《【書籍版8/2発売】S級學園の自稱「普通」、可すぎる彼たちにグイグイ來られてバレバレです。》15 彼に迫る黒い手
約束の夕方4時半から10分をすぎても、甘音ちゃんは來なかった。
今までにないことだった。時間はぴったり守る子だ。聲優業界は分刻みのスケジュールでいているので、遅刻厳なのだと話してくれたことがある。
メッセージを送ってみたが、返信はなし。
既読もつかない。
野球部の人間に呼び出されたと言っていたが、その用事が長引いてるんだろうか? おそらく、「俺と付き合ってくれ」という告白の類いだと思うんだが。
野球部といえば、思い出すのは同じ1組の淺野勇彌(あさの・ゆうや)だ。というより、名前と顔が一致するのがこいつくらいなんだけど。
淺野は以前、甘音ちゃんに気があるようなそぶりを見せていた。しかし、淺野はあのブタの一味でもある。だから甘音ちゃんに言い寄ることはないだろうと思っていたのだが……。
(最悪のケース、考えておくか)
俺にはそのクセがついている。なにしろ、あの最悪ブタのなじみを長年やってきたのだ。常に最悪の事態を想定して事を考え、行する必要があった。
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早速、スマホでメールを送った。相手は甘音ちゃんではない。何かあったら利用させてもらおうと思っていた、いわゆる〝切り札〟。その相手に送ったのだ。
それからすぐにき出した。
向かったのは野球部の使っている第一グラウンド。
今日は紅白戦をしているようで、グラウンドには普通の練習とは異なる張が漂っていた。
バックネットごしに視線を走らせ、淺野を探す。やつのポジションは投手だが、マウンドにその姿はない。
近くにいた2年生部員に尋ねた。
「淺野? ああ、來てないよ」
「そうですか。怪我か何か?」
「いーや。サボりだろ。最近よくサボんだよ、あいつ。特待生のくせに」
見かけたら連れてきてくれと、ぼやくように彼は言った。
野球部は指導が厳しいことで有名だ。意識も高くて、サボるようなやつはない。しかし、甘音ちゃんは野球部の人間に呼び出された。となれば、當然、サボッてる野球部員が一番怪しいことになる。
次に俺が向かったのは、東側校舎の一年生棟、その東端にある空き教室だった。いつもブタ一味が放課後の養豚場、もとい溜まり場として使っている。淺野が「犯人」なら、きっとそこにいる。新たにメールを送り、そのことを「切り札」に伝えた。
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果たして――。
「か、和真くんっ!!」
空き教室に飛び込んだ俺を出迎えたのは、甘音ちゃんの泣きそうな顔と、野球部・淺野を含む男三人の敵意だった。
淺野は、甘音ちゃんの肩に馴れ馴れしく腕を回している。甘音ちゃんは必死に顔を背けているが、そんな彼にキスを迫っているように見えた。
「おい。何か用かよ。バッチなしの〝無印〟が」
淺野の取り巻きAが低い聲で言った。金バッチをつけた大男だ。確か道部の特待生。赤い鼻とぱんぱんにふくれた顔がとても醜い。
「帰れよ。お前なんかが來ていい場所じゃねえぞ?」
取り巻きBが言う。こちらは銀バッチで、ギョロッとした目がいやらしい。
こいつらは無視して、淺野に問いかけた。もちろん、冷靜に。穏やかに。
「何してるんだ? 部活にも行かずに」
「うるせえっ!!」
甘音ちゃんを捕まえたまま、淺野はそのイケメンを歪めて吠えた。
「グラウンドで、先輩が怒ってたぞ。特待生がサボリはまずいんじゃないのか?」
「黙れ。金の俺に無印ごときが気軽にクチ聞いてんじゃねーよ」
「部活サボッての子口説いてましたって、その先輩に教えようか。その大事な金バッチも、剝奪されるかも」
「だから、うるせえっ!!」
