《【書籍化】オタク同僚と偽裝結婚した結果、毎日がメッチャ楽しいんだけど!》今まで一番の(滝本視點)

噓だ。

俺は相沢さんに噓をついた。

噓というか営業のテクニックの一つ『あなたの好きなものは、僕も好きですよ』と先に提示することで相手を安心させる方法だ。

俺は前から相沢さんが好きな食べを知っていたんだ。

去年冬コミで相沢さんを認識して、一番最初に『注目して相沢さんを見た』のは、今年の新年會だった。

いつも気にしてなかったけど、相沢さんはローストビーフが大好きなようで、壁際をゆっくり移しておれて、食べ終わるとまた近づいていた。

それは偉い人の挨拶や、BINGO大會中など、みんなの視線が料理から外れたときに、こっそりとしていた。

俺は心のどこかで「コミケで顔にカバー載せたまま寢るとか、あのクールビューティーな相沢さんが、そんなことするだろうか」と疑っていた。

でもその姿を見て確信したんだ、あれは相沢さんだと。

もちろん俺もローストビーフは好きだけど、何が一番好きかと問われたらお壽司になると思う。

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俺が好きなのは、ローストビーフを隠れて食べている素の相沢さんだ。

俺は自転車のハンドルをきつく握った。

五月が終わって、夏の挨拶みたいな度を含んだ風が頬をでる。

どれだけかみ殺しても微笑んでしまう。

「……また今度……滝本さんと二人で行きましょう!……だってさ」

正直とてもうれしかった。

俺に向けられたあの笑顔も、言葉も、すべて。

なんでもいいよ君の笑顔が見られるなら、俺はローストビーフの塊だって食べられる。今日から大好になった。

嬉しすぎてこのまま自転車で都心の會社まで行けそうだけど、確実に遅刻だし、何より汗臭くなるのは困るから、普通に自転車をとめた。

時計を見ると5分もかからず下りて來ていて驚いた。

帰りは20分以上かかりそうだけど。

ああ正直、會社に行く前から帰りたい。

「ヤバいよ、滝本。長谷川さんの事聞いた?」

會社近くのコンビニでお茶を買おうとしたら、同僚の清川に聲を掛けられた。清川は営業で一番報の仕れが早い。

営業の大きな仕事に正確な報収集があると思う。得意先の好、好きなタイプ、お気にりのお店。

誰もがしがる商品に営業が必要ないことを考えると、買う人の報はとても大切だ。

どうした? と清川が持っていたお茶とフリスクも一緒に買って、橫流しをはかる。

サンキュと言い、清川はお茶を一口飲んでニヤニヤしながら

「長谷川さん、浮気バレちゃったらしいんだよ」

清川は目を大きく開いて、正直面白くて仕方ないという顔で話を始めた。

長谷川さんというのは、俺たち営業部署の課長だ。

それこそ、さっき相沢さんと話していた……後輩の巖崎さんと結婚している人なのだが、誰かと不倫していたということか。

「相手がさあ、長谷川さんの同期の、今大阪に居る遊佐さんらしいんだよ。やべぇ、これは燃える。當分二課に顔出せないぞ。マジやべぇ」

二課は相沢さんがいるデザイン課だ。

たしか遊佐さんも元二課で、二年ほど前に大阪に転勤になったはず。

……よく考えたら長谷川さんと巖崎さんが結婚したのも二年前だ。

「なるほど。長谷川さんは遊佐さんと付き合っていたけど別れて、巖崎さんと結婚したのか」

では知られて無かったと思う。

清川は片方の眉をあげて、表を歪ませながら

「もっと酷い。長谷川さんは遊佐さんを捨てたらしいぜ。若い子と結婚するから~って。俺部長に聞いたもん」

「なるほど、これは大変そうだ」

俺が頷くと清川は楽しそうに

「長谷川さん明日戻ってくるらしいぜ。カハ~~~、どうやら巖崎さん大阪に毆り込みしたらしいから、面白い話が聞けるぜ~~!」

清川の話を聞きながら、じゃあ明日は夜の酒に付き合わされないように、ランチで話を聞けるようにしようと心に決めた。

夜の酒はテンションが高い清川が付き合ったほうが良い。俺は早く帰りたいし、先に長谷川さんのガス抜きしたほうが良い気がする。

俺はその場で長谷川さんが好きな蕎麥屋のランチを予約した。

會社では表向きみんな仕事をしていたが、喫煙所やトイレでは、この話で持ちきりだった。

長谷川さんと遊佐さんの付き合いは長かった……とか、遊佐さんは不妊で……とか、長谷川さんは子どもがしくて……とか。

正直何の拠もない、尾ひれをつけた噂の塊。

俺はこういう話は苦手だ。逆の立場になった瞬間に、こうしてネタにされるのだと考えると、會社という組織に存在することがイヤになる。

晝休み。

清川と食事をするために二階でエレベーターを待っていたら、一階の玄関ホールに相沢さんが居た。一緒に噂の巖崎さんと、數人のの人たちもいる。

相沢さんは俺に気が付いて、目元で微笑んだ。

わ、これだけですごく嬉しい。朝から拠なき口で疲弊した心がらかくなる。

今まで俺はずっと一人で相沢さんを追っていたのに、相沢さんの方から俺を見てくれるなんて……と思っていたら

相沢さんは、肘を折り、指先を上に向けた狀態で指をヒラヒラと踴らせ始めた。

「……?」

なんだろう。指先がいのかな? 訝しげに見ていたら、今度は目を閉じて頭を軽く振る。

「……?」

なんだ? 何を伝えようとしているのだ?

俺はポケットからスマホを取り出して、トンと叩いて相沢さんに見せた所で時間オーバー。

エレベーターが來たので乗り込んだら、相沢さんからLineが來た。

『そういえばLineがありましたね。巖崎さんと長谷川さんのことで両課とも冷靜ではないので、もうし落ち著いてから結婚の報告をしましょう』

と來た。

そうだね、今言うのは得策じゃないと俺も思う。

……んん?

俺はさっきの相沢さんの妙なきを思い出す。

ひょっとして、さっき指先を上に向けてヒラヒラしていたのは『冷靜ではない』。

目を閉じて頭を振ったのは『落ち著いて』? なのかな。

「っ……!」

俺は思わず噴き出した。

なんでそんなブロックサインみたいなことで伝えてきたのだろう。

結婚するのはだからだろうか。

というか、Lineがあるのに。

俺は頭を抱える。

……相沢さん、可すぎる……。

続けてLineが來る。

『すべては當人たちにしか分からないことですから、とりあえず私たちは寄り添いましょう』

……うん、本當にそう思う。

冷靜でブレない。相沢さんは『いつもちゃんとそこにいる人』だ。

それに、事に対する距離が同じで安心した。

俺はLineを返す。

『了解しました。夜の花田屋さんは予約が取れました。母も大丈夫だそうです』

そう打つと

『了解です』

と返って來た。

嬉しくて顔がにやける。報をすぐに察知する清川が近づいてきて

「契約取れたの?」

と言うので

「そうだな、大口の」

と答えた。

相沢さんと結婚する報告を母にする。

これほど嬉しい契約、今まで取ったことがない。

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