《【書籍版8/2発売】S級學園の自稱「普通」、可すぎる彼たちにグイグイ來られてバレバレです。》14 彼との逢瀬、そしてキス
バッチ著用が実施されて、およそ2週間が経過した。
學校には変化が起きた。
金バッチの特待生に対して、銀バッチの一般生徒が、「敬意」を払うようになったのである。
たとえば晝間の學食。いつも混んでいて座れなかったり、人気のパンが買えなかったりするのだが、一般生徒は特待生に席を譲ったり、行列の順番を代わるようになった。「君は特待生だから」「僕の代わりにどうぞ」。そんな風に率先して、特待生を尊重するようになったのである。
先生たちにも、変化が起きた。
特待生たちを、今まで以上に「優遇」するようになった。
たとえば特待生が授業中寢ていても、見て見ぬふりをするようになった。これまでも「ひいき」はあったが、ここまで骨なことはなかった。一般生徒の目があるから、いちおうは注意していたのだ。だが、今やその建前すらなくなった。たとえば野球部・淺野が授業中グースカいびきをかいていても、先生は「彼は朝練で疲れているからな」などと言い訳し、聲のボリュームを抑える始末だった。
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敬意と優遇。
こんなの、俺に言わせればただの「ひいき」なのだが――校の誰ひとり、この狀況に異論を挾むはいなかった。疑問すら、抱いてないように見える。當然のことのように思っている。
それが、バッチの魔力。
〝レッテル〟の魔力。
俺が恐れていたことだった。
◆
晝休み、地下書庫――。
俺はあまにゃんこと、皆瀬甘音(みなせ・あまね)ちゃんと一緒に晝食を取っていた。あれ以來、この場所が俺たちの「基地」みたいになっている。かび臭くてほこりっぽい場所だけれど、俺にとっては天國だ。誰にも干渉されず、彼のお手製弁當を味わうことができる。
もうほとんど付き合ってるみたいなもん――な狀態ではあるのだが、お互いに告白とかはしてない。おおっぴらに付き合ってしまうと、あのブタさんの目がある。また、彼には聲優としての立場もある。そして正直、俺も今のままの関係が心地よい。付き合うための段取りを踏むことで、それを壊したくなかった。
「じゃあ、和真くんはこの狀況を予測していたんですか?」
俺の話に、甘音ちゃんは目を丸くした。俺と二人きりの時だけは、前髪を上げている。そのあどけない可憐な瞳が、間近から俺を見つめた。
「私、バッチくらいで何も変わらないだろうって思ってました。今までだって特待生優遇はありましたから。でも、まさかこんな骨になるなんて」
「そこが、この〝制度〟の怖いところだよ」
彼が作ってくれた卵焼きを頬張る。うんと甘くしてあるやつ。俺が好だと言ったら、そうしてくれた。
「ある海外の大學でね、こんな心理実験が行われたことがある。20名前後のグループを、2つに分ける。ひとつは、看守役。ひとつは、囚人役。本の刑務所みたいな設備を作って、それぞれの役割を演じながら2週間生活したらしい」
「面白そうな実験ですねっ!」
甘音ちゃんは興味しんしんに肩を寄せてきた。さすが役者、好奇心旺盛なのは結構なんだけど……そんな風にされたら、らかいのが俺の腕に當たる。もう替えも終わって、ますます発育の良さが目立つ季節だ。
咳払いして、俺は続けた。
「時間が経つにつれ、看守役はより看守らしく、囚人役はより囚人らしく行するようになった。看守役は尊大になり、囚人役は卑屈になっていった。やがて看守は、囚人に罰を與えるようになった」
「罰って、演技なんでしょう?」
「その罰は、囚人にバケツへ排便させたりするものだったそうだよ。そして、実際に暴力も振るわれるようになった。囚人の中には、神に異常を來(きた)す者も現れたらしい。危険な狀況になったため、実験は六日間で中止された。だけど、看守役は『続行』を主張したそうだよ。もう、囚人たちを支配できる快に取り憑かれていたんだろうね」
甘音ちゃんの顔が青ざめた。