再び淺野が吠えた。その勢いで、甘音ちゃんを突き飛ばすようにしてしまった。あいかわらず挑発に乗りやすい格で助かる。サボッた後ろめたさもあるのだろう。こいつが小心者なのは、ブタにへーこらする態度を見ていたからわかる。
俺は素早く近づいて彼を抱きとめた。「こいつ!」と赤鼻が手をばしてくるが、間一髪、距離を置くことに功した。
「大丈夫? 甘音ちゃん」
「は、はい……っ。和真くんっ……」
俺の腕のなかで、彼はとろんとした顔になった。淺野には決して見せない顔だ。
イケメン特待生の顔が屈辱で赤く染まる。
「なんすか、こいつ。反抗的っす。ねえ? 淺野くん?」
にやにやとギョロ目が笑っている。手をハエみたいにり合わせながら、淺野と赤鼻の間を行ったり來たり。わかりやすい蝙蝠野郎だ。
淺野が言った。
「邪魔すんじゃねえよキモオタ無印。俺は、彼に『イイ話』を持ちかけてたんだからよ」
「イイ話?」
俺は甘音ちゃんの顔を見た。彼はさかんに首を橫に振っている。まだ肩が震えている。
「とてもそうは見えないけど?」
「そんなわけねえ。俺と付き合ったら、金バッチもらえるって言ってんだからよ。無印のままじゃ、彼だって困るだろ?」
淺野は自信満々の笑みを浮かべた。醜い笑みだった。己の才能や努力がもたらした笑みであれば、こんな風にはならない。もっと眩しい輝きに満ちているはずだ。だが、こいつは醜い。それは、その自信が、他人の「権威」を借りたものだからだ。
「お前に、甘音ちゃんのバッチのを決める権利があるのか?」
「……っ」
「あのブタに言われたんだろう? 甘音ちゃんをそうやって口説けって。俺から彼を引き離せって命令されんたんじゃないのか? あのブタに」
あのブタ。
學園一のアイドル、人気絶頂の聲優アイドルをそんな風に言う俺に、赤鼻もギョロ目もぽかんとする。
「ぶ、ブタって、瑠亜ちゃんのことかよ」
「ブタの世界じゃ、ブタ親分のことをそう呼ぶのか?」
「おっ、お前、何考えてんだ! あ、あ、あの瑠亜姫のことを、そんなっ」
何故かキョドってる淺野がちょっと面白い。やっぱりこいつは小だ。小心者。
「このまま帰れると思うなよ、お前」
赤鼻が、その鼻だけでなく、顔じゅうを赤くしている。
でかい図で、俺たちの前に立ち塞がる。
「いいのか? 暴力沙汰なんか起こして」
「ああ?」
「道部と野球部の特待生が、暴力はまずいだろう。連帯責任ってことで、部そのものが活停止になるぞ」
淺野は骨に怯んだ表を見せた。
「お、おいっ木村。それはまずいぞ」
「構うもんかよ」
赤鼻の方は怯んだ様子もない。にいっ、と黃ばんだ歯を見せて笑った。
「オレ、知ってんだ。先輩らが去年リンチ事件起こした時、學校がもみ消したの。うちの部、最近調子いいからな。今回も大丈夫さ」
「……」
「まして、相手は〝無印〟だろ? 大事(おおごと)にはならないって。大丈夫」
俺は甘音ちゃんを背中の後ろにかばって、前へ進み出た。
「なら、俺も言っておく。學校がどんなにもみ消そうとしても、俺は絶対この件を拡散する。必ず大事にする。炎上させる」
「はん。お前ごときに何ができるんだ?」
「ここにいる甘音ちゃんのネコミミダンス、拡散したのは誰だと思う?」
赤鼻は意外そうな顔になった。
「まさか、お前が?」
「さあね。ただ、覚悟を決めて仕掛けてこいよ。ネットニュースのトップを飾る覚悟をな」
「……っ、てめえ……」
赤鼻の拳がギリギリと握り締められる。
もちろん、こんなのはただの時間稼ぎだ。淺野は小心者だが、この赤鼻は単純バカ。カッとなったら後先考えずに突っかかってくるタイプだ。道部の特待生に、ケンカで勝てるはずがない。それでは甘音ちゃんを守り切ることはできない。
だから。
時間を稼いだのだ。
切り札が來るまでの時間を。
「貴方たち、何をしてるのッ!!」
凜とした聲が、空き教室に響きわたった。
