第四章、冒険者編『灰かぶり姫』の始まりになります。

切りの良いところまで書いたらちょっと長めです。

クレイデール王國最大の面積を誇るメル湖と周辺は風明な土地である。

メルローズ家直轄地であるその地を治めていた、メルローズの分家であるメルシス子爵家は、その日、とある“”を養として迎えることになった。

「アーリシアお嬢様、お屋敷が見えてきましたよ。お疲れになっていませんか？」

「はいっ、私は大丈夫ですっ！　ありがとうございますっ！」

アーリシアと呼ばれたは、若い執事の言葉に満面の笑みで元気よく答えた。

仄かに赤みがかった金の髪。黒に近い碧い瞳は意志の強さをじさせ、まだ10歳だという彼のらしさを引き立てる。

「あのお屋敷が“私”のお家になるんですねっ！」

馬車の中から見える湖畔に建つ大きな屋敷を見て、アーリシアは目を輝かせる。

貴族としては言以上に見た目がい。

貴族ならば時より魔の訓練をして魔力値をばし、外見は平民よりも２～３歳は長が早まるはずだが、アーリシアの見た目は本當に平民並みの、十歳児の外見でしかなかった。

彼の外見がいのには理由がある。

アーリシアは元々貴族であるが、とある理由により孤児となり、この年齢まで平民の孤児と一緒に孤児院で暮らしてきたからだ。

行方知れずとなっていたアーリシアが発見され、彼が本人と確認されるまで貴族から派遣した管理人を置いて、ある程度の教育は施したが、さすがに基礎のない人間に魔のような高等教育をするわけにもいかず、結果的にアーリシアが得られたのは魔の基礎のみで、が急長するほどの魔力を得ることは出來なかった。

「どうしました？　私の顔に何か付いていますかっ？」

「いえ、アーリシア様はお小さいな、と」

若い執事が自分を見ていたことに気づいたアーリシアが、上目遣いで彼の顔を覗き込み、慌てたように自分の顔をるアーリシアに執事も思わず苦笑する。

「ええっ、そうですか？　これでも最近背がしびて、孤児院でも大きいほうだったんですよっ！」

前任の管理者が待していたため長が遅いと言われる孤児院で、平民並みに育っているのなら、確かに魔基礎の効果は多あったのかもしれない。

狹い馬車の中で“長した”を押し付けるようにを寄せてくるアーリシアに、若い執事が困ったようにを離すと、対面に座っていた侍から聲が発せられた。

「アーリシアお嬢様。淑たる者、簡単に異にれてはなりません」

「ええ～……でも、執事さんだから…」

「執事でも男です。お嬢様はメルシス子爵家のご令嬢となるのですから、異とは節度ある距離を知っていただかないと、社界に出てからアーリシアお嬢様が困ることになりますよ」

「……は～い」

侍の咎めるような言いに、アーリシアは渋々といった顔で執事の腕から手を放した。

この馬車にはアーリシアの他に一人の執事と一人の侍が乗っている。

そもそもこの面子なら、貴族令嬢であるアーリシアは侍の隣か一人で座るのが正解なのだが、彼は頑なに執事の隣に座ることをんだ。

孤児院からの移に、アーリシアの護衛兼世話役として選ばれた二人の姉弟は、顔を見合わせて視線だけで通じ合わせ、孤児院の管理役を命じられていた祖父の困ったような顔と、その言葉を思い出す。

『アーリシア様は、見目が良くらしいので、妬んだ同より苛められていた形跡があった。それ故、を警戒し、男に庇護を求める傾向があるので、その點を注意して見守ってほしい』

確かにそれが事実なら可哀想なことなのだが、アーリシアの言にはそれ以上に子供らしくない“蠱”さをじた。

「馬車が著いたようですよ」

馬車が停まり、執事と侍に続いて馬車を降りたアーリシアが、迎えに來た子爵とその侍たちに引き渡される段階になって、アーリシアが不安げに執事を見上げる。

「我々はここまでです。これからはご家族となるメルシス子爵家の者が、アーリシアお嬢様のお世話をいたします」

「で、でも…」

「何か不都合でもありましたか？」

わざわざ玄関から歩いて迎えに來てくれた子爵がそう尋ねると、不安げにしていたアーリシアの顔が一瞬で変わり、満面の笑みを浮かべて子爵に振り返る。

「いいえ、なんでもないですっ！　お父様(・・・)っ！」

「お、おお、そうか」

その後ろにいる子爵夫人や侍たちに目を合わすこともなく、子爵の腕に縋り付いたアーリシアに、一緒の馬車に乗ってきた執事と侍は溜息を吐いて子爵に頭を下げ、メイドに書類を渡して乗ってきた馬車に乗り込んだ。

