《【書籍化】オタク同僚と偽裝結婚した結果、毎日がメッチャ楽しいんだけど!》我が家へようこそ

私が一瞬で滝本さんをれたのには理由がある。

數年前、研修を終えた新人のの子が妊娠して會社を辭めた。

社して二か月で? 會社は騒然となったけど、滝本さんは冷靜だった。

「おめでとうございます。こういう事はタイミングですよね」

そして彼を出産後フリーランスとして再雇用、今じゃ完全な戦力になっている。

なにより出産して一度やめても、戻って來られる場所なのだと他の社員が思えたことも大きい。

その場のに流されないで、冷靜に実力や未來を見て、得を取れる人なんだなーと當時の私は思ったのだ。

そして何より「いいな」と思ったのが、一人暮らし歴12年ということだ。

長くなりすぎると他人はけ付けないし、それより短いと覚に足りない。

會社での冷靜な滝本さんと、ちゃんと生活してる滝本さん。

そんな人、偽裝結婚というか、シェアハウスするのに最適じゃない?

と一瞬で打算が働いた。

もしお互いに無理だと思ったら、バツイチになればいいだけ。離婚が多い昨今、それは変じゃない。

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完全に未婚だと「良い人居ないの? 結婚も良いものよ」って延々言われるけど

『一度結婚して離婚すれば、してみたけどダメだった証明になる!!』

結婚してみたけど、向いて無かったんですよ~って言い訳も可能。

やっぱり結婚は人生最大の免罪符だわ。

鼻歌歌いながら掃除をしていると、玄関がカラカラと開いて大學時代の親友、町田杏子(まちだあんず)が転がり込んできた。

「もう……無理……ほんと……足が痛い……疲れた……」

そして、はああ~~と靴をぎ捨てて、廊下に転がった。

予定時刻より30分以上遅刻。やっときたか。

私は臺所に行って冷たいお茶を持ってきた。

杏子はお茶を一気に飲みプハ―と息を吐いた。

「はあ~~、落ち著いた。さっちゃん、久しぶり。いやあ、前に來た時の事、忘れてた。こんな辛かったっけ」

「久しぶり~。てか坂道は変わらないから、変わったとしたら杏子の力じゃない?」

「間違いない、力は落ちた。でもこの坂やっぱエグいよ~~」

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ああ~~と再び杏子は廊下に転がった。

いつも來ないのに、今日はなぜか行く! と連絡をしてきたけれど、やはりこの狀態。

でも仕方ないのだ。

うちに來る人が倒れこむのには理由がある。

私が住む家は、勾配26%の坂を2キロ登り続けた山の頂上にある。

元々親戚の持ちなのだが『もう無理!』と、その人は都のマンションに引っ越した。

そして、広すぎる庭と家のメンテナンス&固定資産稅を払うことを條件に貸してくれている。

18才で大學に行くために上京してから10年、ずっとここに一人で住んでいる。

「大學の時もさあ、一軒家にひとりで住んでるっていうから騒ぎに行こうと思ったのに、著いた時點で疲れて酒も飲めない」

「坂の下のコンビニで6缶りのビール買うからでしょ」

私が苦笑すると

「飲みたいじゃん、飲もうと思うじゃん」

と廊下に転がったままの杏子は嘆いた。

それはそれで良かったのだ。學校近くの部屋を借りていた人たちは、みんな勝手にたまり場にされて迷そうだったから。

私の家は「いつ來ても良いよ?」と言ったのに、最初に坂を味わうと、もう皆來ない。

急斜面すぎて、道路にはすべてり止めの〇が掘られている。

「だから宅急便で送ろうかって言ったのに。重いよ?」

私は大掃除で出た古い同人誌や本を渡した。杏子は中を見て

「おおお……この作家の同人誌はめっちゃ貴重だよ……それにこの表紙! もう絶版だから!」

杏子は出版社に勤めているので、珍しい本を集めるのが大好きなのだ。

寫メって見せたら取りに行く! と言ったのは良いけれど、この疲れ合で持って帰れるのだろうか。

「いやあ、結婚なんて一生無理って言ってたさっちゃんが同居するっていうから、お祝い持ってきたのさ」

杏子は小さな包みを私に渡した。

開けて見るとそれはネイルオイルだった。

「こんなオシャレなもの、使えないよ……すごく良い匂い……」

私はクン……と香りを嗅いだ。すごく上品で優しい香りだ。

杏子は自分の爪をツンツンとりながら

「擔當してる漫畫家さんが、ペンタブでへこんだ爪が一晩でキレイになるって」

と言った。

「今日から使うわ」

私は大きく頷いた。

漫畫はオールデジタルで書いてるんだけど、ペンタブを強く握りすぎて爪がへこんでいる。まあ仕方ないか……と思ってたけど、効くならそれは良い。

私はさっそく爪に塗りながらお禮を言った。

「んで、相手はどんな人なの?」

杏子はお代わりしたお茶を一口飲んでいった。私は「同僚」と音速で答えた。杏子は何度も首を振りながら

「いや、そうじゃなくてさ……じゃあ、似てる蕓能人は?」

ええ……? 滝本さんが似てる蕓能人……? あ!

