《【書籍化】オタク同僚と偽裝結婚した結果、毎日がメッチャ楽しいんだけど!》さっそくの竹(滝本視點)

「滝本さん、お疲れだと思うんですけど……お願いがあるんです」

屆いた荷も置いて一息ついた頃、相沢さんに聲を掛けられた。

その表は何か困ったように眉間に皺を寄せている。

なんだろう、俺はさっそく何か失敗をしてしまったのだろうか?

し心配になる。

相沢さんは、すいません……突然なんですけど……と前置きして顔を上げて

「竹を一緒に取りに行くのを手伝って貰えませんか?」

と言った。

は? 竹?

俺は面白いほど素の表をしていたと思う。

お疲れの所、すいません……。

相沢さんは何度も謝りながら、俺を先導して自宅前の庭を下りていく。そして人の家の橫を抜けて、どんどん歩いて行く。

その先に竹林が見えてきた。ちゃんと整備されていて、竹の向こうに水面が見える。

し開けた場所に地面を掘削する重機のようなものがあり、それに乗っていたおじいさんが俺たちに気が付いて手を振った。

「さっちゃん、來たの」

「頂きに來ました」

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さっちゃん!

ああそうか、相沢咲月だからさっちゃんなのか。

會社でしか知らない人の他の呼び方を聞くと、しドキリとしてしまう。

「こちら滝本さんです」

俺は紹介されて軽く頭を下げた。

頭にタオルを巻いたおじいさんは、目を細めて俺のほうを見て

「この人が旦那さまかい。さっちゃん、あの家ひとりだと広すぎて怖かったやろ。良かったねえ。これで正子さんも安心しとるわ。結婚式楽しみにしとるから」

あははは~と相沢さんは空笑いを返している。

なるほど。

あれほどの広さの家に一人で住んでいると、周辺の人からこう言われるのか……。

俺は相沢さんが結婚したいという理由がしだけ分かった。

おじいさんは、奧を指さした。

「半分には切ったけど、この狀態でええの?」

置いてあったのは、太くてまっすぐなしい竹で……いや俺は々な竹を見たことないんだけど、竹って青くて長くて綺麗だなあとは思った。

相沢さんはそれを確認して「問題ないと思います」と言い、お禮を言った。

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「気を付けてね」

おじいさんは重機に戻っていった。

相沢さんは竹の前のほうを持ち

「本當にすいませんが、後ろを持って頂いていいですか? 一人では持てなくて滝本さんを待ってました。駐車場の雨どいが壊れちゃって太さ的に普通の雨どいより竹のが良いって、正子さん……あ、この家の元の持ち主さんが言うんです」

なるほど。あの家のメンテナンスも一人でしてるのか。すごいな。

大丈夫ですよ! と後ろを持ったら、めちゃくちゃ重くて驚いた。

相沢さんは軽々進んでいくけど、すごいな。俺はし驚きながら後ろを付いて行った。

「助かりました、本當に著いたばかりなのにすいません」

相沢さんは頭をさげた。

竹は家の下の広場のような場所に置いた。この場所も庭の一部なのだろうか。雑草が無いから、そうなのかもしれない。

俺は子供の頃からマンションで暮らしてきたので、庭というものがあったことがない。実家を出ても都心の小さなワンルーム。だから何も知らないんだけど……

コーーーーーン!!!

「?!」

大きな音に振り向くと、竹にった相沢さんが上の部分に何かを差し込み、トントンとそれを木で叩いている。え? 何を……

パコッ!!

