《【書籍版8/2発売】S級學園の自稱「普通」、可すぎる彼たちにグイグイ來られてバレバレです。》28 ギャルとキャ、互いの【】を教えあう

鮎川彩加(あゆかわ・あやか)。

クラスメイトのギャルで、ずっと俺のことを敵視してきた子。

そんな彼が、可憐なメイド服を著て俺の前に立っている。

「どっ、どど、どうして、あんたがここにっ」

「今日からこの店で働くんだ。夏休みの間」

まさか、バイト先が同じとは思わなかった。

は俺の「先輩」のようだ。ミニスカートのメイド姿がとても板についている。ゆるく著崩した制服姿しか見たことがないから、この格好は新鮮だ。

學校では濃いめのメイクも、ここでは控えめ。

ずっと「キツめの派手人」という印象だったが、こうして見ると意外に清楚で可らしい顔立ちなのがわかる。

何より、學校ではポニーテールにしている「紅茶の髪」を、ここでは束ねず垂らしている。

そうすることで、ぐっと艶っぽさが増して――。

「マジ、最悪っ。ずっとヒミツにしてたのに、よりによってこんなキモオタにっ……!」

鮎川は顔を真っ赤にしている。モップを握る手がぷるぷる震えている。よほどこの姿を見られたくなかったようだ。

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「笑いたきゃ笑えば!? あ、あーしがこんな格好してるの、おかしいって笑えばいいじゃん!」

俺は首を振った。

「笑わないよ。一生懸命働いてるやつを、俺は笑わない」

「は? ……別に、こんなんテキトーだし。ここの時給がイイからやってるだけだし」

「本當にそうか?」

俺は店を見回した。

「そのわりには、ずいぶん熱心に掃除してるな。照明のフードの裏、窓ガラスの四隅、それから――」

すぐそばにあったソファをずらした。隠れていた床がわになる。そこは見えている床と変わらず、ピカピカに磨かれていた。

「お客さんから見えないところまで、全部綺麗にしてある。ここまでやるバイトはなかなかいないと思うぞ」

「し、知らない。別の子がやったんじゃね?」

「それにしちゃ、ずいぶん手が赤いな」

はあわてて片方の手を後ろに隠した。

「その手は、何度もきつく雑巾を絞った手だろう? それから膝がし汚れている。雑巾がけのために這いつくばらないと、そんな風には汚れない。立派な仕事っぷりだよ」

「……ばかっ。そんなん、言(ゆ)うなしっ」

鮎川はまた頬を赤くした。

怒りによるものではないことは、マスカラで盛ったまつげを伏せたことでわかる。

「てか、あんた何者? こういうバイトしたことあるの?」

「昔、執事の真似事みたいなことをしてたことがある」

中1の夏――そう、あれも夏休みだった――あのブタのお屋敷に住み込みで働かされたことがある。「將來、高屋敷家に仕えるため」とか言われて、メイド長みたいな年輩のに掃除や禮儀、その他もろもろの仕事を叩き込まれた。

ブタと絶縁して無駄スキルになったと思ったが、おかげで彼の仕事を見逃さずに済んだわけだ。

「とりあえず著替えたいんだが、更室は?」

「……そこの、廚房の橫のドア」

禮を言って歩き出した。

ドアを閉める間際――。

「……ぁ、りがと……」

そんな聲が聞こえた気がしたが、確かめることはしなかった。

初日から、店は戦場だった。

開店の午前11時からひっきりなしに続く客、客、客。ランチタイムめがけて來る五月雨のような客の群れに、俺と鮎川の二人で立ち向かった。そう、ホールは俺たち二人だけ。廚房はおばさん店長の一人だけ。たった三人で店をまわさなくてはならなかった。

