《乙ゲームのヒロインで最強サバイバル 【書籍化&コミカライズ】》26 メイドの仕事とクルス人の年
「……護衛メイド?」
聞いたことのない言葉に私が思わず呟くと、その言葉を発したセラがゆっくりと頷いた。メイドって……やっぱりだとバレていたか。そのことにヴィーロも反応を示さなかったので、彼も気づいていたのだろう。
「説明の前に……あなたのお名前は? それと現在お幾つになりました?」
「アリア……七歳」
「なにぃいっ!?」
歳を言うと、別では反応がなかったヴィーロが今度は聲をあげた。
「アリア、お前、まだ七つだったのか?」
何故か驚いているヴィーロに、セラがチラリと冷たい視線を向ける。
「何を驚いているのです。七つなら、私がメイド見習いをはじめた頃と一緒ですし、普通なら親の手伝いをはじめてもよい頃ではありませんか? ヴィーロ……あなた、自分で連れてきたのに、年齢を知らないとはどういうことですか」
「いやいや、さすがにまだ七つなら、ゴブリンを単獨で殺させたり、山賊退治に連れ出したりしねぇよ。……やけに膽力があるから、てっきり小柄な十歳児くらいかと思ってたんだが……」
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なるほど……。どうりであまり児扱いされないと思った。
「スラムの孤児なら栄養不足でそういうこともあるでしょうが、この子の魔力値を見れば、長が早まっていると理解できるでしょうに」
「確かにそうなんだが……」
「それは確定?」
大人二人の會話に割り込むように聲をかけると、セラが私に視線を戻す。
「お話の途中でしたね。それは、仕事をけるかどうかの話なら、斷るのでしたら無理強いはしません。半端な人間はいりませんから」
し煽るような言葉で冷たく言い放ったセラは、薄く笑うようにして「ただ…」と言葉を続ける。
「ホブゴブリンにギリギリ勝てるような強さで、あなたは満足なのですか?」
「…………」
私がヴィーロのいに乗って、貴族と関わる危険を知った上でここの仕事をけようと思ったのは、その危険さえ乗り越えられる“強さ”を得るためだ。
護衛メイドと言うからには貴族や要人との関わりがさらに強くなるだろう。けれど、目の前にいるセラの強さや、その鍛錬によって得られる強さは、私が求めているものに近い気がした。
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「……ける」
「よろしい。では自己紹介を致しましょう。私はセラ・レイトーン。この屋敷と隣の城にいるメイド達の取り纏めと、“裏側”からの警備をけ持っております。それでは自己紹介を」
「アリア……寄りのないただの冒険者…」
***
その日から私は『メイド見習い』として、この屋敷で働くことになった。
ヴィーロとはまた離れることになるけど、どっちみちあの男は放任過ぎて保護者として意味がない。
本來メイドたちの仕事場は隣の城なのだけど、仕事の仕方さえ知らない浮浪児を教育もなしに、貴族の目にれる場所には出せないらしい。
普通のメイド見習いなら他のメイドについて、裏方の手伝いからさせるそうだが、私は『護衛メイド見習い』なので、直屬の上司であるセラの命でくことになる。
セラ・レイトーン……その立ち振る舞いや立場から、彼も貴族ではないかと思っていると、私の顔に出ていたのかあっさり心を読まれた。
「私は領地さえなく、地方の町を統治しているしがない準男爵の妻ですよ」
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「…………」
ただのしがない準男爵の妻が、一千以上の戦闘力を持っているはずないでしょ……。
「一般のメイドの場合、貴族出者に『さま』をつけてしまう場合がありますが、擔當の職場長の場合は『さん』をつけて、一般同僚の場合は出自に関係なく呼び捨てになります。ですが、私のことでもお客様の前で呼ぶときは呼び捨てで結構です」
「了解」
「そこは、『はい』もしくは『かしこまりました』と言うように」
「……はい」
「それと……ミーナっ。ミーナはいますかっ」
「はーい」
屋敷の廊下を歩く途中でセラが誰かを呼ぶと、どこかの部屋から間延びした聲が聞こえて、シーツらしき布を抱えた十代後半のが現れる。彼はセラと一緒にいる私を見てしだけ目を見開いた。
