「アリアッ！！」

彼にばされていた店員の手を遮るようにナイフを投げると、その手を貫くことはできなかったが、二人が同時に振り返って金髪の――王エレーナが私の名を呼んだ。

「へぇ……ここまで追いつくには後十數分はかかると思ってたんだけど、もしかして、君はあのをくぐって追ってきたのかな？」

「…………」

それには答えず私が黒いナイフを構えると、店員は怒るどころか手を叩いて笑いながら喜んだ。

「メイドちゃんいいねっ！　こんな仕事で二人も普通じゃなくて可いの子に會えると思わなかったわっ！　これだから貴族相手の仕事は面白いっ」

そんな奇妙なを見ながら必要な報を収集する。

年の頃は二十代半ば。暗めの赤に茶の瞳。顔立ちは整っているような気もするけど、全的に印象が薄く目を離すと顔を忘れそうになる。

長はそれほど高くもなく付きも予想通り細だった。おそらくは演技を止めたからだろうか、けば服裝店の制服の上からでも、しなやかな筋が付いているのが分かった。

その特徴から考えるとやはり斥候系だろう。今回の拐も、あの店でずっと罠を張っていたのか、それとも印象の薄い人間を各地に配置することで、なり替わりを容易にしたのか？

は単獨犯だが、それらを考慮すると組織だった背後関係をじた。だとするならここでを逃がすわけにはいかない。下手に街の外に出られたら、私では足取りを追えなくなる。

それにしても……このは何をしたいのか？　拐犯ならそれらしく抵抗か逃げると思っていたから、予想と違う反応に思わず眉を顰めると、馬車にいるエレーナが疑問の答えをくれた。

「そのは盜賊ギルドの盜賊(シーフ)ですわっ、毒に注意してっ！」

エレーナがその正をバラすと、その盜賊は苦笑するようにエレーナを見て、芝居がかった仕草で肩を竦めた。

【盜賊】【種族：人族♀】

【魔力値：175/180】【力値：145/155】

【総合戦闘力：388（強化中：440）】

「…………」

盜賊か……暗殺者よりマシだけど、それでもカストロ並みの戦闘力を持っている。

でも確かに戦闘力は高いけど、魔力値からするとそれほど高い値ではない。確かヴィーロに聞いた話では、盜賊は隠系の技や技能系は高いが、戦闘に特化した者はかなりないらしい。

この盜賊もそうだとして、この強化の上がり幅なら……近接戦闘は２レベル相當だろうとじた。

２レベルの短剣ならやり方次第で私でも戦えないわけじゃない。けれど、２レベルの近接でこの戦闘力なら、たぶん……を掘った土魔法は、レベル３まではあると考えたほうがよさそうだ。

ランク３の盜賊(シーフ)か……普通なら戦える相手じゃないけど、私もこのまま引き下がるわけにはいかない。

エレーナは無事なようだがけない。言葉もわずかにおかしかったので、魔で自力出は期待できないから、私が単獨で何とかするしかない。

「エレーナ様を解放すれば追わない」

「それで取引のつもり？　やはり子供ね…と言いたいところだけど、時間稼ぎに付きあう気はないわ。仕事で殺しはしない主義なんだけど……我慢できなくなったらごめんね」

「っ！」

一瞬殺気のようなものをじて仰け反るように橫に避けると、細いナイフがその脇を飛んでいった。

カストロと同じで予備作が見えなかった。私も練習しているけど上手く使えたのはホブゴブリンに使ったアレを含めて數えるほどしかない。

だけど、そんな考察をする間もなく盜賊から土の魔素が膨れあがるのをじて、私がとっさに飛び退けると同時に盜賊が魔を解き放つ。

「――【飛礫(ストンブリツト)】――」

その発ワードが聞こえた瞬間、辺りに土の魔素が広がり、地面から幾つかの小石が私に向かって飛んできた。

「くっ！」

強化とを使い、を捻るようにして石礫を躱した私は、さらに下がって伏せるように片手を地につける。

「すごーいっ、躱されるとは思わなかったわっ」

「………」

私の額からが一筋零れて頬に流れる。……すべて躱しきれてない。なくても額に掠って肩にも一つけている。力もし減っているけど、まだ【回復(ヒール)】を使うほどじゃない。

これが攻撃魔か……実際に見るのは初めてだけど、おそらく私が食らえば一撃で戦闘不能になりかねない。

投擲を牽制に使って魔を唱える時間を作っているのか……戦闘における魔の使い方を學ぶと同時に、敵の魔使用パターンを覚えておく。

礫をけた肩もく……額のも目に流れてこないなら放置して構えていると、追撃をかけてくると思った盜賊は、何かを耐えるようにを震わせながら自分の腕を抱きしめていた。

「いいわ、いいわっ、メイドちゃん。キレイない顔に流れる真っ赤な……これだから私は殺しに向かないのよ。殺すよりも苦しんでいる顔に興して、つい、いたぶっちゃうの……あなたたちのように可い子は特にね」

