大地に叩きつけたジャイアントクロウの斷末魔が渓谷に響き渡ると、まだ上空で殘っていた風鳥たちが蜘蛛の子を散らすように飛び去っていった。

……これで一息ついたかな？　私が幻などを使わず真正面から叩き潰すように戦ったのは、“警告”のためだ。

魔は普通のよりも知能が高い傾向がある。この渓谷を通り抜けるのにも數日はかかるため、隠などで隠れても食事や睡眠時に見つかってしまう恐れがあった。

なので魔たちに私を襲う危険を見せつけた。そのおかげもあり、私かか、どちらか勝ったほうの“おこぼれ”にありつこうとしていた巖ネズミたちの気配も消えていた。

頭部が潰れたジャイアントクロウのを、解用のナイフで裂いて魔石を抉り出す。

このの素材はほとんど金にならない。巨大な風切り羽は羽ペンの材料として買い取ってもらえるが、それでも一枚で小銀貨１枚程度だ。

や爪も売れるわけではなく、そうなるとまともな金になるのは魔石くらいだけど、難易度はランク３相當でも所詮はランク２の魔なので、屬もない無屬の魔石では高値で売れないが、それでも銀貨１枚ほどにはなる。

風鳥のほうには屬があるけど、こちらはランク１のせいか、それともの大きさに比例しているのか、本當に小さなクズ魔石しかないので回収するのは諦めた。

それでも地面に落ちた風鳥を數拾っているのは、がしいからだ。のほうはが固く臭みがあるので食用には適さないが、風鳥のほうはしパサついているけど充分に食べることができた。

生活魔法の【火花(ファイア)】を使って焚火を熾し、風鳥のをまとめて焼いてから大きな葉に包んで袋に仕舞う。

本當ならずっと練習してきた闇魔法を使いたいところだが、まだ慣れていないのと、総魔力値の関係でまだ実用できる段階ではなかった。

チャリン……

私が何も持っていない手の平を握りしめ、再び開くとその手の中から銅貨が一枚こぼれ落ちた。

これは手品の類ではなく、れっきとした【闇魔法】になる。

ヴィーロは闇魔によって部が拡張された鞄を持っていた。

私は考察と実験により、闇の魔素が本の闇ではなく『闇の粒子』であり、者の思念とな魔力作で、様々に形を変え、ある程度の効果を與えられると知った。

その応用が『幻』であり、『空間魔』になる。

空間魔の初歩である【重過(ウエイト)】は、重さを加減するのではなくその質を闇の魔素で包み込み、魔素ごとかすことで立する。

空間魔の基本は、質を魔素で包み込むことにあるのだ。

部拡張鞄の場合は、鞄の側に闇の魔素を固定化することで、固定空間を創り出してその部を広げる魔だった。

拡張鞄を製作出來る闇魔のレベルは４になる。

それは鞄の中に魔素を固定化してそれを維持する魔構や、魔石や持ち主の魔力を微弱に吸収したり、中のモノを自由に出しれする技、そしてそれらを構するだけでも膨大な魔力が必要になるので、そのレベルが必要になるのだと師匠は言っていた。

そこで私は思いついた方法を師匠に相談すると、面白いと言って私と一緒に魔法構を考えてくれた。

それは私のそのものを拡張鞄にすることだ。

人間のは普通にしているだけでも影は必ず発生する。服の隙間や口の中はもちろん、にも闇はある。

それを闇の空間だと仮定して極小さな魔素の空間にすることで、そこを魔力で拡張すれば、拡張鞄と同じ効果を得られるはずだと考えた。

魔素を切り離さず、自分の魔素を流させることで一部の面倒な構を省いた。

の出しれも、の表面にある闇に、そのたびに魔法を使うことで出り口を固定化するのに必要な構も省いた。

そのためにレベル３くらいの闇魔法で使える構にはなったが、闇魔法レベル２の私では闇の空間を維持するのに常に意識を割かなくてはならず、今の総魔力値ではコインを數枚れるだけの空間しか出來なかった。

そんなわけでいまだに実用段階ではない実験中の闇魔法だったが、そこに焼いたを仕舞いたかったのには訳がある。

一般的な魔の“知識”では、闇魔で拡張された空間に、生きた生をれることはできない。

だがこれは正しくはない。正確に言うと、闇の魔素で構された空間では生が生きていけずに死滅してしまうのだ。

これは推論になるけれど、拡張鞄の中は大気の代わりに魔素で満たされ、限りなく真空に近い狀態なのではないだろうか。

拡張鞄にれると時が停まって食べが腐らないという“デマ”があるが、本當のところは、食べを腐らす小さな生き――知識によると“微生”が死滅することで、船乗りが使う瓶詰めや、あのの知識にもある『カンヅメ』と同じ効果を得られているのだと推測する。