「?!?!」

とても大きな音に驚いた。

相沢さんは割りながらしずつ後ろに下がってくる。

たぶん節の部分だろう、そこを割るたびに大きく高い音が響くのだと気が付いた。そして次の節まで一気に割れて、二つになった竹が地面に転がった。

竹はこう割るのか。俺は人生で初めてみた。

「よしっと。あとは節を取れば良いんです。そしたら流しそうめんも出來ますよ」

なんちゃって。相沢さんは冗談のように軽く笑って言った。

「流しそうめん?!」

俺は思わず音速で顔を上げた。

言葉の勢いに相沢さんは驚いて俺を見た。そして

「……滝本さん、流しそうめんされたこと、無いですか」

「普通、無いのでは……?」

俺と相沢さんは5月の気持ちがよい風が吹く丘で見つめあった。

東京で生まれてマンション育ちなら、竹の流しそうめんをした人の數のがないと思う。

「私、田舎の旅館育ちで、毎年お客さん向けに流しそうめんをしてるんです」

だからこんなに竹の扱いに慣れているのか。俺は正直とても驚いていた。

會社で靜かにパソコンをっている相沢さんが、ナタで竹を割るなんて。會社で言っても誰も信じないと思う。

「もし良かったら、せっかくだから流しそうめん、やります?」

「良いんですか……?」

良いんですか? と遠慮がちに聞きながら、俺は完全に期待していた。

相沢さんはドライバーとトンカチを両手に持って

「全然いいですよ。節とって磨けば、それで出來ますから。やりましょう、二人でしたら楽しいかも」

と竹の橫に座り込んでさっそく作業を始めた。

「まず、軍手をしてください。竹は鋭利なので、手がスパッと切れます」

と後ろの棚から分厚い軍手を出してくれた。手をれると覚がないほどに分厚い。

これは皮で出來ているようだ。

でも……ん? この軍手ものすごく……

「あ、すいません、その軍手臭いですよね」

相沢さんはドライバーを片手に言った。そうなのだ。正直この軍手……

「うんこ臭いですよね」

「っ……そうですね」

相沢さんの口から『うんこ臭い』という言葉が出て、俺は思わず口を押えて笑ってしまったら手元にうんこの匂いがきて更に顔をしかめた。

「一緒にれてるこのドライバーのせいなんです。PBというスイスのブランドの工なんですけど、竹の節を取るのに使いやすくて、ずっと使ってるんです。匂いは持ち手部分に使われてるセルロースが原因らしくて……もう諦めてます」

カンカン……とドライバーの上の部分を金槌で叩く。すると竹の節はきれいに取れた。

「臭くてもこれが一番使いやすいんですよね」

というか、で工とかに詳しいのはすごいな。

それに古いのにピカピカに磨いてある。さすが『オタク』だと思ってしまう。

「上から叩きます」

「はい」

俺は素人なので、手元を見て學びながら節を取ってみた。マイナスドライバーを節に押し付けて上から金槌で叩くとケションと高い音を出して節は簡単に取れた。

そして紙やすりで段差がなくなるまでこする。

俺も相沢さんも『を作るのが好きな人』ということもあり、二人で無言でショリショリと竹を磨いた。

「……これ、面白いですね」

俺は磨きながら言った。丁寧にやればやるほど節はきれいになり、艶が出てくる。

相沢さんも手を高速でかしながら

「わかります、私も子供の頃、旅館の手伝いは嫌いだったんですけど、これだけはんでやってました。なんかハマりますよね」

二人で節が消えるように磨き続けた。竹の一番上の部分……そこも尖っていて痛い。斜めにヤスリで磨くと丸くなって持ちやすくなった。

次は切った部分だ。トゲトゲしていて危ない。そこも丁寧に磨いた。

「……滝本さんのご実家は、普通のサラリーマンなのですか?」

相沢さんが磨きながら聞いてくる。

「うちは、父親が早くに亡くなっていて、母が外員をしてひとりで育ててくれたんです」

「お母さん、すごいですね。うちも父より母のほうが強いですね。旅館を仕切ってるのは母です」

「溫泉旅館なんですか?」

「そうです、お湯はいいですよ」

俺たちはポツポツとお互いのことを話しながら竹を磨き続けた。

目の前で夕日がゆっくり川面に落ちて行く。蟲の鳴き聲も聞こえてきて、俺は靜かに息を吐いた。

この場所、すごく好きかも知れない。

「流しますよー!」

「はい!」

俺たちは竹を磨き終え、タワシで磨いて坂にセッティングを済ませた。

ついに流しそうめんの始まりだ。

そうめんが竹を走り抜ける。俺は箸をばすが、まったく摑むことができない。

初めての流しそうめんだから仕方ない!

……のではない。

俺たちは気が付いていた。しかし目をそらし続けていたのだ。

「相沢さん、あの」

「はい」

竹の上を、白い何か……たぶんそうめんが走している。俺は必死に摑んで數本食べる、味しい!……が……9割摑めない。

現在の時刻は19時。

俺たちは、竹を磨くのが楽しすぎて、それに時間をかけ過ぎたのだ。

この周辺は街頭もかなりない。それに俺は何も考えずに外燈から離れた場所に竹をセッティングしてしまったのだ。

殘念だが認めることにした。

「暗くて、そうめん、見えないですよね」

「そうですね、時間配分間違えましたね」

「ですね、竹を磨きすぎましたよね」

「そうですね」

お互いに苦笑しているだろうが、正直その表も見えないほど周りは暗い。

俺たちは何をしているのだろう。

仕方ないので、相沢さんの部屋の臺所でそうめんを頂くことにした。

「楽しくなると集中しすぎて後半ダメになるんですよね……ネームに気合をれすぎて上がらない原稿みたいなものです……」

と相沢さんがそうめんを食べながら言うので俺も

「ライブのために気合れてカメラの充電してきたら、充電したまま家に電池忘れたことあります」

と殘念オタク自慢語りをした。

そしてお互いに「あるある……」と頷きあった。

相沢さんは苦笑しながら顔を上げて

「夏はこれからなので、今度はお晝に流しそうめんしましょう」

と言った。

俺たちには『これから』があるのか。

昨日はひとりマンションで弁當を食べていたのに、これからは二人、外で流しそうめんを食べる未來がある。

変にしてしまった。

「一口だけど外で食べたのは味しくて楽しかったです。これからよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

相沢さんと俺は、満腹でほほ笑んだ。

これが俺たちのし殘念な、でも最高に楽しい始まりの日となった。

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