……なるほど、変態か。盜賊は一般人の殺しをしないと聞いたけど、単に殺しが向かないだけの奴もいるんだな。でもそれを知って安心できる要素なんて一つもない。実際にエレーナは聲も出ないほど顔を青くしていた。

「さあ、始めましょうか」

が短剣を抜いてるように右手に移する。ナイフを構えた私もそれに合わせて音もなく同じ方向に歩き出す。

変態趣味を兼ねているのか、盜賊は魔を使わず接近戦をご所らしい。レベル３の魔を使われるより遙かにマシだけど、さっきのように他の攻撃を牽制にして魔を使う場合があるので、油斷はできるはずもなかった。

単純な近接戦ではランク２程度の戦闘力しかなくても、その戦闘力は伊達ではなく、切り札として使われれば一撃で私を殺すことができるのだから。

「「っ！」」

ガキンっ！

ゆっくりと近づいていった私たちが同時に飛び出し、同時に繰り出した短剣と黒いナイフが火花を散らす。

でもスキルレベルと格の差で私が弾かれるように數歩下がると、その隙を逃さず盜賊が短剣で斬り込んできた。それに合わせて私も左手の投げナイフを放つが、盜賊はそれも読んでいたのか短剣の軌道を変えてナイフを弾く。

「――【土煙(ダスト)】――」

きながら呪文を詠唱していたのだろう。盜賊が魔を使い、その瞬間、私に向けて土埃が吹きつける。

マズい。で魔素を視る私の場合、視界を塞がれると探知能力が激減する。

慌てて距離を取るが範囲が広い。レベル２の魔だろうか、攻撃をけることも仕方なしと割り切り顔を隠すように目を瞑ると、次の瞬間、腹部に衝撃をじて數メートルも吹き飛ばされた。

「アリアっ！」

エレーナの悲鳴が聞こえる。けれど腹部を蹴られた私はすぐにはけない。

「……げほっ」

地面を転がりながら痛みで思わず咽せると、音もなく近づいていた足音がわずかに大きくなった。

「いいわいいわぁ！　今度はちゃんと切り刻んであげるからっ！」

その聲が、盜賊の位置と距離を私に教えてくれた。

ヒュンッ！！

「なっ！？」

盜賊の驚くような聲。私も盜賊と同じように戦闘中に唱えていた【回復(ヒール)】を止めると、手の中にある糸に魔力を通して引き寄せながら、今度は目を見開いて“糸”の先の“刃”を盜賊に投げつけた。

「なによ、これっ！？」

私の“攻撃”を理解できなかった盜賊が慌てて私から距離を取る。

けれど半端な間合いでは私の攻撃を躱せない。再び“糸”を引き寄せつつ、大きく弧を描くように刃を投げ放つと、盜賊はさらに距離を取り、意識をそちらに取られた盜賊の腕に私の投げたナイフが突き刺さった。

「つっ！」

素早く“糸”を引き寄せ、“刃”を袖に隠した私と、盜賊が最初のように距離を置いて警戒するように対峙する。

けれど、盜賊に最初のような、馬鹿にしたような笑みは浮かんでいなかった。

「……今のはなに？　あなたの魔？」

「さぁ？」

今使った武は、紐分銅の代わりに作った新しい武だ。

使っているのは生りの木綿糸。それには私のを染みこませて魔力を通すことで、髪と同様にある程度私の意志でかせるようになっていた。

先端の刃は紐分銅で使わなくなった銅貨だ。今回は重りとして使うのではなく、平らな石で叩いて削り、刃になるまで気よく研いだものだった。

私の寢不足の半分はこれのせいだけど、そのおかげで、遠心力で高速橫移する貨を見切るのは難しく、トドメを刺すには軽すぎるけど、無視できるほどダメージは軽くない、牽制にちょうどいい武になった。

「……やってくれたわね」

最初の一撃か、盜賊の頬が淺く切れていた。その流れると共に人相が変わり、盜賊が赤髪のカツラをぎ捨てると、短く切り揃えたくすんだ銀髪がきらめいた。

魔かスキルの変裝か……やはり盜賊の技で店員に化けていたようだ。

顔立ちはほとんど変わっていないのに、化粧と仕草を変えるだけであそこまで別人に化けられるとは、盜賊系のスキルも侮れない。

ようやく相手が本気になった。普通なら油斷させたほうがいいのだが、私には計算できない相手と戦うよりやりやすい。

セオとの模擬戦の時もそうだったけど、奇抜な手を使う相手とは相が悪い。だから本気にさせてでもミリ単位まで計算して勝利の道筋を立てる。

そんな思いでナイフを握り直すと、盜賊はわずかに目を細めた。

「ただの子供ではないと思っていたけど……あんた、何者？」

「…………」

報をらす意味はない。けれど、盜賊の意識を私に向けるため、あえて軽口に乗ってやる。

「私は……ただの孤児で、ただの冒険者…」

私をジッと見つめるエレーナにしだけ目を向け、黒いナイフを靜かに構える。

「私はその子を護り、敵を殺す、ただの……『戦闘メイド』だ」

相変わらず戦闘が地味。

次はいよいよ本気になった盜賊との死闘。

次回は土曜更新予定です。