ここでも、鮎川彩加の仕事ぶりは見事なものだった。

「はいっ。ナポリタンのAセット、食後にアイスコーヒー、ミルクなしですね! かしこまりましたっ!」

「お會計失禮します。1500円頂戴しましたので、45円のお返しです。ありがとうございました! またお越しください!」

「大変申し訳ありませんお客様。ただいま店混み合っておりまして。5分ほどでご案できるかと思いますので、こちらのメニューをご覧になりながらお待ちくださいませ!」

いやいや、正直驚きだ。

教室では、機に座るわは腳は投げ出すわ、言葉使いはギャルそのものだわで、お世辭にも行儀が良いとは言えない彼が、この店では完璧な接客だ。

外面が良い、取り繕ってる、貓被ってる――というじでもない。

あの溌剌としたスマイルと、額に輝く汗は、そんな「擬態」では生み出せない。

ただひたすら、仕事熱心なのだ。

俺も負けてはいられない。

「三番と五番テーブル、俺が下げてくる。大丈夫。あのくらいなら一人で持てる」

「オーダー待ち一番と七番。どっちも俺が行くから。その代わりレジ打ちは任せた」

「向こうの男客、俺が対応するよ。鮎川はしばらく廚房に引っ込んで、皿洗い頼む」

こんなじで、鮎川のサポートに徹した。

初日で慣れない面もあるが、最低限、彼の邪魔にはならなかったんじゃないと思う。

午後2時すぎ――。

ようやくランチタイムが終わり、客の波が途絶えた。

「あーうー、マジ、つっかれたぁ……」

カウンター席にへにゃっと突っ伏して、鮎川は言った。紅茶の髪がテーブルでしなびている。

店長は遅い晝食を食べに出て行って、俺たち二人きりだ。

「すごい客足だったな。いつもランチタイムはこうなのか?」

「やー、夏休みだからじゃね? あーしも平日晝はんないから、知らんけど」

「いつもはどんなシフトなんだ?」

「土曜はオープンからクローズまで。あとは月木の午後5時から9時」

「ダンス部と掛け持ちで、大変だな」

「だよー。ま、あーし天才だし? このくらいよゆーっすよ」

あはは、と軽い聲で笑う。

……なんか、不思議だな。

今までほとんど話したことのない、カーストがはるか上の子と、こんなひとときを過ごせるなんて。

地獄のような忙しさを一緒に乗り越えたことで、奇妙な連帯が生まれている。

バイトには、こんな効果もあるんだな……。

「ね。ひとつ聞いていい?」

「なんなりと、お嬢様」

執事らしく、恭しく禮をする。彼は「ばーか」と笑った。

「あの、最後のほうに來た男のお客様いたじゃん? どうして対応代わってくれたの?」

「洗いが溜まってたからな。皿洗いをお前にやらせて、俺は楽な接客をやろうと思って」

「――噓じゃん?」

俺が思っていたより、鮎川は鋭かった。

「あんたキモオタだけど、そんな風に手を抜くやつじゃない。それは、一緒に仕事しててわかったよ。……ねぇ、どうして?」

俺はため息をついた。隠しても無駄のようだ。

「あのお客、たぶんお前目當てだろ? それも盜撮。バッグを不自然にごそごそやってたし、視線も怪しかった」

「!」

鮎川は反的にスカートの前を押さえた。ここの制服は丈が短い。ガーターベルトで彩られた真っ白なふとももが、零れんばかりだ。

「よく、わかるね。たぶん正解」

「常習者なのか?」

「ん……。今までも何度か、怪しいカンジはしたかな」

「どうして追い出さないんだ? 學校での強気はどうしたんだよ」

はうつむいて、ぼそぼそと言った。

「……だって、お客様だから……」

ふむ。

仕事に対して、真面目すぎるんだな。

リップを塗ったがかすかに震えている。注意するのが怖いのもきっとあるんだろう。なんだかんだで、の子なのだ。

「これからは、あの客が來たら俺にすぐ言えよ」

「……ウン」

は赤い顔で頷いた。

それから、小さな聲で、ささやくように言った。

「…………優しいね…………鈴木…………」

今度は、ちゃんと聞こえた。

名前も聞こえた。初めて呼んでくれたんじゃないか?

教室とはまるで別人だ。どっちが本當の彼なのだろう? これまで俺に見せていた敵意は、いったいなんだったのかと思わずにはいられない。

どうも、何か事がありそうだな……。

「ねえ、あーしも聞いていい?」

「俺にわかることなら」

「どうして、學校では力を隠してたの?」

俺は彼の顔を見つめ返した。

「なんのことか、わからないな」

「とぼけんなっ。初バイトでこんだけ仕事デキるやつが、なんで瑠亜のドレイなんかやってんの?」

ドレイ。

突き放すようなその語には、嫌悪が表れていた。

「その話をすると、長くなるんだがな」

「このお店、夜までしばらくヒマだよ。……ね、教えてよ。なんで〝無印〟なんて言われて黙ってんの?」

「…………」

さて、なんと答えたものか。

と、その時である。

カラン、とドアのベルが鳴った。

的に立ち上がり、「いらっしゃいませ!」と告げた鮎川の顔が、みるみる凍りついた。

ワンテンポ遅れて俺が振り返ると、そこには背の低いの子が立っていた。

前髪をオープンにして、まあるい子貓みたいな目をわにして。

今やすっかり有名になった新人聲優。

でもネットでもアニメ業界でも人気急上昇中の彼が、白のワンピース姿でニコニコと立っていた。

「うふふ。和真くんっ。あまにゃん、來ちゃいました!」

……來ちゃったかー。

「――ところで。そのの子、誰ですか???」

……聞いちゃうかー。

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