「満月の夜に見るススキみたいな人」

「人じゃ無くね?……でもまあ、靜かな方なのね」

「朝でも晝でもなくて、夜みたいな人。靜かに正しい人」

これはきっと會社のイメージ。でもオタクの滝本さんを見ても、印象は『夜』。やっぱりブレない。

「さっちゃんにお似合いかもね。今度紹介してよ」

杏子は本をリュックにれて立ち上がり、次はトレッキングシューズで來るわ……と笑いながら出て行った。

「さて、と」

私は最後の仕上げの雑巾がけをするために二階に上がった。

埃だらけだった二階はピカピカになった。

あけ放った窓から電車がトトン……と進む音が聞こえてくる。

実は今日から、滝本さんが我が家に同居するのだ。

「結婚しませんか?」

と言われたとき、私は

「とりあえず、一度、うちに住んでみませんか?」

と提案したのは、それに適してるからだ。

この家は二世帯用の作り、お風呂もトイレも二階と一階にある。

だからシェアハウスのような使い方も出來るが、玄関は一つ。

顔を合わせるんだけど、生理的に最初は厳しい所がクリアできる。

滝本さんは「それは良いアイデアですね。では明後日からお邪魔します」とコミケのあとに去って行った。

あの後も何度か會社で顔を合わせたけど、會釈する程度で、前と何も変わらない。

その切り替えの素晴らしさにしていた。

會社で他の人を目で追ったのは初めてだ。

お晝も社食で滝本さんを探してしまった。

滝本さんはスマホ畫面を見ながら素うどんを食べていた。お値段、120円。

分かる、イベントでお金使いすぎたんだよね?

私もイベント後一週間は、めっちゃ安いものを食べる。

印刷費がすごいのよ、同人誌って!!

會社でチラリと見かけて楽しかった滝本さんが、うちに來る。

私はしワクワクしていた。

窓の外、音が聞こえて、私は階段を下りた。來たかも。冷たいお茶を持って行かないと!

玄関を開けて、私は絶句してしまった。

「え……本當に、それで來たわけじゃ……ないですよね?」

「なかなか素晴らしい坂ですね」

滝本さんはなんとリュックを背負って、自転車で我が家に來ていた。

自転車と言ってもロードバイクと呼ばれる種類だろう、タイヤが細く山を登れるようなもの……いやでも、この坂は普通の坂じゃないと思うけど!

この近辺の人はだれ一人自転車に乗らない。正直最初の一歩さえ踏み出せないと思う。

坂を下って駅までは1分くらいで行けそうだけど……。

滝本さんは自転車を壁に掛けて、トコトコと家の奧の方に歩いて行った。そしてポケットからハンカチを取り出して汗を拭きながら

「登りながら思ったんですけど……ああ、やはり見えますね」

「え? 何が?」

私は思わず滝本さんの橫に並んだ。

すると凄く遠くに小さく観覧車が見えた。あれはきっと山の向こうにある小さな遊園地のものだ。

「俺の実家あっちのほうで、小學校の遠足で乗ったんです。いやあ~、なんか楽しいですね」

私は茫然とその言葉を聞いた。

今までずっとここに住んでたのに、全然気が付かなかった。滝本さんはうーん……と背びをして

「景が素晴らしいですね。こんな凄い所に住んでも良いんですか? あ……瀬田川も新山線もキレイに見えますね。しい」

私はを噛んだ。

そうなの。

実は、思ってたけど誰にも言えなかった。

みんなこの家に続く坂を嫌がるから言えなかったけど、私はこの家から見える景が大好きなの。

10年間誰も言ってくれなかったのに、滝本さんがそれを言うんだ。

やっぱり、すごく靜かで正しい。

私は橫を見て言った。

「二階です、どうぞ」

「ええ! 二階を俺が使っていいんですか? 最高の見晴らしなのでは……」

滝本さんは嬉しそうに私の後ろを付いてきた。

この人となら本當に結婚しても大丈夫かも知れない。

私はそう思った。

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