ただし、これにも問題があってチーズのような発酵食品をれると、良い菌まで死んでしまうので、保存食ではなくなってしまう。

まぁ要するに、このは二日くらいで消費したほうがいいということだ。

焼いたを仕舞った私はそのまま渓谷を王都に向けて歩き出す。さすがに見せしめのために派手に戦闘をしたので、その後は魔が襲ってくることはなかった。

私の様子を窺っていた巖ネズミも、今頃は放置しておいた風鳥の殘骸や大に夢中でしばらく姿を見せることはないだろう。

私がをまとめて焼いたのは、野営時に火を使わないためだ。

鳥系の魔は太が真上の時にしか私を見つけられない。まだ冬なので火を使わない野営は普通なら危険だが、魔法で生を活化できる私ならそれほど苦でもなく、火を焚く理由がなかった。

この渓谷を抜けるのに、行商隊の馬車なら五日ほどかかるが、大荷もない私の足なら、急げば三日ほどで抜けられる。

眠るときは微弱な避けの野草を焚いて、巖の隙間で目を瞑る。

もう眠っていても隠を維持できるようになっていたので、たとえ行商隊の人間には危険な暗がりでも、私にとっては人間のような悪意のある敵がいない、安全を確保できる場所になっていた。

最終日に大がもう一襲ってきたが、今度は見せしめにする必要もないので、幻と毒で、安全を確保しながら対処した。

危険がある場所での野営はある程度慣れているつもりだったが、それでも張していたのか、私は渓谷を抜けて固くなったをほぐすように背筋をばす。

私は“知識”があっても経験が足りていない。街の中や街道のような均された道ならともかく、起伏のある場所や足場の悪い場所などでは、に不自然な力がってしまい疲労が溜まる。

今まではヴィーロにも歩き方を習いつつ強化で誤魔化してきたが、これからは普段歩くときでも地形を把握するように鍛錬をするべきだろう。

幸いにも私は人族の限界を超えた【暗視】レベル２を會得できたので、鍛錬次第では獣人なみの周辺把握が可能になるはずだ。

最後のを食べて簡単な食事を済ますと王都への旅路を再開する。

とはいえ、貴族領にってしまえばそれほど危険なことはない。そもそも人目を避けて街道を通っていないので、山賊にさえ出會わなかった。

レベル３になった隠は、私を容易く野生から隠してくれた。

さすがにランク３以上の魔だと私を発見する恐れはあるが、中央に近い貴族領ならそんな魔は滅多に出會わないだろう。

「…………」

以前、森の中を通るとき出會い頭にホブゴブリンと遭遇したこともあったが、一度あったことなら再び起こる可能もあると言うことか。

長は２メートルほど。がっしりとした人型で橫幅があり、全が筋の鎧で覆われていたが、その頭部は人型ではなく野生の豚のような形をしていた。

【オーク】【獣亜人種】【ランク３】

【魔力値：108/110】【力値：343/413】

【総合戦闘力：374（強化中：430）】

……たぶんこれがオークだ。生まれながらの戦士であり、集落を形し、集団で人間を好んで襲う危険な魔だ。

こんな場所に出現するとは思わなかったが、この力の減り合だと、またどこからか流れてきたはぐれ魔か。

唐突な出會いで私とオークの距離は五メートルもない。だけどオークは、隠を使っていた私をまだ見つけていない。

私は瞬時に全力の強化をかけて思考を加速する。

これは好機だ。相手は格上でも今の私の戦闘力からすれば圧倒的な強者ではないが、時間をかけてしまえば地力の差で私が不利になる。

使える技を全て使って対処する。戦法は奇襲による暗殺……全力を使った瞬殺だ。

オークを発見して３秒で思考をまとめ、ペンデュラムを木の枝に巻き付け、移していた勢いのまま木の上に飛び上がる。

『ブォ？』

気配はなくても私がいたわずかな風の流れでオークが振り返るが、そこにはすでに私の姿はない。

闇魔法で茂みの中に隠すように“兎”の形と音を作ると、それを探知で察したオークが有能(・・)ゆえに気を緩めた。

その時には私は木の枝からさらに上に飛んでいた。

いつもの魔鋼製の黒いナイフではなく、ブーツに括り付けていた細いナイフを空中で抜き放つ。

セラに貰って１本だけ殘った細のナイフは、鋼製の大量生産品だが、刃が厚く貫通力に優れていた。

オークの全は筋の鎧に覆われているが、それはあくまで強化されていることが前提だ。気を逸らし油斷し、弛緩しているオークの首に上空から全重をかけて細の刃を元まで突き刺した。

『ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ！？』

唐突な激痛にオークが攻撃をされたと理解する前に、ナイフから手を放して死角に回るように姿を消し、黒いナイフを逆側の首に突き刺した。

オークの力値が一気に減るが黒い刃が筋に阻まれて途中で止まる。筋で挾まれたナイフからまた手を放した私は、腰からフェルドに貰ったナイフを抜き放つ。

ずっと解だけに使っていた予備のナイフだが、これ自はかなり良いで、実際に単純な攻撃力なら黒い短剣に匹敵する。

オークの背後に回り、必ず振り返ると信じて鋼のナイフを大きく振りかぶる。

「――【突撃(スラスト)】――ッ！」

そしてようやく攻撃されたと察したオークが振り返るのと同時に、私が繰り出した短剣の戦技が、オークの目玉から脳髄まで貫通した。

＊＊＊

オークと遭遇してから二週間かけて、ようやくクレイデール王國、王都に到著した。

オークの素材は特に回収せず魔石だけを取ってきた。

あのは、オークのが高級素材と思い込んでいたようだが、実際は食の魔のなど臭みがあって売れはしない。

安い屋臺などで豚の代用品として使われることはあるが、人型のなんてよほどじゃないと一般人の手はびないだろう。

王都にある一般人用の門に並んで中にる。この國の中で一番警備が厳しいと言っても、所詮は人が行うことなので、子供であり冒険者ギルドのタグを所持していれば簡単に街にることができた。

ただ――

「お前さんのタグは隨分と傷んでるな。ギルドで換したほうがいいぞ」

門番にそう言われるほど、今までの修行と戦闘で金屬製のタグが痛んでいた。ランクも１のままだし、そろそろランク２に更新してもいい頃だろうか？

師匠のところを出たときは真冬だったが、そろそろ春の気配をじられ、私が孤児院を走してからもう一年になり、あと半年もすれば９歳になる。

今まで出來るだけバレは避けてきたけど、あまり逃げ回ってばかりでも行が阻害されるので、発行場所を王都に更新しておけば誤魔化せる場面も多くなるだろう。

王都の街並みは、大都會と言われたダンドールに比べてもさらに栄えていた。

「………？」

そんな人の多い王都の街を眺めながら歩いていると、し嫌な視線をじた。

いつもの好奇心のような視線もあるがそれとも違う。かといって盜賊ギルドの人間や暗殺者ギルドの連絡員はあり得ない。

王國一安全と言われるこの街で、そんな馬鹿げたちょっかいをかけてくる“プロ”は存在しないはず。だとするなら、この視線は馬鹿なチンピラが小遣い稼ぎに旅人や子供を狙っているのだと考えた。

放っておいてもいいけど……面倒だな。

衛兵に訴えるという選択もあるが、まだ襲われてもいないし、自由民の私のいうことを真面目に聞いてもらえるかわからない。

まぁ、街の報を得るには、痛めつけていい相手は丁度いいかもしれない。

大通りから離れて裏通りのほうへ進むと、嫌な視線もついてくる。

……３～４人かな？　足運びの雑さを考えると、チンピラでもなく街の不良年たちといったじだろうか。

呑み屋街のような場所を抜けて、さらに人のない場所へと向かうと、完全に人が居なくなった辺りで小走りになった足音が聞こえてきた。

やはり４人……全員十代半ばから後半の年たちだ。彼らは足を止めた私にニヤニヤ笑いを浮かべながら近づき、リーダーらしき年が自分の力を誇示するように小さな鉄製のナイフを抜き放ったその時――

「お前らっ！　そこで何をしているっ！」

裏路地のり口から別の人の聲が響き、背の高いガッチリとした、見覚えのある男のシルエットが浮かび上がる。

この聲は……

「………フェルド？」

フェルドについては第四話辺りをご參照下さい。

次回、再會。どうして彼がここにいるのか？

そしてアリアは意外な人と関わることになる。