切りが悪かったのでし長めです。

玄関から外に出ると、降っていた雨はやんでいた。

荒縄で縛ったジャイアントスパイダーのを持ち上げると、量の野菜と様々な薬草が植えられた庭を通って処理場まで持っていく。

「無想弟子(アリア)、それを臺の上に置きな。やり方だけ教えるからお前がやるんだよ」

「了解、師匠(セレジユラ)」

「まずは腳からだ」

ジャイアントスパイダーのを臺の上に置き、解用のナイフで腳の付けから切り離す。一本目を処理して軽く頷いた師匠は、袋から出したジャイアントスパイダーの頭から目を取り出す作業を始めた。

蜘蛛の目玉は発酵させることで強力な神経毒になるらしいが、私はまだそこまで習ってない。

師匠は魔師だが、本職は錬金師だと言っていた。

今までは見よう見まねで薬草や毒草を煎じたりしていたけど、しずつポーション類の作り方も習っている。

それと私は勘違いしていたが、錬金にはスキルがないらしい。厳には魔力で素材を製するのだから、その技量に関するスキルレベルはあるが、それよりも錬金に大事なのは、知識量とさだと言っていた。

ちなみに同じようなカテゴリーで調理がある。材料を切ったり、素材の目利きをするスキルはあるみたいだけど、それは調理に失敗しにくくなるだけで、料理の味しさにはあまり影響ないらしい。

「準備はいいかい？」

「うん」

私が頷くと師匠がジャイアントスパイダーの腹を鉈で割き、で生される糸の基となる粘に用意していた薬品を投した。

この粘が空気にれることで糸になるから、素早く処理をしないといけない。

「今だよ」

その合図で私はナイフで手の平に小さな傷を作って、そのを蜘蛛の部に垂らす。

私のと薬品が反応して黃ばんだ白い糸の基が赤く変わり、それを木の棒で気よく掻き混ぜていると、しばらくして棒の先に赤黒く染まった繊維の塊が出來上がった。

「……まぁ、上出來だ。新鮮な素材だからも良いようだね」

その繊維の塊を検分した師匠の言葉に、私もホッと息をつく。

師匠には私の事の他にも、私の戦闘スタイルのことを話している。

魔族と呼ばれる闇(ダーク)エルフの師匠の見た目は三十代ほどだけど、実際は３００年以上生きているらしく、その闇(ダーク)エルフがどうしてこの國にいるのか理由は教えてもらっていないが、師匠は魔や錬金だけでなく斥候系の戦闘も出來ると言っていた。

私が使っていた、あのリングの先に菱形の刃が付いた奇妙な形のナイフも、師匠が昔使っていたで、私は十本ほど貸してもらっていた。

種類的にはあのの“知識”にある『クナイ』に近いだろうか。でも握り部分はほとんどなく、リングの部分に指を通して手の平に隠したりもできる“暗”のような使い方をするらしい。

でも、やはり師匠の得意分野は、近接戦闘ではなく“魔”だった。

と闇を４レベル。炎と風にいたっては５レベルまで取得しているらしい。しかも師匠は、當たり前のように“魔”ではなく“魔法”も使えるそうだ。

私は魔が一般的で魔法は廃れてしまった古い技だと思っていたけど、師匠に言わせると、魔を研究する者ならいずれ魔法に辿り著くものらしい。

おそらく魔師數百人に一人くらいだけど、『魔法使い』は確実に存在する。

今のうちに知ってよかった。知らなければ魔師を相手にするとき、それが致命傷になりかねない。

ここまで教えられたら、自分の手のを曬せないとか言っていられない。それどころか手持ちの武を全て開示して教えを請うべきだ。

師匠が私の“武”で興味を示したのは、『幻』と『ペンデュラム』だった。特にを混ぜた糸を魔力で作することに興味を持った師匠は、使う『糸』を厳選するべきだと言った。

その糸に使う素材に、魔系の蜘蛛糸を使うことになった。蜘蛛系の最上位の素材はアラクネになるそうだが、そんなは滅多に市場に出てこない。

なので、今回はこの辺りに生息するジャイアントスパイダーの糸を素材にする。素材としては中の上だが、魔糸を加工する場合は、魔の種類よりも鮮度が重要になると教えてくれた。