銀髪をなびかせて室したのは、貌の生徒會長。
胡蝶涼華(こちょう・すずか)。
キッと鋭い視線で俺たちを睨(にら)みつける。
「こんなところでケンカ? 穏やかじゃないわね。いったいどういうことか、説明しなさい」
胡蝶會長の聲は冷たい迫力に満ちていた。淺野も赤鼻もギョロ目も、怯えたように後ずさった。
「い、いや、オレたちは、その……」
「大したことじゃないですよ。會長」
口をもごもごさせる三バカに代わって、俺が説明した。
「彼らが、の子にフラれて頭にが上っていたようなので。穏やかに諭していたところです」
「フラれた? そんなことで?」
ふうっ、と彼はため息をついた。もっと大事件だと思っていたのだろう。
「確か、野球部特待生の淺野くんよね? やめなさい馬鹿なことは。せっかくの金バッチが泣くわよ」
「い、いえ、僕らは、別に……なあ?」
「お、おう。ちょっと、ふざけてただけで」
淺野も赤鼻も、しゅんとうなだれる。
思った通り、こいつらは権力に弱い。
権力で増長した輩は、さらに強い権力の前では、異様なほど大人しくなるのだ。
◆
3バカがすごすご退出した後、會長の鋭い目は俺にロックオンされた。
「まったく、破廉恥な子ね。鈴木和真くん」
「すいません」
破廉恥とは酷い言われようだが、言われてもしかたがない。甘音ちゃんがまだ腕にぎゅーっとしがみついたままである。離そうとしても離れない。なんだろう。人の會長に、俺を取られまいとするアピールなのか?
「怖い人、という私の見立ては間違っていなかったようね」
「だから、それは買いかぶりすぎですって」
そう言っても、會長は信じてくれない。その綺麗な瞳で、俺をじっと観察している。
「貴方、噂では瑠亜さんと絶縁したって聞いたけれど」
「ええ、まあ」
「今まで瑠亜さんという太のに隠れていて見えなかった。その太から離れた途端に、真の姿が見えるようになった。そういうこと?」
俺は首を振った。
「ずーっと、子供の頃から、権力者に群がるいろんな人間を見てきたんで。その経験を活かしてるだけですよ」
彼はため息をついた。
「瑠亜さんは、高屋敷家の令嬢として、人気聲優として、異常なほどの権力を持っている。そして、その近くにいた貴方もまた〝異常〟だったということね」
「さあね。まぁ、そんなことより」
俺は話題を変えた。
「特待生をあんな風に増長させてるのは、例のバッチ制度ですよ。生徒會には、早急に改善を求めたいですね」
會長は痛いところを突かれたように、視線を逸らした。
「もう完全下校時刻よ。二人とも早く帰りなさい」
もう外は薄暗くなっている。窓から見える他の教室には明かりが點っていた。
コツコツと律的な足音を響かせて、貌の生徒會長は去って行った。
◆
「はぁ~~~~~~」
甘音ちゃんが長いため息をついた。張が解けて、どっと疲れが出たようだ。
「こ、怖かったです……。もし和真くんが來てくれなかったら、どうなっていたか」
「もっと気をつけなきゃね。甘音ちゃんは、モテるんだから」
甘音ちゃんは頬を赤くした。
「私、和真くんだけにモテたいな」
「無理だね。そんなに魅力的なんだから」
「……いじわるぅ」
ん、と甘音ちゃんが背びしてきた。目を閉じて、鼻を鼻にくっつけるようにしてきて。キスをねだる時の合図だった。
突き出された花びらを優しく噛(は)んで、リクエストに応えた。
「それにしても、どうして會長が來てくれたんですか?」
「俺が呼んだ」
「えっ、どうやって?」
「生徒會のアドレスにメールを送った。彼だけがわかる暗號でね」
「暗號?」
「『黒い蝶が、一年生棟の空き教室に迷い込んでます』って」
胡蝶會長には、申し訳ないけれど。
やっぱりあの刺激的な景は、忘れられなかったのだ。
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