨て、見た目は立派なそのダガーを拾って襲いかかってきた。

ザクッ!!

『……ぐっぎゃ』

普通の短剣と同じように振ったダガーが私の肩を打ち、私の繰り出した黒いナイフがゴブリンの首を切り裂き、そこから飛沫を噴き上げた。

ゴブリンは夜目が利くと言われているが【暗視】スキルがあるわけじゃない。野生と同程度にを捉えることができるだけで、ダガーの側面に刃が無いことにすら気づいていなかった。

実験終了。個によって暗視スキルを得ているゴブリンもいるかと思ったが、そんな様子もなさそうだ。

予定通り數が減ったのでそれまで見せていた気配を消して木の影に紛れ込むと、突然私を見失って戸う三目のゴブリンの背に忍び寄り、骨を避けるようにして斜め後ろから心臓にナイフを突き立てた。

『……グ、グギャ…』

そこでようやくダメージから回復した一目のゴブリンが、死んだ仲間を目にして、私を捜すように辺りに視線を巡らせた。

まだ隠で隠れた私を見つけていない。でも私は油斷して不用意に近づいたりせず、投げナイフを數本取りだして、真剣に狙いを定める。

実戦に勝る修行はない。命の危険がある戦闘ならその効果は高いはず。

『ギャアッ!?』

投げたナイフがまたゴブリンの肩に刺さる。一撃で戦闘力を奪うにはどこを狙う? 一撃で殺すにはどこを刺す?

次のナイフは腕に刺さり、ゴブリンが持っていた錆びたナイフが暗闇に転げ落ちた。そしてついに逃げ出したゴブリンの背にナイフを投擲すると、思ったよりも綺麗に飛んでゴブリンの延髄に突き刺さる。

もしかして……“覚えた”かな?

気にはなるけどのんびり検証している時間はない。投げたナイフを急いで回収していると、ついにけるようになったホブゴブリンが追いついてきた。

……もうが止まっているのか。これだから生命力の高い魔は厄介だ。

『グゴォオオオオオオオオオオオオオッ!!!』

配下を殺されたからか、傷をつけた私を見つけたからか、ホブゴブリンが怒りに満ちた雄びを上げ、それを私は冷めた目で見つめる。

何を怒っているの? お前は敵でしょ? 敵と敵が殺しあって何の問題がある?

そんな私の心の聲が聞こえたように、ホブゴブリンは再び怒りのびを上げた。

次回、ホブゴブリン戦――後編。

たぶん明後日の木曜日更新予定です。

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