「……もういいんですか？」

「かまいません」

二ヶ月も護衛として旅をしてきたのなら、護衛対象とけれ側の様子を見るため、一日程度は殘るのが一般的だが、それを気にする者に執事はあっさりと頷いた。

侍のほうは何も言わずにあっさりと馬車に乗り込み、仕方なく者が馬車をかすと、それに気づいたアーリシアが、それまで自分から縋り付いていたメルシス子爵の腕を振りほどくようにして馬車に向かって大きく手を振った。

「また“私”に會いにきてくださいねっ！　オズさんっ！！」

＊＊＊

「……と、これが今回の報告となります」

「ご苦労だったな……オズ、セラ」

この二ヶ月の容を記した書類と、大まかな容を口頭で説明したオズに、メルローズ辺境伯當主のベルトは、溜息を吐きながら二人の部下を労った。

ベルトは孫娘と思われるアーリシアの様子を見るために、まずは人まで分家であるメルシス子爵家の養子として預けることにした。

彼の存在はまだ一般的には極であり、その移に際して大勢の騎士を護衛につけることが出來なかったベルトは、心においても武においても最も信頼の置けるセラとオズの二人に頼まざるを得なかった。

王城で王妃宮警護の責任者の一人であるセラと、宰相であるベルトの執事と書を兼任するオズがいなくなることは、ベルトだけでなく多方面にも影響が出て苦が噴出したが、こればかりはどうしようもない。

本気で人手が足りない。ただ人を集めるのではなく、信頼もできて腕の立つ人間となると各省で奪い合いとなる。

（せめて、王のの回りの護衛だけでも任せられる者がいれば……と、今はそれどころではないな）

「そういうことだが、どう思う？」

「お祖父様……」

まだ十二歳だが見た目は十五歳ほどにまで長したミハイルが、王宮の若い侍たちが騒ぐ艶のある瞳を胡げにして祖父を見つめる。

「あの娘が子爵家にるのは、來年のはずでは？　それまでに本か見極めるはずが、何故一年も早まったのですか？」

「その娘本人が、自分は貴族の娘だと言いふらして問題になりかけて、仕方なく保護を早める結果となった」

「……なかなか厄介な娘ですね」

苦蟲を噛み潰すような祖父の言葉に、ミハイルも深く溜息を吐いた。

二年も経つが、いまだに発見された『アーリシア』が“本人”であるという明確な証拠は挙がっていない。

本人の証言と狀況証拠だけを見るのなら、どの貴族家でも自分の家族と認めるのだろうが、メルローズ系の髪をしていないという理由だけで、ベルトはその娘をアーリシアと認めることに違和をじていた。

