《乙ゲームのヒロインで最強サバイバル 【書籍化&コミカライズ】》38 怪人の正

最後の更新です。

「おい、そこのメイドっ! お前が姉上を怯えさせている奴だなっ!」

そんな聲が聞こえて振り返ると、そこには男爵令嬢マリアによく似ている10歳くらいの男の子がいた。

年がマリアの弟だと仮定すると彼も貴族と言うことになるのだが、何というか……膝から下を出した半ズボンから見える膝小僧はり傷だらけで、頬や鼻にも傷があり、服裝を別にすれば、貴族子息と言うよりもそこら辺の悪ガキにしか見えない。

「おい、黙ってないで何とか言えっ!」

「……マリア様の弟君でいらっしゃいますか?」

「そうだっ。お前が來てから姉上もみんなも何かおかしいぞっ! お前が悪い奴なら、俺がやっつけてやるっ」

「腕前に自信があるので?」

「そうさっ、俺は近所のボスだからなっ。チコやハリーだって喧嘩じゃ俺に勝てないんだぞっ!」

……誰それ?

まぁ、なんとなく彼の背景は見えてきた。貴族と言っても辺境であるこの辺りでは、貴族の子はない。いても町や村を治める準男爵や騎士の子になるけど、それでも十人もいれば多いほうだろう。

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そうなると遊び相手は、従者の子や兵士の子供なんかになり、地方と言うこともあって彼は平民に近い暴な遊び方をしているんじゃないかな?

でもそういうことなら話は早い。をそれとなく聞こうと思っていたのに、お嬢様どころか同僚のメイドにまで距離を置かれて困っていたところだ。

雑に扱っても文句の出ない相手ならちょうどいい。

「お、なんだ、やるのかっ」

真正面に向き直った私に年が握り拳を作って構えを取る。私はそれに目もくれず、指先で手招きするようにして背を向けて歩き出す。

「ついてこい。案をしろ」

「え……は? ちょ、」

雑な命令をされて脳の処理が追いついていないのか、言葉にならないきをらしていた年は、我に返って先を歩く私に慌てて追いついてきた。

「お、お前、メイドのくせにっ」

年の手が私の肩にれる。だが、その手が私の肩を摑む前にするりと躱した私は、年のを軽く押すようにして壁際に追い詰め――

ドンッ! と顔の橫の壁を手の平で叩きながら、彼の目を間近で覗き込む。

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「姉を救いたいのでしょ? お前にその気があるのなら協力しろ」

「…………」

ほぼ同じ長の年に、顔を10センチくらいの距離で睨み付けると、彼は何故か目を見開いたまま真っ赤な顔で何度も頷いていた。

「それじゃ、“怪人”は、いつ現れるか分からないの?」

「そうだ。三日くらいでまた來ることもあるし、一ヶ月近く間が空くときもあるんだ。だから前にも一回、他の貴族に紹介してもらった魔師に護衛を頼んだときもあったんだけど、その時はぜんぜん出なくて……」

何故か突然協力的になった年に、“怪人”が出たときのことを教えてもらう。

年の名前はロディといって、この家の長男になる。長の早い貴族で外見は10歳くらいだから、歳は私と同じくらいかと思っていたら今は9歳だそうだ。……悪ガキかと思っていたら私より年上だった。

姉のマリアと同様に貴族のわりにあまり長してないなと思ったら、二人とも魔力系スキルをほとんど持っていないらしく、魔力値が低いのが原因らしい。

どうしてそんな差が出るのかと考えていたら“知識”から新たな報が浮かんでくる。

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教養にしても魔にしても、それを學ぶ環境が必要になる。

私のような孤児が教育をけられなかったのは、そういう環境になかったからで、孤児は生きることが最優先であり次に求めるのは裕福さだった。

だが、裕福になるのにも教養がいることに、教育をけていない孤児は気付けない。だから教養を得る環境を整えることの優先順位が低くなる。

要するに、教養を得るためには“裕福さ”が必要なのだ。その環境を整えられる人間だけが次代にも裕福さを得ることになり、この國では上級貴族だけがさらに力を得ることになる。

……そこまで“知識”があるのなら、あのも真面目に修行すればよかったのに。

男爵家の嫡男と屋敷の中を歩いている私に、他の使用人からまた微妙な視線が向けられる。

結局私の格好は、この男爵家に子供用のメイド服がなかったので、しばらくは持ってきたワンピースにエプロンドレスを付けるだけになっていた。

の世話をするためのメイド服だから男爵家のメイド服とは當然質が違うようで、そこら辺も私が距離を置かれる一因になっているのかも。

「マリア様がどうして襲われることになったのか、ロディは聞いてる?」

「……どうして俺だけ呼び捨てなんだよ」

「話せ」

「わ、わかったよ……」

怪人は半年前にこの街に現れた。まだ死者は出ていないが、襲われた人たちは怪我を負わされ、重癥になった者もいたらしい。

その怪人がマリアに執著するようになったのは約三ヶ月前からで、その日から夜になると『の手形』を殘していくが、まだ彼は危害を加えられていない。

だがその手形が徐々に近づいているので、いつマリアが襲われるか、男爵家は気が気でないだろう。

相手が人間“らしい”ということで、このままではマリアの婚約にも々と問題が生じかねない狀態だ。

グレイブは管轄が違うので解決されなくてもいいと考えていたけど、解決するのなら早いほうがいいだろう。できれば次の襲撃にはけりをつけたい。

でもそれをする上で、私は怪人の『目的』が気になった。

どうして街の人は襲ったのに、マリアだけすぐに襲わないのか?