「まさか……。この學校もそんな風になるって言うんですか?」
「どうかな」
さすがにそこまで過激なことになるとは思いたくない。
「ただ、狀況としてはよく似ていると思う。特待生が看守役。それ以外が囚人役だと考えてみればいい。今回のバッチ配布は、その『役』を明確にするためのものだって、そう思わないか?」
ぶるり、と甘音ちゃんが震える。
「ちょっと、信じられません……。その実験、本當なんですか?」
「実は、し噓」
甘音ちゃんは「ふえ?」と聲をあげた。
「後年、この実験の責任者である『刑務所長役』の博士が、看守役のグループに対して『殘忍な看守』として振る舞うよう指導していたことがわかっている。つまり、外部からの恣意的な圧力がないと、そこまでひどいことにはならないってことさ」
「なぁんだ」
甘音ちゃんはほっとをで下ろした。
「でもさ。逆に言えば、誰か偉い人からそんな風に指示されたら、『看守』はそうなっちゃうってことだよね」
「偉い人?」
「そう。たとえば學園理事長とか。あるいは、その孫のブタさんとかね」
甘音ちゃんの顔が再び青ざめる。
「新しい事務所の先輩から聞いた話なんですけど。長いこと役を演じていると、そのキャラクターが自分の中に住み始めるんですって。たとえばドラ焼きが好きなキャラクターなら、日常生活でもドラ焼きをよく食べるようになったりとか。演じているうちに、嗜好も変化していくんだって」
「そうかもね」
なりきっているうちに、本當にそうなる。
たとえばラブコメの王道「偽裝カップル」。これも、演じているうちに本當に相手を好きになってしまう。ラノベでも漫畫でもいくらでもある題材。そのくらいには、ありふれた話だってことだ。
「それにしても、和真くんは知りですね」
「読書が好きだからね。ここにある本も、だいたい読んでるし」
「えっ!? これ、全部ですか!?」
この地下書庫は本棚だらけだ。何冊あるのか見當もつかない。
「學以來、毎日ここで時間潰してたから。ぼっちの仲間外れゆえに、ってやつだよ」
すると、甘音ちゃんは悲しそうな顔になった。
「そんな風に言わないでください。私、和真くんは本當にすごい人だと思ってるんですから」
「ただのオタク。買いかぶりすぎだよ」
「そんなことありません。私を暗闇から救ってくれたのは、あなたです……」
甘音ちゃんがを寄せてきた。甘い香りが髪から漂い、俺の鼻をくすぐる。大きながますます著し、二人のあいだで形を変える。
「まずいよ、甘音ちゃん」
「むー。あまにゃん、です。むー」
濡れた瞳で見つめてくる。こうなったらもう、彼は聞かない。普段は控えめでおしとやかなのに、二人きりだと本當に積極的なのだ。
しかたがない。
軽く、ほんの軽く、くちびるを啄んでやる。
それだけで、彼は雷に打たれたみたいにびりっ、とを震わせた。
とろんとした目が、俺を見つめる。
「これで、午後の授業も頑張れます」
「そりゃ良かった」
頭をでてやると、彼は「ふにゃん」と鳴いた。ほんと、貓みたい。
「放課後、ひさしぶりに一緒に帰りませんか?」
「いいよ」
彼は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、四時半にいつものところで」
「四時半? し遅いね」
「放課後、野球部の人にし時間くれないかって言われてるんです。なんでしょうね?」
彼は無邪気に言った。まぁ、告白でもされるんだろう。あのイベント以來、人気急上昇の彼だから。似たようなことはこれまでもちょくちょくあった。
しかし、放課後。
約束の時間をすぎても、あまにゃんは、來なかった。
今回和真が話した実験は、映畫の題材にもなっています。怖いですが、面白いですよ。
「その映畫知ってる!」「これからも読んでやるよ!」という心優しき方。
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作者のやる気がそれだけでアップします。
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