怪人の正は人間ではなく『魔』ではないか？　殘された魔素や狀況からそう推測した私は、冒険者ギルドで報を買い、それがこの辺りに出沒する水の魔ではなく、狂った『水の霊』だと考えた。

できればハズレていてほしい予想だったが、悪い予ほどよく當たる。

【水の下級霊】

【魔力値：337/503】

【総合戦闘力：371/553】

【※狀態：狂気】

下級でも霊はとても厄介な敵だ。

通常、世界の理を制する霊と敵対することは滅多にないが、今回のようにその屬元から切り離してしまったり、召喚した者が死んで霊界に戻れなくなった霊は『狂気』狀態になって、魔素を奪うために人間や生を襲いはじめる。

普通の下級霊の場合、総合戦闘力は500前後で魔に換算すると【ランク３】の上位になるが、霊の場合、討伐難易度は【ランク４】相當となり、冒険者ギルドでも討伐には魔師二人以上を含めたランク３パーティー以上が推奨されていた。

それというのも、質界の生ではなく神生命である霊に理攻撃はほぼ効果がない。

それでも攻撃側の『倒す』という意志と神力で一割程度のダメージは與えられるが、霊の力と言うべき魔力は一秒に１ポイント回復するので、戦士系では數によるごり押し以外対抗する手段がなかった。

屬魔でもその霊の屬は完全無効であり、逆に魔力を回復させてしまう。

ゆえに霊と戦う場合には、その霊の屬以外の攻撃魔を使える士を集めて、短期決戦のごり押しで倒す必要があるのだ。

だから私は、この戦いに兵士たちを巻き込む気はなかった。一割程度のダメージが通るといっても、低レベルの攻撃ではダメージは通らない。

ただの壁としてなら使えるかもしれないが、それよりもせっかく削った霊の魔力を兵士たちを襲うことで回復されたり、怯えた兵士に好き勝手にかれて私の罠が潰されるほうが厄介だ。

それでも數さえ揃えれば何とでもなるのだろうが、マリアの婚約のために事態を大きくしたくなかったので、多くの手勢を集めることも、多數の被害者を出すこともしたくなかった。

まぁ、そもそも“子供の推論”だけで兵をかしてくれるとは思ってないけど。

私だって積極的に戦いたい相手じゃない。けれど、霊の魔力値を確認して、予想通り魔力値が回復していないことを確認できた。

誰かを襲ってまで魔素をするということは、存在の維持に魔力を消費して回復まではできていないのだろう。

それなら私でも戦いようがある。相手の正さえ判明して丸一日以上時間があれば、それなりの“準備”もできるから。

『――――！』

水霊が潛んでいる太った水死の口から、勢いよく水が噴き出した。

たぶん、【跳水(スプラツシユ)】とかいうレベル１水魔の魔法版だろう。速度は中程度で理系と魔力系雙方の攻撃力があって使いやすいが、私がすかさずを隠した木の板で防げる程度の攻撃力しかない。

理攻撃が碌に効かない霊に、魔も幻と回復がメインである私がダメージを與えるはない。でも私には“知識”とそれを使う“知恵”がある。

「――【化(ハード)】――」

私は木の板の裏に隠していた“粘土のナイフ”に、生活魔法の【化(ハード)】をかけて投げ放つ。

『――――！』

水の霊もそれが“何か”分かったのだろう。壁に張り付いていた水死をり、に濡れた手形を壁に殘してそれを避けた。

最初に投げた石を躱し、粘土のナイフも避けたことで、私はこの“攻撃”が有効だと確信した。

あのの知識の中に『五行』という考え方があった。

水は火を消し、火は金を溶かし、金は木を切り、木のは土を抉り、土は水を堰き止める。

すべてがこの世界に當て嵌まるわけではないが、魔の世界でも火の対抗屬は水であり、と闇は相互に削り合うと言われるように、私は水の対抗屬ならない魔力でもダメージを與えられると考えた。

土屬の魔は覚えていないが、生活魔法の【化(ハード)】なら使える。効果時間を短くして土屬を強くしたナイフなら、しずつでも水霊の魔力を削れるはずだ。

粘土のナイフを拾い、【化(ハード)】をかけて投げつける。の殻に閉じこもっている水霊は空中ではナイフを躱せず、存在を削られた水霊が再び【跳水(スプラツシユ)】を撃ってくるが、私はそれを転がるようにして躱した。

焦らない。深追いはしない。敵の間合いにもらない。

駆け引きをしてくる人間の魔師と違って、距離さえあれば単調に撃ってくるだけの攻撃魔法はギリギリ躱せる。

鑑定で視ると狂った水霊の魔力は四割近く減っていた。

粘土のナイフで削れる魔力は５程度。水霊に魔法を使わせても10程度しか消費しないが、それでも全く屆かない數値じゃない。

『――――――！！！』

水霊の全から強い魔力が発せられた。盜賊がレベル３魔を使ったときと同等の魔力をじて距離を取ると、同時に水霊の魔法が放たれた。

直徑２メートルもある水球が撃ち放たれ、綺麗に整えられた庭の樹木を薙ぎ倒す。

直撃こそなかったけど、私も飛び散る水に巻き込まれて數メートルも流されてしまった。

【火球】の呪文の水版だろうか？　火球のような広範囲のダメージこそないが、地面が一瞬でぬかるみになり行が阻害される。

『――――』

「【化(ハード)】っ！」

けなくなった私に水霊から【跳水(スプラツシユ)】が放たれ、私は即座に【化(ハード)】で足下を固めて泥まみれになりながらもそれを避けた。

「…………」

地味にダメージを食らっている。外傷はほとんどないけど、覚だと力が二～三割削られ、作っておいた粘土のナイフも泥に消えた。

でも、大きな魔法を使った水霊も、魔力値は半分くらいまで減っているだろう。

私は腳に纏わりつくスカートの裾を、太ももの上まで縦に裂く。の腱や筋に痛みがないことを確認しながら足場を固めてぬかるみから出すると、屋敷のほうから複數の聲が聞こえてきた。