襲われた街の人や、怪人が來訪する間隔に一貫はないという話だけど、本當にそうなのか?

敵の『目的』が分かれば行が読みやすくなり、弱點や正も推測できる。

でも、いままで何人もの役人や魔師が調べても、その正や目的は何一つ分からなかった。

怨恨、政治的理由、単純にマリアに惚れてしまったなど、人間らしい理由で々と推論は立てられたが、どれもそれを示す証拠は出ていない。

だったら私は、それ以外の観點から調査をするべきだろう。……そもそも人間関係の機微なんてどうせ私には分からない。

調査した魔師は、殘されていた手形に魔力の痕跡を発見し、怪人も魔師だと考えたらしい。

兵士達は目撃していないが、マリアは太った男を見たという。街の住人の証言でも、太った男や老人や子供といった話が出ていたので、現狀怪人の正は、魔で姿を変えられる闇魔が最低レベル4の魔師か、組織だった複數人による犯行だと考えられている。

「…………」

でもそうなのか? 複數人の犯行なら、持ちや足跡などそれだけ証拠が殘りやすくなるはずだ。魔師でもそれだけ強力な魔を使えばその痕跡が殘るはず。

を使えば、その屬の魔素が殘留する。レベル1や2じゃすぐに消えてしまうが、あの盜賊の魔はしばらく土屬の魔素が現場に殘留していた。

私の目なら、その殘留する魔素の屬も視ることができる。

でも、見たところ闇屬の魔素はそれほど多くないように思えた。

「家族の魔力屬を教えて」

「父上は風で母上は水だけど、俺や姉上は使えないぞ?」

「生活魔法は?」

「……姉上は水…だったかな?」

それは私の調査と一致する。この屋敷には風や水系の魔素が多く殘っていた。

魔力値が高くなくても、生活していればその人の屬魔素が多く殘る。そして私が視たところ、この屋敷は水系の魔素が強く殘されていた。

これは……街も調べ直さないとダメかな。

「……あなたが私のために調査をしていると聞きました」

私が男爵家に勤めてから五日目、それまで私を避けていたマリアが、彼の部屋で布を替えていた私にそう呟いた。

「ロディ…様からですか?」

「あの子は、よほどあなたを気にったようですね。緒だよと言って、愉しそうにお話ししてくれましたわ」

マリアはそう言って嬉しそうに微笑む。……緒になってないな。

男の子にはプライドがあるから、私に負けたことなんて誰にも言わないと思っていたけど、脅したらまた妙に懐かれたのか……。

「私は……助かりますか?」

「運がよければ助かる。信じている神がいるなら祈っておくといい」

「……そうですか」

突き放すように言った私の言葉にマリアはそう呟くと、憂いていた顔を上げてふんわりと微笑んだ。

「では私は、あなたと同じ神さまに祈ることにしますわ」

「…………」

その日の夜も前日同様、屋敷にある排水路の一つに生活魔法の【流水(ウォータ)】を使って水を流す。

昨日はダメだった。でも昨夜流した【流水(ウォータ)】の水は、排水を流れて“奴”のところに屆いたはずだ。

私は屋敷の中を見て回り、水屬の魔素が多く殘留しているところを捜した。

マリアの部屋は魔素の影響か気が多く毎日布地を替えている。でもそうじゃない。水屬の魔素が多いから、ではなく、マリアの水屬が強いからそうなった。

マリアの魔力値は高くない。だから誰も気づかなかった。

でも魔素を“”で視る私には、マリアは非常に濃い群青のような水の魔素を纏っていることに気づけた。

おそらく來年から學するという魔學園とやらにれば、一気にその才能が開花するだろう。

だが、屋敷に殘っていた魔素は、彼のモノだけではない。

怪人が現れるのは不定期だが、その証言は決まって『暗い夜』だった。

暗い夜……月や星が隠れた夜。曇りや雨の“度”の高い日に奴は現れ、その襲われた被害者達は、全員が水屬を持っていた。

怪人が現れはじめた半年前に河の氾濫があり、その時にその水の霊力を抑えるため簡易的な結界を河に張ったそうだ。

結界自は長期間張れるものではなくすぐに解かれたが、その結果として水から切り離されてしまった“奴”は狂ってしまった。

怪人は水屬の魔素を求めている。マリアの水屬が濃いおかげで、今までは長年の生活で溜まった殘滓を得るだけで怪人は帰っていった。

でも魔力値のないマリアでは魔素の殘滓量が徐々に足りなくなり、マリアそのものに近づいていった。

雨の多い季節が過ぎて奴は今飢えている。だからこそ、私が流し続けている【流水(ウォータ)】の魔素に惹かれてここに來る。

「そこっ」

私が排水路の上に石を投げると、それを避けるようにして跳び避けた“何か”が、壁に張り付き、姿隠しの水のヴェールを解除した。

壁に張り付いた太った男。まるで水死のように膨れあがり、何カ所か側から破裂したようなの裂け目から、ドロリとしたと水が溢れ出る。

生者ではない。でもアンデッドでもない。蒸発を防ぐために死をヤドカリのように使った、その正はおそらく――

「……狂った水の霊……」

私がそう呟くと、正を見破られた太った水死が濁った瞳を私に向けた。

【水の下級霊】

【魔力値:337/503】

【総合戦闘力:371/553】

【※狀態:狂気】

霊はかなり厄介な相手です。ランク1や2の小娘が単獨で戦える相手ではありません。

アリアには勝算があるのか?

次回、狂った水霊との戦闘です。

木曜更新予定です。

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