《【書籍版8/2発売】S級學園の自稱「普通」、可すぎる彼たちにグイグイ來られてバレバレです。》31 馴染みの放つ「刺客」

空手3バカが退散した後も、しばらく騒の余韻は続いた。

帰っていく客たちが、わざわざ俺をねぎらってくれた。握手を求めてくる人までいた。

「いやあ、爽快だったよあんた!」

「あの空手部の連中、ここの商店街でよく悪さしてるんだ」

「デカイ顔してやりたい放題、どこの店も迷していてね」

「本當、がスッとした!」

ちょっと褒めすぎの気もするが、人の役に立つのは悪い気はしない。

この喫茶店は商店街の人々がよく利用する。みんないい人だ。駄菓子屋のおばさんが飴ちゃんくれたり、青果店のおじさんがオレンジくれたり。「新り」の俺にもこんな優しくしてくれて、謝しかない。

そのあいだ、鮎川はぼけっと立っていた。すっかり気が抜けてしまったようだ。

駄菓子屋のおばさんが、そんな彼の背中を叩いた。

「彩加ちゃん、良かったねえ! こんな素敵な彼氏ができて!」

鮎川の顔が、火が點いたみたいに赤くなった。

……參ったな。

まさかそういう風に誤解されるとは。鮎川にはちゃんと彼氏がいるんだから、訂正しておかなくては。

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ところが――。

「……は、い……ぁりがとうございます……」

鮎川は恥ずかしそうに、コクンと頷いて。

おかげで俺は、訂正のタイミングを見失ってしまった。

「赤くなって、可いわねえ。大事にしなさいよ、新人くん!」

おばさんはすっかり誤解したまま去って行った。

さて、と……。

「鮎川。ちょっと俺、出てくるから」

「え、どこに?」

「さっきの8番テーブルのお客さん、忘れしたみたいなんだ。追いかけてくる」

どこか不安げな彼の肩を優しく叩き、俺は駆け出した。

店を出ると、午後のしがカッと照りつけてきた。

手でひさしを作りながら周囲を見回すと、グレーのパーカーの後ろ姿が目にった。

人気のない路地裏へとってくのを追いかける。

「お客様」

男がゆっくりと振り向いた。

歳は30代半ばくらい。平凡な型と容姿で、特徴といえば右眉の上に小さな傷跡があるくらいだ。

「なんでしょうか?」

男はじの良い笑みを浮かべた。

「お忘れがありますよ」

「えっ? 本當?」

男はあわてた風にパーカーとデニムのポケットを探った。

「いや。鍵も攜帯も財布もちゃんとありますよ。僕より前に來た、別の客のでしょう」

「そうでしたか」

俺はポケットから小さな箱を取り出した。灰のプラスチック製。手のひらにちょんと載る程度の大きさだ。

「八番テーブルの下、天板の裏側にり付けてありました」

男は珍しそうに手のひらの箱を眺めた。

「へえ。奇妙な忘れですね」

「バラしてみないとわかりませんが、おそらく盜聴でしょう。同じタイプのものを、以前見たことがあります」

「それは穏やかじゃないなぁ。気をつけた方がいいですよ。さっきの三人みたいな、騒な連中もいることだし」

俺はじっと男の目を見つめた。

「私には、あの三人よりお客様の方が騒に見えます」

「えっ僕が? どうして」

「あの馬鹿騒ぎの時、誰もが七番テーブルの様子を窺う中、あなたは一人うつむいてましたね」

「怖かったんですよ。目が合ったら何をされるかわからない」

「とても落ち著いているように見えましたよ。俺がサイダーの瓶を斬ろうとする瞬間を見計らって、テーブルの下にさっと手をばす冷靜さがあるんですからね――この、ネズミ野郎」

にぃっ。

ネズミのがめくれあがり、白い歯が覗く。それは獣の牙のように見えた。

「さすがは、最年の『天狼十傑(てんろうじゅっけつ)』。瑠亜様のお気にりというだけはあるな」

「高屋敷家の差し金か?」

「あんたを極にガードしろと言われている。盜聴なんて仕掛けて悪かったが、別に危害を加えるのが目的じゃない。信じてもらいたいね」

「もちろん、信じるさ」

俺は盜聴を地面に落とし、踏みつぶした。

「俺を害するのが目的なら、お前程度のネズミが來るはずがないからな。同じ『十傑』が出張ってくるはずだ。もっと言えば、俺をガードする必要もない。だから目的は――俺に近づくの排除。だろう?」

「そんな質問には答えられない」

「その回答が、何よりの答えだな」

甘音ちゃんが忠告してくれた通りだ。

あのブタめ、ジジイの権力を利用して、また俺の生活を妨害しに來たってわけだ。

「オレは下っ端だ。前様にも瑠亜様にも、直接お目にかかったことはない。この任務の詳細も知らされてはいないんだ」

「じゃあ、帰ってお前の上司に伝えろ。俺のみは普通の夏休みを過ごすことだ。俺の周りをウロチョロするなと伝えろ」

「このまま、帰れると思うか?」

ネズミの目に思い詰めたものが浮かんだ。

「十傑とはいえ、高校生のガキにコケにされてたまるか。舐められたら終わりなんだよ。オレの商売――」

「だったら、お前も普通に生きろよ」

「は、今さら無理だ。普通なんて」

「なら、どうする?」

ネズミはまた白い歯を見せた。

「あんたを倒せば、裏の世界で名前があがる。別の就職口があるかもしれん。あるいはあの可いメイドを痛めつけて、瑠亜様の歓心を買うという手もある――」

ネズミがいた。

しゅるしゅる、と地を這う蛇のように勢を低くして近づいてきた。

懐から抜いた拳を、下から、えぐるように俺の心臓めがけて突きだした。練のき。そして、ためらいのないき。確かに言う通り、この世界でしか生きられない男のきだった。

だが――。

「甘い」

拳を軽く手のひらでパリィした。

勢を崩したネズミの足元を払う。

素人なら、このままコンクリートに頭を強打して即死もあり得るタイミングだが――そこは相手もプロだ。とっさに後頭部を手で守り、強打は避けた。

とはいえ、脳しんとうは免れないだろう。

戦闘不能。

「今回はこれで見逃す。高屋敷家なんて代とは〝絶縁〟することだな。この俺のように」

「……っ、ぐ……」

路地裏をのたうちまわるネズミ。聲を出さないのは、せめてもの意地か。

「最後に言っておく。あの盜聴、もし俺が見逃したとしても、きっと彼が気づいたぞ」

「あの、メイド、が? まさ、か……」

「彼はああ見えて、仕事熱心なんだ。掃除にも手を抜かない。テーブルの下も丁寧にすみずみまで拭く。おそらく今日、明日中には気づいて、警察に持っていっただろうよ」

鮎川は、バイト初日に教えてくれた。

『いーい? 鈴木。テーブルの下もちゃーんと拭くのよ? 滅多に汚れないところだから今度でいいや、みたいに考えないで。そーゆーとこに、お店の本當の姿が出るんだからねっ』

『わかった? わかったら先輩におへんじっ!』

はい。鮎川先輩。

おかげで――。

大事な君を、護ることができたよ。

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