《【書籍版8/2発売】S級學園の自稱「普通」、可すぎる彼たちにグイグイ來られてバレバレです。》25 馴染の偉そうなジジイにはっきり言う
翌日の晝休み。
俺は理事長室へ向かうべく、職員室奧の廊下を歩いていた。
この領域は、學園であって學園ではない。
生徒立ちり止の柵とロープをまたいで、赤いじゅうたんを踏みしめ、ずんずん行く。晝休みの喧騒がここまでは屆かない。漂う靜謐な空気は、どこか神殿のような趣がある。
だとしたら、祀られているのは間違いなく「邪神」だな――。
そんなことを思っていると、行く手に黒服の大男が立ち塞がった。
「ここは一般生徒立ちり止だ。引き返せ」
「高等部一年一組、鈴木和真です。アポイントは取ってあります」
「ああん? 知らんなぁ」
大男はあごをしゃくり、俺を見下ろす。
「ここに近づくようなガキは、問答無用で痛めつけていいと前様(ごぜんさま)から言われている」
「罰は犯罪ですが」
「俺は教師じゃない。そして、この帝開は『治外法権』だ。生意気なガキめ。大人の怖さを思い知らせてやる――」
大男が襲いかかってきた。
俺は奧襟を取りに來た相手の右腕を、軽くパリィして懐に飛び込む。右袖をつかんで引き込み、相手のを腰に乗せて跳ね上げて床に叩きつけた。
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いわゆる一本背負い。
道の試合ならこれで試合終了だが、まだ終わりじゃない。
「げげはぁっ!?」
大男が苦悶の聲をあげる。
俺の足刀がみぞおちを踏み抜いたのだ。
気絶程度で済むように手加減したつもりだが……やっぱり、俺は未だ。相手は反吐を撒き散らし、もがき苦しみながら床を転がっている。やれやれ。ここまでする必要はなかったのに、にきが染みついている。
その時――。
「それまで」
低く、威厳のある聲がした。
部屋の扉の向こうからだ。
「鍵は開いておる。ってきなさい」
お許しがでたようだ。
まだ悶絶している大男を介抱し、ハンカチで口を拭ってやってから、俺は扉を開いた。
「久しぶりだな。和真よ」
厳めしい老人の聲が俺を出迎えた。
白い口髭に、オールバックの総白髪。鋭い鷹のような目つき。黒檀の機と大きな黒椅子にふんぞり返り、鋭い眼を俺に込んでいる。
この男が、帝開グループのドン・高屋敷泰造(たかやしき・たいぞう)。
あのブタの祖父である。
「ご無沙汰しています。前」
昔のクセで跪きそうになるの止めて、俺はを反らした。
「瑠亜から話を聞いた。古宮流免許皆伝ともあろう者が、ケンカで敗れたそうではないか。悪いが試させてもらったぞ。ウデは鈍っておらんようだな」
「相手が弱すぎたからでしょう」
「あの護衛は、実戦空手のチャンピオンだ」
え、あれで?
「あいかわらず、お人が悪い」
「おぬしは我が孫を護(まも)る盾だ。気になって當然であろう」
やはり、この老人の頭にはする孫娘のことしかないらしい。
「おおよその事は把握している。瑠亜と仲違いしておるそうだな」
「仲違いではありません。絶縁です」
事実を述べただけなのに、前はギョロリと目つきを変えた。
「絶縁? 何故だ。あれほどしい娘のどこが不満だ」
「容姿がどれだけ良くても、中がアレではね。度重なるモラハラ、パワハラ。『目立つな』『影でいろ』。ずっと、あいつに洗脳されていたんですよ。もううんざりです」
前は機を指でコツコツ叩いた。
「その見返りはあるはずだ。おぬしが瑠亜の婿となれば、ワシが持つ巨大な権力と財力――帝開グループのすべてを引き継ぐことができるのだぞ」
「…………」
「おぬしはのみぎりより、瑠亜のお気にりだ。他人には決して心を開かぬ我が孫が、おぬしからは離れようとせん。だからワシも、おぬしを婿候補のひとりと考え、様々な帝王學を施してきたのだ」
「それはわかっています」
子供には分不相応な古武だの兵法だのをずっと仕込まれてきた。
まぁ、それらの修得は結構楽しかった。普通の子供にはできない験を無料(タダ)でさせてもらったと思っている。
だけど――。
「俺はもっと、普通で良かったんですよ。普通に友達作って、普通に彼作って、普通の高校生活を送りたい。パワハラ、モラハラなんて存在しない、普通の生活をね」
「おぬしが、普通?」
の奧で前は笑った。
「規格外の知略と武力を持つおぬしが、普通? ありえん話だ。例のバッチ制度も、おぬしが叩き潰したそうではないか」
「はい。邪魔だったので」
「あれは社會実験だよ。良い結果が出れば、帝開グループ全で実施しようと思っていた」
やっぱり、そういうつもりだったのか。
「ともかく、俺はまったりのんびり、普通の高校生活を楽しむつもりです。邪魔しないでもらいたいです」
「本気で瑠亜と別れようというのか? この帝開學園で」
「學費を払っている以上、俺には普通の學生でいる権利があります」
「無料にしてやると言ったのに、おぬしの母親が聞かなかったからな」
うちの暮らしは決してかではないのに、母さんはこの前の申し出を斷った。「お孫さんのなじみだからといって、そんな施しをけるわけにはいきません」と、毅然と拒否したのだ。
俺はそんな母さんを誇りに思っている。
「わかった。いいだろう」
俺をにらみつけたまま、前は頷いた。
「ワシはしばらく靜観するとしよう。もっとも、瑠亜がどうくかはわからんぞ」
「よろしくお願いします」
今日のところは、それで十分だ。
「ひとつ言いたいことがあります。瑠亜のせいで、演劇部の公演が邪魔されそうになってます。學園にとって不利益となる行です。前には理事長として、責任を果たしてもらいたいものです」
「ふむ。それはワシがなんとかしておこう」
よし。これで會見の目的はほぼ達。
「これからどうするつもりだ?」
「言ったでしょう。瑠亜と絶縁して、普通の高校生活を送ります。まずは、目の前の夏休みを楽しみたいですね」
前はくつくつと笑った。どこか妖怪じみた笑みだ。
「おぬしが〝普通〟のつもりでも、周りがほうっておかんだろうよ。特に子(おなご)は」
「周りは関係ありません。俺は俺の好きに生きるだけです。だから――」
最後に。
これくらいは、言っても許されるだろう。
「俺のに手出ししたら、潰すぞ。ジジイ」
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