「とにかく、私は來月より學園に學となります。上級貴族でも期間の半分は寮生活となりますので、こんな風に呼び出されても対応できなくなりますよ」

「もうお前もそんな歳か。すまなかったな」

貴族が學する『魔學園』は、農作の収穫が終わり稅の回収が終わった後、翌年の新年から新學期が始まる。

その年に十三歳となる貴族子が対象であり、全員が十五歳の人を迎えた年の年末が卒業となり、大人として扱われるようになる。

「私も気持ちはお祖父様と同じです。報告を聞くだけでもその娘が『月の薔薇(メルローズ)』だとは到底思えません」

それだけを伝えるとミハイルは祖父の執務室を後にする。

セラとオズがいなかったせいで、まだ學院學前のミハイルが『宰相の勉強』という理由でベルトの執務を手伝うことになってしまった。

普段ならそれもむところだが、今は學前の準備で忙しく、ミハイルも個人的にしたいことも考えたいこともあった。

「……月の薔薇(メルローズ)……」

先ほどの言葉をもう一度口に出す。

古い言い伝えによれば、月の霊が一人のの高潔さとしさを讃えて、月の薔薇と、それと同じの髪を與えたとされている。

本當かどうかわからない。けれど外に嫁げば數代で消えるそのが、メルローズ家の直系のだけにけ継がれるのは、本當に月にされているように思えた。

友人であるダンドールのロークウェルに話せば、またロマンチストと言われるかもしれないが、その名を呟くだけでとあるの姿を思い出した。

王都で出會った冒険者の。

その髪のは、本當に月のある夜だけに咲く月の薔薇と同じをしていた。

初めて見た時から気になっていた。正に“孤高”と言うに相応しい雰囲気はしくすらあり、ミハイルがい頃に思い描いた月の霊のように思えた。

この王都で冒険者をしているのならまた會える。

そう思って別れ、何度か冒険者ギルドに足を運んだが、再びと出會えることもなく時間だけが過ぎていった。

このまま學園に學すれば、探しに行くことも出來なくなる。

これがだとは思わない。けれど、ミハイルは彼の孤高な姿に憧れた。

「また……會えるかな」

＊

「それではわたくしも失禮いたします」

「ご苦労だったな、セラ」

「“仕事”ですので」

それまで何も発言をしなかったセラが、ミハイルが部屋を出ると一拍置いて頭を下げ、それにベルトが返すと、オズは「仕事」と言い切る姉の言葉にわずかに威圧をじて、その額に冷や汗が流れた。

「…………」

主の執務室を出たセラが無言のまま深く溜息を吐く。

その溜息の大半は気疲れからだ。數ヶ月も王宮を離れていたためにあちこちで齟齬が生じている。

部下だけでは処理しきれなかった仕事が溜まっているだけでなく、溜息が出たのは、あの“アーリシア”と二ヶ月も一緒にいたせいだった。

禮儀が出來ていないのは、元が孤児なので當然だ。あれでも祖父が仕込んでいるので平民としてはマシなほうだろう。

だが、あのが見せた男にだけ縋る姿とを無視する様子は、子供と考えてもあまりにも異様だった。

あのを主家の令嬢としてこれから付きあっていくことを考えると、主やミハイルが疑うのも賛同したくなってくる。

そしてこれから機嫌の悪い王エレーナの世話をしなくてはいけない。

彼が気にっていた“メイド”が行方不明となり、それ以來そのメイドが『暗部』だと知っている王は、セラたち暗部を見ると機嫌が悪くなるのだ。

エレーナは、そのメイドに暗部が危険な仕事を割り振ったのだと思っているが、実際は暗部の裏切り者が手にかけた可能があるので余計にタチが悪い。

その“メイド”が戻ってくれれば王の護衛を任せられ、王の機嫌も良くなるのだが、そんな味い話は転がっていない。

「母さんっ！」

そんな息子の聲が聞こえて、セラはまた溜息を吐く。

「アリアは見つかったっ！？」

「確かに北には行きましたが、彼は見つかっていませんよ」

セラの息子のセオは、いまだにアリアの影を追い続けている。

も心も急激に長し、見た目は十二歳ほどになったが、彼に出會ったことはかった彼にはよほど衝撃だったのか、セラがアリアが亡くなった可能も伝えても、セオは諦めずまた會えると信じて修行を続けていた。