「何の音だっ！」

「庭が……」

「アリアっ！」

門番だけでなくロディまで來てしまったようだ。

この場所が一番呼び寄せる確率が高かったとはいえ、思ったよりも早く見つかってしまった。ロディには來るなと言ってあったが、逆効果だったかも。

できれば他の人たちに見つかる前にもうし削りたかったが、仕方ない。し早いけど第二段階に移行する。

「……【流水(ウォータ)】」

水屬が濃くなるように効果時間を短くした【流水(ウォータ)】を使うと、者のほうへ向いていた水死が私の方を向いた。

ここでロディやマリアを狙われたら元も子もない。水を垂れ流すように塀に登り、振り返って一瞬目の合ったロディに『ついてくるな』と首を振る。

そのまま水の魔素を見せつけるようにして塀を乗り越えると、水霊の気配が背後から追ってくることが分かった。

深夜の真っ暗な街を巡り、人のない地域で屋に登って、ポケットから取りだした魔力回復ポーションを一気に呷る。

あの盜賊との戦闘から最低一本は魔力回復ポーションを持つようにしているけど、これ一本で銀貨三枚もするから、がぶ飲みはしたくない。それでもこれを飲んだことであと１時間くらいは魔力が１分に１ほど回復するはずだ。

泥まみれで重くなったスカートを膝上辺りで切り捨てると、水霊の水死が追いついてきた。

「――【化(ハード)】――」

切り捨てた泥だらけのスカートの裾を、屋に上がってきた水死に投げつけ、放ちかけていた魔法を阻害する。

水死の“殻”を破壊する必要はない。水死は水霊の魔素の消費を抑えると同時に、水霊の行を妨げ、逃走を防ぐ“檻”にもなる。

『――――――！！！』

水霊が聲にならないびを上げる。私に対する怒りか、飢で悲鳴を上げているだけか。私には理解できないし、人間の気持ちすら解らないのに非生の気持ちなんて理解するつもりもない。

だからせめて、お前が生きるために足掻くのなら、私が死ぬまでつきあってあげる。

ようやく【跳水(スプラツシユ)】が私に躱されると悟った水霊が、再び【水球】の魔法を使う。

広範囲で躱しにくい魔法なら私に確実にダメージを與えられるけど、その判斷は悪手だよ。何のために屋の上に登ったと思っているの？

直徑２メートルの水球が撃たれるが、そこまで大きくなると水の重さで【跳水(スプラツシユ)】ほどの速度は出ない。

そして屋にはレンガでできた煙突があり、そこにを潛めれば直撃は避けられ、私も流されることもなく、溢れた水もすぐに屋から流れ落ちた。

そこが狀況判斷のできない狂った非生の限界だ。いかに人間を圧倒する魔力と魔法を持っていても、戦闘経験と判斷力がなければそれほど脅威ではない。

だけど私も、さすがにノーダメージでは済まない。このまま大魔法を連発させて水霊の魔力を削ってもいいが、それでは私のダメージも大きいので反撃を開始する。

ロディと一緒に作った粘土のナイフは泥に消えた。でも私にはまだ武がある。

ヒュンッ！！

私が投げたペンデュラムの刃が水死の額を掠り、土屬と水屬の魔素が互いに削り合う。

銅貨を削ったペンデュラムの刃に【化(ハード)】は使えない。でも私は、もう片方の潰れてしまった刃を、粘土を焼いて作った陶製の刃に差し替えていた。

素焼きにした粘土でも【化(ハード)】は使用可能であり、叩けば簡単に割れてしまう素焼きの刃も【化(ハード)】を使えば鉄の強度を持つ武となる。

『――――！！』

ペンデュラムに【化(ハード)】のかけ直しをしながら水霊の存在を削っていく。

水霊も生き延びるために魔法を放ち、時には當たりをしかけてまで私を殺そうとした。

水霊の殘り魔力も殘り三割程度まで減っていると思うが、私の力と魔力も半分近くにまで減っている。そして一見互角に見えても、一撃でも水霊の攻撃をければ私は戦闘不能になるだろう。

油斷はしない。も出さない。ただ淡々と冷靜に冷酷なまでに削り続けるしか、私に勝つ道はない。

だが、その時――

「――【鋭斬剣(ボーパルブレイド)】――」

突然の剣撃が奔り、私の知らない【戦技】が水霊の水死を真っ二つに斬り裂いた。

斷面から大量の水を零しながら水死が屋から落ちていき、その背後の闇から、魔力を帯びた片手剣を持った旅服の男――グレイブが姿を見せる。

上級執事の彼がどうしてここに……？　彼の格からして救援に現れたとは思えない。……いや、それよりも。

「アレは私の“敵”だったんだけど？」

「そうか。だが、あんなモノは冒険者ギルドにでもくれてやれ」

不満げな私の言葉にグレイブは吐き捨てるようにそう答えると、その剣を鞘に収めることなく真っ直ぐに私へ向けた。

「アリア。お前は何者だ？」

唐突なグレイブの。実際の指令を無視したとしか思えない、彼の行の意味とは？

次回、第二章ラスト――『決別』

土曜更新予定です。

アーリシアのイメージラフを活報告に載せてあります。

本來の乙ゲームのアーリシアと、本編のアリアの対比です。よろしかったらどうぞ。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/642340/blogkey/2306448/