「もしかして……“あの子”ですか?」
「そうです。ミーナ、あなたは今日の仕事はいいので、この子を洗って、サイズに合う仕事著を選び、著方やこの屋敷のことを教えてあげなさい。この子の部屋はあなたの部屋の近くの空き部屋にしますので案をしてください」
「はいっ! わっかりましたーっ」
「アリア。あなたの仕事は明日の朝からになります。それまでに最低限の常識を覚えてください。明日はが昇ると同時に仕事著で裏庭まで來るように」
「……はい」
*
ミーナというはあの森で私が見かけたメイドらしく、自分が助かったのは私のおかげだと教えられたようで、喜んで々と教えてくれた。
「セラさんのような侍さんたちは暖かなお風呂が使えるけど、私たちのような一般のメイドは、その殘り湯をもらってを清めるの。疲れてても、ちゃんと毎日清めないとセラさんに怒られるから気をつけてね」
「わかった」
私は侍とメイドの區別があまりついてなかったけど、メイドはいわゆる家政婦のような役割で、貴人に仕える侍とは役割が基本的に違うそうだ。
頭から人程度の殘り湯をかけられ、ミーナ個人所有の石鹸のようなで丸ごと洗われた。頭には凝固した灰が殘っていたようで、洗われたことで、しびたピンクブロンドの髪が本來の輝きを取り戻して頬にかかる。
「はい、綺麗になった。次はメイド服を選びましょう」
セラの著ていた侍の服は、首元や手首まで覆う極度に出のない、黒一のロングワンピースだったけど、ミーナや私が著るメイド服は白いブラウスの上に元の開いたロングワンピースを著て、さらにエプロンドレスを著けるらしい。
私みたいな子供用のメイド服なんてあるのか、と思ったら、お手伝いのメイドが補充されるらしく、その人たちのために十歳児用のメイド服から大きなサイズまで大抵のは用意してあるらしい。
「アリアちゃん、靴を直に履いたらダメ。こっちの靴下を履いて」
「……うん」
今まではずっと足か革のサンダルで、人生初めての靴を履くことになったけど、々と面倒なことが多い。
十歳児用のメイド服は、今の私にはし大きかった。ミーナは可いと言ってくれたけど、それってペットに服を著せたような可さなのだと察した。
それから屋敷を見て回り、どこにどんなが置いてあるのか、メイドたちがどんな仕事をしているのか、大雑把にだけど教えてくれた。
食事は早朝から夜遅くまで食堂で料理が作られており、そこにあるシチュー類とパンを空いた時間に自分で取って食べるみたい。
「私は平民の商家出だけど、メイドの中には貴族の縁者の人とかいるから気をつけてね。平民が先にお風呂を使ったり、ご飯を食べていると不機嫌になる人もいるから」
「へぇ……」
武は持っていたほうがよさそうだ。
それからミーナは言葉遣いや立ち振る舞いを軽く教えてくれる。
基本は走らない騒がない。歩くときも背筋をばして、真っ直ぐ前を見て頭を不用意に揺らさない。メイドが直接貴族に話しかけることはない。用はあるときはすべて侍を通すが、貴族や客から言われたときはそれが優先される。
実としては、初めてのことばかりだが、“知識”にその手の報もあったのでそれなりに何とかなりそうだとじた。
例えて言えば、今まで食事は、手づかみかスプーン程度しか使ったことはなかったけど、“知識”があるから、ナイフとフォークの使い方で戸うことはない。
夜になってが完全に沈むとメイドの仕事は終わりになる。時間帯をずらしてもっと遅くまで働くメイドもいるけど、ランプの燈りでは仕事が捗らないので必然的にそうなるようだ。
「それじゃ、おやすみなさい、アリア。明日から頑張ってね」
「うん。ありがと、ミーナ」
私の部屋はミーナの隣だった。4×3メートルの部屋にベッドとクローゼットと、小さなテーブルと椅子がある。
頼めばロウソクを支給されるみたいだけど、私には必要ない。
私はメイド服をいで簡素な寢間著に著替えると、ベッドに置かれていた布を丸めて人の形に整え、黒いナイフを持ったまま部屋の隅で膝を抱えて、気配を殺しながら靜かに眠りに就いてその日を終えた。
*
その翌日、朝になる前の空気で目が覚める。
「……【燈火(ライト)】」
まだ慣れていないメイド服を著るために生活魔法で燈りを付けた。
寢間著をいで白いブラウスをにつける。ボタンを嵌めるのも初めての経験だったけど、慣れれば帯で縛るより早いのかも?
