《乙ゲームのヒロインで最強サバイバル 【書籍化&コミカライズ】》37 潛捜査

ダンドール領から出発して、約三週間をかけて私はクレイデール王國のほぼ最北部に位置するセイレス男爵領に辿り著いた。

旅自は多絡まれた程度で、特に気にするような出來事はなかった。

ただ、であり子供と言うことで、薄汚れていた浮浪児の頃に比べると、悪い人にも良い人にも絡まれやすくなったとじる。

私では他人の善悪を正確に判斷できない。たとえ最初は普通に見えても、あの年たちのようにいきなり襲ってくる場合があるからだ。

だから旅の後半からは途中の町で買った男服に著替えて、街道をあまり通らず、その脇にある森の獣道を進むようにして旅を続けた。

季節はそろそろ夏になる。冬になっても雪の降らないクレイデール王國では、夏はそれなりの暑さになるが、それでも北にあり、街を南北に分けるようにして流れる河のせいか、吹く風はしだけ涼しくじた。

「……大きな街」

領地自は私が住んでいたホーラス男爵領よりも小さいけど、ここからでも北に見える山から流れてくる河の恩恵を求めて、大部分の町や村は水辺沿いにある。

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そのせいか、その地域一帯が大きな街のような括りになり、その中心であるセイレス男爵が住む街は、ホーラス男爵領よりも発展しているように見えた。

河はそれなりに大きく、資の運搬にも使っているのか大きな船も見える。けれどもこうした水辺の街にはありがちな、漁船や小舟がどこにも見あたらない。

思ったよりも河の流れが速く、そのせいかと店で保存食を買いつつ店主に聞いてみると、水量が多いのは季節柄雨が多かったせいで、漁船がないのは、魔生息域から流れてくる河には偶に魔が出るからだと言っていた。

水の魔は滅多に出ない。それでも水辺で魚を獲る漁師に年に數人は被害が出ているので、河で泳いだりする人はいないそうだ。

今の私は男裝をして街を歩いている。途中の街で買った濃い茶に染めた上著とズボンで、旅用になると上下で小銀貨六枚もした。10歳までの男兼用である貫頭ならもっと安いけど、どうやら私のは思ったよりも長しているらしく、あまり実はないが手足を曬すと男に見えなくなるみたい。

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徐々に顔になっているせいもあるのだろう。仕方なくヴィーロに買ってもらったショールを口元に巻いているが、夏場には々怪しい格好になってしまった。……今度もっと薄いを探すか。

髪はセオとの約束通り切っていないけど、糸の余りで縛っておいた。

ペンデュラムに使っている糸だけど、本當にただの木綿糸で強度がないから、これもそのうちどうにかしたい。

そんな面倒な男裝をしてまでどうして街を歩いているのかというと、仕事を始める前に街の様子を知っておきたかったのと、必要な報を得たかったからだ。

半年ほど前から街に現れるようになった“怪人”の話はほとんどの人が知っていた。

でもその容はまちまちで、男の場合もあるしの場合もある。老人だったり子供だったり、本當に一貫がない。

ただ、今狙われているお嬢様の話では、現れるのは太った男らしい。

……本當に謎だ。

それと街の外の狀況を知っておきたかった。

この辺りになると街の周囲にも魔が出る。それにこれだけ街が広ければ街の外も広大になり、周囲に盜賊団が隠れている可能もあった。

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この街の外にある森の外れに、あのの魔の師匠が住んでいる。