ジャイアントスパイダーの吐く糸は全て粘糸だが、にあるうちに薬品で加工すると粘著のない丈夫な糸になるそうだ。

けれど、魔系の糸は強靱だがそれは魔本來の魔力が殘っているからで、私が魔力でろうとするとその素材の魔力が邪魔になるらしい。一応、その糸を私ので染め上げればある程度の作は可能になるが、たぶん、大鍋一杯分のがいるだろう。

そこで師匠が考えたのは、加工時に魔のに私のを混ぜて、私の魔力に馴染ませてしまうと言う荒技だった。

しかも死んでから數時間以の狀態でないと難しいらしく、私は一ヶ月以上の時間をかけてジャイアントスパイダーを探し、ついに狩ってきた。

「あとはその繊維を棒で叩いてほぐしながら、自分でしずつ糸にするんだよ。その時にも魔力を流しとけば、さらに魔力の通りはよくなるから手を抜くんじゃないよっ」

「わかった」

「糸が出來たら持ってきな。錬金で耐火処理をしてやる」

「うん」

「さて、その前に飯だよっ。飯の準備は弟子の仕事だって決まってるから、さっさと準備しな」

口うるさいけど私は別に嫌じゃない。それどころか、あのや私のような得の知れない人間を弟子にするのだから、お人好しじゃないかと思った。

私は他人を信用しない。でも……エレーナと同じくらいは師匠も信じていいと思っている。

「――【浄化(クリーン)】――」

私は処理場を片付けてから、“食材”の下処理を始める。

この四ヶ月で、私もようやく、魔レベル２の呪文である【浄化(クリーン)】と【解毒(トリート)】を會得していた。

魔を研究している師匠は、やはり多くの『魔単語』を知っていた。師匠からレベル３までのと闇の単語を習い、課題として自分で構することで、やっと二つの呪文を使えるようになった。

魔の構は、全く知らない言語の単語と意味だけを教えられて、それで文章を作るようなものだ。新しい魔を作るにはない単語で短い文章を作るか、時間をかけて地道に研究するしかないが、今回は元の文章があったので何とかなった。

だけど師匠はただ覚えるだけでは不満らしく、追加の課題として、単語の意味を理解したのなら呪文の短をするように命じられ、まだ一単語か二単語しか省略できないが一ヶ月かけてしだけ短できている。

【アリア（アーリシア）】【種族：人族♀】【ランク２】

【魔力値：155/160】25Up【力値：92/105】25Up

【筋力：5（6）】【耐久：6（7.2）】【敏捷：7（8.4）】【用：7】

【短剣Lv.1】【Lv.2】【投擲Lv.2】1Up【糸Lv.1】

【魔法Lv.2】1Up New【闇魔法Lv.2】【無屬魔法Lv.2】

【生活魔法×6】【魔力制Lv.2】【威圧Lv.2】

【隠Lv.2】1Up【暗視Lv.2】1Up【探知Lv.2】1Up【毒耐Lv.1】

【簡易鑑定】

【総合戦闘力：128（強化中：144）】30Up

【魔】レベル１が、【魔法】レベル２に変わっている。でもそれは魔の短だけが影響しているのではない。

そして【】はレベル２になっているのに、【短剣】はまだレベル１のままだった。投擲ばかりに頼って近接戦がなかったせいもあるだろうが、大きな原因はの長が足りないのだろう。