ブラウスは白だけど、襟と袖口だけは、汚れやすいからか取り外せるようになっていた。の部分がぶかぶかでかなり余裕がある。ミーナが言うには“れないため”らしいけど、ミーナほど大きいとまた別に専用の當てが必要になるそうだ。
あとは靴下と靴を履き、足首近くまである黒いワンピースを著て、エプロンドレスを著ければ見た目はメイドになる。
……でも武はどこに隠そう?
投げナイフは小さいけど、私のもまだ小さいので袖に隠すには大きすぎる。
元に隠そうにも引っかかりがないし、エプロンに隠すのは目立ちすぎる。
「……ここしかないか」
私は以前使っていたサンダルから、ナイフで革紐を回収すると、黒いナイフと投げナイフをそこに括り付け、必然的に著られなくなった、昨日支給されたばかりのぶかぶかの“ドロワーズ”をベッドに放り投げた。
メイド服に著替えた私は、二階の窓から忍び出て隠を使いながら、森に隠していた仮拠點に向かった。
荷はないけど金銭類や野草の本は重要だ。他のはまだそこに隠して置いてもいいけど、野草の本とポーション類だけは回収し、念の為に除蟲草でいぶしてからセラに指定されていた裏庭まで向かった。
辿り著いた屋敷の裏庭は、屋敷からは見えない位置にあり、人が來たら分かりやすいので隠れて鍛錬するには良い場所に思えた。
「…………」
指定された『が昇ると同時』に裏庭に辿り著いたのに、セラはまだ來ていない。し早かったかと思ったが、セラに隠を使われたら私では気付けない。
もしかしてこれも鍛錬の一部かと【探知】で注意深く辺りを探ってみると、林の中に小さな気配を見つけた。
「……へぇ。わかるんだ」
私がそこに視線を向けると、そんな聲が聞こえて、私よりもしだけ小さな人影が林の中から姿を見せる。
「そこそこ出來るみたいだね。君が噂の“新人”さん?」
「……だれ?」
淡い小麥のに黒い髪。……この子もクルス人か。やけに顔立ちが整ったその年は、碧灰の瞳を好奇心に輝かせながら私の全をジロジロと見つめ、私の問いに答えず悪戯ッコのような笑みを浮かべて近づいてきた。
「だけど、認められたからといっていい気にならないでね? 僕だってゴブリンくらいならきっと倒せるし、世の中、君の知らない攻撃もあるんだから」
「……たとえば?」
「そうだねぇ……」
ここの関係者だろうか? 攻撃と言いつつ年からは殺気はじない。ニヤニヤとしながら散歩でもするように近づいてきたその年が、不意に私の視界から消えた。
「こんなのとかーっ」
バサァッ!
予想外のきに予想外の攻撃。
命を狙われたのなら対処はできたと思うが、一瞬でを伏せたその攻撃とは思えない攻撃に、私のスカートがほぼ全開まで捲り上げられた。
「っ!?」
年の目が驚愕に見開かれる。
私がスカートの中に隠した、太ももと脹ら脛に巻き付けた投げナイフと黒いナイフを見たのだろう。
年のきが狼狽するように止まると、その瞬間強化を全開にした私は、一瞬の踏み込みで年の顎を蹴り上げ、仰向けに倒れる年にのし掛かるようにして、脹ら脛から抜いた黒いナイフを咽に突きつけた。
「……ゴメンナサイ、ユルシテクダサイ。ソンナツモリハ、ナカッタンデス。セキニントルカラ、ホントウニ……」
「…………」
敵じゃないのなら殺すつもりまではないけど……
私が睨むようにジッと見つめると、何故かカタコトになった年は、何故か小麥の顔を耳まで真っ赤に染めて、私から目を逸らすように顔を手で押さえた。
年にとって人生が変わる衝撃的な出來事でした(笑)
今までの生活環境の違いか、アリアは意味がわかっていません。
次回、戦闘メイドの修行。近づいてくる悪役令嬢との邂逅。
次は水曜日更新予定です。
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