ここからは距離があるのでまだ向かいはしないけど、森の何処かの安全な場所に、その師匠に返す薬草本のような、無くしたらまずいを隠しておこうかと考えた。

あまり詳しくは調査できなかったが、街からそう遠くない川沿いの森が良さそうに思えた。

人があまり近づかない川沿いを通れば、門を通って銀貨1枚を支払う必要もない。

水の魔と遭遇する危険もあるけど、年に數回程度なら確率は低いし、今の私なら隠で逃げ切れると考えている。

「……ここでいいかな」

日當たりのよさそうな場所にあった森の大木を仮拠點とする。

別に住むために日當たりを考えたのではなく、そんな場所だと魔があまり近寄らないからだ。

4センチほどの真っ直ぐな若木を何本か切り倒し、木の上の太い枝に渡してツタで縛る。屋や壁は作らない。木の枝と木の葉が壁であり天井になるので、さほど必要じない。

念の為に除蟲草を焚いて、野生のが嫌う毒草のを木に塗っておけば、ネズミに薬草を囓られる心配もなくなる。……たぶん。

日が暮れる前に周囲を探索して、薬草類を捜しておく。

今の【回復(ヒール)】と【治癒(キユア)】を覚えた私なら薬草類はそれほど必要ではない。

でも、錬金スキルがなくても、毒草の中には末にするだけである程度の効果が見込めるものがあるので、幾つか採取して木の枝に吊しておいた。

日も暮れて、濡らした布でを拭いてから木に登る。

枝に渡した木の棒の上に橫たわり、黒ベリーと黒パンだけで食事を済まして、木の葉の隙間から見える星空を見上げた。

私はまだ“強さ”が足りない。

確かにランク2である山賊長やホブゴブリンを倒し、格上であるランク3の盜賊さえも倒すことができた。

でも、どの戦いでもギリギリの勝利であり、まだ私が求める強さには至っていない。

主戦力となる【短剣】。

格闘と回避に使う【】。

遠隔攻撃を行う【投擲】。

ペンデュラムをる【糸】。

を回復する【】。

る【闇魔法】。

強化や戦技で使う【無屬魔法】。

それらすべてを統べる【魔力制

闇に紛れて行するための【隠】【暗視】【探知】。

毒を使う私には必須である【毒耐】。

私が戦いに使うと想定した基本となるスキルは會得した。

私はで、まだ子供だからどうしても近接戦闘では男に劣ってしまうが、それでも勝てないわけじゃない。

同じスキルを持っていても、使い方と練度でかなりの違いが出る。今はこのスキルを鍛え上げ、私自を一本の“刃”として研ぎ澄まそう。

翌朝、が昇る前に目を覚ます。

周囲に他の気配がないことを確認して木から下りた私は、生活魔法の【流水(ウォータ)】を使って丹念に髪を洗い、布でを拭いてから“裝備”を調える。

薄い靴下に編み上げのショートブーツを履き、脹ら脛には黒いナイフと細いナイフ、太ももには八本の投げナイフを革紐で括り付ける。

の上に白いブラウスを著てから、ロングスカートの黒いワンピースを纏い、袖口に1本ずつ投げナイフとペンデュラムを忍ばせた。

セラに何度も仕込まれたように、髪を整え服を直してから最低限の荷を持って街のほうへ向かう。

街に侵すると、外行きの姿となり頭を揺らさず真っ直ぐに歩く私に、幾つかの視線が向けられた。

さすがにそれなりの格好でないと貴族家の門を叩けないので著替えたけど、この格好はやはり目立つらしい。

それでも何とかセイレス男爵の屋敷に到著して、門番らしき男にダンドール家からの紹介狀を見せると、男は軽く目を剝いて慌てて玄関へと走り出し、3分程度で初老の執事を連れて戻ってきた。

「紹介狀はけ取りました。ダンドール家からのご紹介ですので問題はありません。さあこちらへどうぞ」

「失禮します」

屋敷の中にると數人の使用人から微妙な視線を向けられる。

その視線の意味も分からず奧へ通されると、まずは家人に紹介されるようで、男爵の執務室らしき部屋に案された。

執事が扉をノックして部屋にると、気の強くなさそうな中年男が落ち著かない様子で出迎えてくれた。

「……ダンドール家から君を雇うようにと書いてあった。娘の世話人の一人にするようにと……。君はもしかしてその……」

私の立場は、からダンドール家に仕えていた、ただの若いメイドということになっている。

私はまだ子供なのだから、奇妙な組織から問題を解決するために送られてきたと言っても、普通は不審しか抱かないだろう。

だから一般のメイドとして潛し、影から問題を解決する手筈だったのだが、男爵はダンドール家に助けを求めて送られてきた私の正を、薄々じ取っているみたいだった。……いや、そうなるように男爵に流す報を調整しているのか。

最初からそのための人員だと言われれば、子供の私に不審を抱くが、自分で辿り著いた結論なら疑わない。

ならば私もそれらしく振る舞うべきだろう。

「男爵様、詮索はご無用に願います」

「そ、そうだね、もちろん分かっているともっ。さあ、娘のマリアを紹介しよう」

私の答えに満足したのか、男爵がソワソワした態度で執事に男爵令嬢を呼びに行かせた。……私が出向かなくていいのかな?

やってきたマリアお嬢様は12歳だったが、魔力があまりないのか、外見的には実年齢とさほど変わらず、々平民の13歳程度だろうか。

穏やかそうで可らしい人だったけど、やはり怪人問題に悩まされているせいか、私を見る目にもしだけ怯えがあった。

とりあえず私の仕事は、お嬢様の世話をする初老の手伝いになった。このハウスメイドのは先ほどの執事と夫婦らしく、一家で仕えていると言っていた。

屋敷を案されて使用人に一通り挨拶をして、ようやく彼らの様子がおかしい理由を理解した。

屋敷の使用人は、あの夫婦とメイドが三人。庭師や門番を兼ねた力仕事をけ持つ男が二人いて、調理人も二人いたが、本當にそれだけしかいなかった。

私は、療養に來るだけで100人近い使用人や護衛がいた“王様”しか知らなかったが、地方の男爵くらいの貴族家だとこれが普通らしい。

ダンドール辺境伯のお嬢様もエレーナと似たようなものだろう。子供とは言え、そんな上級貴族家から『紹介』された私に、田舎者らしい真似をすれば叱られるのではないかと、彼らは怯えているみたいだった。

……まぁいいか。私に表があまりないのも怯えられる原因かも知れないけど、余計な干渉がないならきやすくていい。

そう考えて手伝いをしながら屋敷を調査していると、不意に近づいてくる気配に気づいた。

「おい、そこのメイドっ! お前が姉上を怯えさせている奴だなっ!」

弟くん登場。

次回、捜査をするアリアに、怪人の脅威が迫る。

次はたぶん火曜か水曜になります。

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