もうしで上がりそうな覚はあるんだけど、魔力が増えて多は長しても、まだその段階ではないということか。

魔も近接戦闘もそこら辺は々あるが、それより今は“食材”の下処理をするほうが先だ。

「――【解毒(トリート)】――」

【浄化(クリーン)】だけでなく【解毒(トリート)】もかけて下処理を済ますと、バカデカい鉈のような包丁を持って、私はその食材――“蜘蛛の腳”の解をはじめた。

外皮を割って筋の部分だけを抜き取り、包丁を振り下ろすようにして一口大の大きさに切ってから、ショウガやハーブのと一緒に強火で煮込む。

何度も水を足して煮こぼれさせ、ある程度臭みが取れたら、さらにハーブを追加して小一時間ほど茹でた後に煮を取り替え、甘味の強い薬草酒と切りにした菜をれてらかくなるまで煮込み、塩と胡椒で味を調えながら最後に量のラードをれれば完する。

「……無想弟子(アリア)。鹿のもあっただろ？　どうして蜘蛛を使う？」

「ん？　栄養があれば一緒でしょ？」

「……お前には一般的なから教えないとダメかねぇ。あの馬鹿弟子は本當に馬鹿だったけど、飯だけはまともなモノを作れたんだけどねぇ」

「ちゃんと“知識”にあった処理はしたけど、煮込みが足りなかった」

貴重なタンパク質は無駄にできない。ゴリゴリとした筋張ったを食い千切っていると、そんな私を見て師匠が深く溜息を吐いた。

「…………飯が終わったら、魔法の訓練をするから、さっさと食いな」

「了解」

私は師匠から二つの“魔法”を教わっていた。

魔法はレベル２相當の魔法で、闇魔法はレベル３相當になる。

闇魔法は、私が思いついた魔を師匠に確認して再構してもらったものだが、さすがに私の技量と魔力量では、レベル３の闇魔法はまだまともに使えなかった。

レベル２の魔法は、覚えること自は闇魔法の応用で何とかなったが、この魔法は覚えるよりも“使い方”のほうが難しい。

「行くよ。ちゃんと防いでみな。――【火矢(ファイアアロー)】っ」

庭に出た師匠が、【火矢(ファイアアロー)】を詠唱破棄の魔法で撃ち放つ。

火魔１レベルの呪文だが、攻撃力の高い火魔はけどころが悪ければ即死もあり得る。だけどそれを避けることは許されない。私は手の平を前に向け、意識を集中させてその魔法の構を組み立てた。

「――【魔盾(シールド)】――」

この魔法は闇魔法の原理と同じようにの粒子を結束させ、円形板狀の『の盾』を創り出す、師匠がその師匠から習ったというオリジナル魔法だ。

理的な防力は硝子板程度しかなく、大きめの石を投げられた程度で消滅してしまうが、この魔法は込める魔力に相応する攻撃魔を防ぐことができる。

パシッ！

私の創りだした【魔盾(シールド)】が師匠の【火矢(ファイアアロー)】を弾くと、師匠からお叱りの言葉が飛んできた。

「込める魔力が大きすぎるよっ！　魔法の大きさをじて加減しなっ」

再び放たれた【火矢(ファイアアロー)】に【魔盾(シールド)】を合わせると、今度は硝子が割れるような音を立てて【魔盾(シールド)】が消滅した。

「込めた魔力で足りないとじたら、逸らしてけ流せっ」

「了解」

この硝子が割れるような音は、実際の音ではなく私だけが聞こえるイメージ音で、これが聞こえるのは、込めた魔力が足りてない証拠だ。

この魔法はレベル２相當でも、理論上は魔力さえ込めればどんな魔法でも防ぐことができる。けれど私の魔力では３０センチ程の盾が限界で、それより大きくすると防力が激減した。