「そっか……」

諦めていなくてもそう簡単に見つかると思っていないセオは、溜息を吐きたい気持ちを抑えて笑顔を見せる。

「母さん、お帰り」

「今更ですか？」

そう言いつつもセオの長を確認するように抱きしめ、セオも母の無事を確認するように抱きしめる。

「主家のお嬢様をお迎えしました。彼が學園に上がる際には、おそらくあなたが護衛することになるでしょう」

「……あまり良い噂は聞かないけど？」

「それを口にするものではありません」

キッパリと割り切りを見せながらも否定をしない母に、セオも思わず苦笑した。

「僕も執事見習いの仕事に戻るよ。その後でまた修行をつけてね」

「わかりました。頑張りなさい」

母の顔で微笑むセラに、セオも一杯の笑顔を見せ、そのまま廊下で別れた。

「うかうかしているとアリアに置いて行かれるからね。僕は諦めないよ」

＊＊＊

クレイデール王國北西にあるケンドラス侯爵領は、鉱山で栄える土地である。

その土地の西にあるコンド鉱山は大陸南方最大の鉱山であり、隣國であるイルス公國とソルホース王國とが所有権を爭う緩衝地帯でもあった。

そのため國軍を配置することは他國を煽り立てることになり、鉱山までの安全を確保するために冒険者の仕事も多い。

そんな鉱山と街を繋げる夜の街道で、その道を一人歩く人を襲うために六人の男たちが飛び出した。

黒ずくめの革裝に反り返った片刃の剣。知る者が見ればそれが砂漠民族の流れを汲む、中央西地區支部の“暗殺者”だと推測できるはずだ。

この北辺境地域に正式な暗殺者ギルドの支部は存在せず、この侯爵領の盜賊ギルドには、この人に手を出すような愚か者はもういない(・・・・・)。

「ぐっ！？」

橫手から音もなく襲撃した一人が、蜘蛛の“糸”に捕らえられたように勢を崩して、真橫から飛來した刃に首を切り裂かれた。

「っ！？」

仲間の突然死に驚愕しながらも訓練された暗殺者たちの二人が同時に襲いかかると、その刃は道を歩いていた“”をすり抜け、その瞬間に一人が頸脈からを吹きだして崩れ落ちる。

「幻だっ」

「どこだっ！？」

はまだ真っ直ぐに歩いてくる。本當に幻覚なのか？　それとも“本”なのか？　一瞬の躊躇を見せた暗殺者の一人が、真っ直ぐに歩いてきたに一瞬の躊躇もなく斬り殺された。

「っ！？」

それが本だと気づいて慌てて跳び下がる一人の首を、弧を描いて飛來する刃が咽を斬り裂く。

未知の攻撃に恐怖しきを止めた一人は、が投擲したナイフに顔と咽を貫かれて驚愕の顔で死んでいった。

「な、なんだよ……何だ、お前はぁあああああああああああっ！！！？」

瞬く間に仲間を殺され、最後に殘った一人が錯したように悲鳴を上げる。

今回、この暗殺に集められた人員は全員がランク３の一線級の者たちだ。それが何もすることも出來ずに、蟲を払うように皆殺しにされた。

「……知っているのでしょ？」

その聲は真後ろから聞こえた。いつの間にか目前にいたはずのの姿は消えて、暗殺者が反的に刃を背後に振るうと、背後にいた“人型の気配”が消滅する。

「ぐぎっ！？」

その瞬間、腹を貫かれるような激痛が男を襲う。耐痛訓練をけた男が何故か耐えられずにきをらすと、再び真後ろから頭の脇を通るように白いの腕がばされ、男の頭に巻き付いた白い手が男の首をへし折った。

首をへし折られて崩れ落ちる男の目が、ようやく本のの姿を瞳に映す。

その姿に男はやっと思い出したかのように、の威名を呟いた。

「………“灰かぶり…姫”……」

【アリア（アーリシア）】【種族：人族♀】【ランク３】

【魔力値：174/240】30Up【力値：182/190】20Up

【筋力：9（12）】2Up【耐久：9（12）】1Up

【敏捷：13（17）】1Up【用：8】

【短剣Lv.3】【Lv.3】【投擲Lv.3】1Up【弓Lv.1】New

【防Lv.3】2Up【糸Lv.4】2Up

【魔法Lv.3】1Up【闇魔法Lv.3】【無屬魔法Lv.3】

【生活魔法×6】【魔力制Lv.4】1Up【威圧Lv.3】

【隠Lv.4】1Up【暗視Lv.2】【探知Lv.4】1Up【毒耐Lv.3】2Up

【簡易鑑定】

【総合戦闘力：576（強化中：691）】133Up

ようやく偽ヒロインの登場です。

何とも言えない良いじに仕上がったと思います（笑）

アリアは、ところどころレベル4に達していますが、ランク４ではありません。

けれど、戦闘力はかなり上がりました。

セオくん追いつけるか…？

それでは今章もよろしくご贔屓にお願いします。

次回、最初の地へ。