今の私の技量と魔力では、レベル１までの攻撃魔しか防げず、レベル２の攻撃呪文をければ【魔盾(シールド)】を打ち消すだけでなく、わずかなダメージもける。

防げないのなら逸らすしかない。この盾が理でもある程度防げるように、実際の盾や剣のけ流しを使って、魔法そのものをけ流す技が必要だった。

魔法を構する意識の集中。放たれた魔の種類と魔力量を瞬時に見極め、適正な魔力を込めて、防方法を変える。

どれか一つでも難しいのに、その全てを同時にこなすのは困難を極めた。しかも発狀態を維持するのにも秒間１ポイントの魔力を消費するので、とっさに使いこなすにはまだ時間がかかるだろう。

それでもこれを完璧に使いこなせたら、対魔師戦で大きな武になる。

「……あとは自習しな。まったくガキの相手は疲れるねぇ」

「……平気？」

私の魔力と力が半分以下になったところで、師匠が鍛錬を切り上げた。

それは私を気遣ってくれたからじゃなく、師匠の力値は高いが、力の消費が大きいらしい。

「ガキが大人に気を使うんじゃないよっ。それと、髪にかけた魔が解けてるよ。効果時間はで覚えな」

「うん」

私が目立つ桃の髪を隠すために髪にまぶしている“灰”は、本の灰ではなく闇魔で創った“幻”だ。

ヴィーロが懸念したとおり、魔力が増えて沢が増した私の髪は普通の灰では輝きを隠せなくなっていた。それを師匠に相談したところ、幾つかの魔単語を教えられて、幻で髪を変える課題を出された。

一応、髪のを変える魔は完したけれど、単語の並びが文章になっていなかったようで、魔力の消費が大きすぎて効果時間が短くなった。

なので、髪のを変えるのは諦め、闇の粒子を直接灰に見せる幻にすることで、効果時間の延長と髪の沢を抑えることに功した。

師匠から出された課題からはズレてしまったが、ギリギリ合格を貰えたのは、魔法にはそうした工夫をすることが重要らしい。

夜になり、魔石を使った魔道のランプの燈りの中、蜘蛛糸の繊維を棒で叩きながら糸にするための繊維をほぐしていると、師匠が自家製の薬草酒をチビチビと飲みながらあののことを話してくれた。

「あの馬鹿弟子がここにやってきたのは、あいつが十五の頃だったかねぇ……。その頃から馬鹿で、ある日突然やってきて、私が、『ひろいんが魔族と戦うときに協力する役目』だから、自分に魔を教えろって、言ってきてさ。魔族の私にだよ？」

「…………」

あのは、昔から……というか、最初から“ああ”だったのか。

「正直、あの馬鹿弟子の戯言は、私にはほとんど理解できなかったよ。ただ、あまりにも妄想を自信満々に話す馬鹿さ加減が不憫に思えてね。ついけをかけて弟子にしちまったよ」

「真剣にやってた？」

「真剣だったさ。そこだけは評価してもいい。ただねぇ……移り気が酷くて、結局どれもこれも中途半端さ。そんな馬鹿弟子が、まさか、昔の魔師が失敗したカエルに蕓を仕込む方法で、そんな奇妙な魔石を創り出すとは、才能はあったのかもね」

「カエル……」

そんな曖昧なもので他人のを奪おうとしたのか……。

偶然でも何でも、そんな曖昧な報だけで自分の知識を移した魔石を創り上げたのだから才能が……いや『執念』が並外れていたのだろう。

ただその努力の方向が、ことごとく明後日のほうを向いていたことが、あのの不幸だった。

靜かな森の中で時がゆっくりと流れていく。

私にはやることがあるけれど、師匠(セレジユラ)との生活は両親が亡くなって以來の、家族のような溫もりをじさせてくれた。

魔と魔法の訓練をして、錬金を習い、魔を狩って近接の訓練をする。

そんな生活をしながらさらに一ヶ月が過ぎた頃、一般の人間は誰も知らないはずのこの森の家に、怪しい“來訪者”が現れた。

戦闘力はそれほど上がっていませんが、新たな知識や専用の武、錬金などのサポート系を覚えたことにより、確実に地力が増しています。

次回、尋ねてきたの正とは？　そこでアリアは一つの決斷をします。