《【書籍版8/2発売】S級學園の自稱「普通」、可すぎる彼たちにグイグイ來られてバレバレです。》32 馴染みがバイト先まで押しかけてきた
瓶切りやらネズミ取りやら、その夜のことだ。
夏風邪で早引けした店長にクローズを任され、鮎川と二人で店の後片付けをすることになった。
好都合だ。今日中にやっておきたいことがある。
鮎川に廚房を任せて、俺はホールの清掃に取りかかった。鮎川が教えてくれた通り丁寧に汚れを拭き取りながら――盜聴・盜撮カメラを探す。さっきのネズミが仕掛けていったのは、囮(おとり)に違いない。あれは、わざと俺に見つけさせるためのダミーだ。「これで安心」と思わせて、本命から注意を逸らす。高屋敷家の諜報部がよくやる手口だ。
「予想通り、大漁大漁」
出てきた裝置は、全部で6つ。
中には、人知システムつきの最新型まであった。
別に聞かれて困るような會話もないのだが、あのブタに筒抜けというのも気持ちが悪い。何より、鮎川や他の従業員に対してプライバシーの侵害だ。人権は守らなきゃな。
ひとつひとつ丁寧に踏みつぶして、箒とちりとりで掃き清めた。
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廚房から鮎川が顔を出す。
「あーし終わったよー。そっちは?」
「ああ。ちょうど今終わった」
すると、鮎川はうつむいてモジモジした。
「あの、さ。し時間ある? 良かったらお茶しない?」
「ああ。喜んで」
彼はゆるっと頬をゆるませた。
靜かな店に、メイドさんが淹れたコーヒーの香気が満ちる。
広いテーブルを二人で使い、ゆったりとお茶を楽しむ。
「店長みたいに、上手には淹れられなかったけど」
「そんなことない。最高に味しいよ」
溫度といい、香りといい、丁寧に淹れてくれたことが伝わる。
「……もう。褒めすぎだっつの。そうゆうの、真顔で言われるとさぁ……うぅ」
カップの湯気の向こうで、彼の頬が赤くなった。
「ね、前から聞きたかったんだけどさ。どうしてバイト始めたの?」
「普通の夏休みが送りたかったから。今までずっと、ブタの世話ばかりで普通のことができなかった。だから高校生活は、一杯普通を満喫したいと思ってる」
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彼はぷっと噴き出した。
「ブタって、瑠亜のこと? すごいこと言うわね。高屋敷家の孫娘サマに」
「もう俺には関係ないから」
盜聴のこと、鮎川には黙っておこう。怖がらせたくない。
「バイト代は何に使うの? ……あの甘音って子にプレゼントでも買っちゃう?」
冗談めかして笑った後、何故か寂しそうな顔をした。
「いや。母さんに何か贈ろうと思ってる。學費の高い帝開にれてもらって、苦労させてるから」
「……あんたんとこ、お父さんは?」
「子供の頃、借金だけ殘して逃げていった。それを肩代わりしてくれたのが、あのブタの爺さんだった。母さんは十年かかって、それを返したんだ」
そっか、と彼は呟いた。
「あーしんちも、お父さんいないんだ」
「じゃあ、バイトはそのため?」
「うん。しでも生活費れられたらって思って」
「意外だな。お金持ちのお嬢様かと思ってた。ブランドものとかよく持ってなかったか? 教室で自慢してたじゃないか」
てことは、あれは彼氏に買ってもらってたのか。さすが大學生。財力が違いすぎる。
鮎川は首を振った。
「あれ、ぜんぶニセモノなの。しかも中古品。値段なんて超安いし。小學生のおこづかいで買えちゃうくらい」
「そうなのか?」
「あーし、見栄っ張りだから。他のヤツとは違うって、普通じゃないって、周りに見せてないと不安になるの。実はね、大學生の彼氏がいるっていうのも噓。ひと通り経験ズミっていうのも、噓。ぜんぶ、うそなの……」
彼の聲は小さくなっていった。
俺はコーヒーをひとくち飲み、この告白の意味を考えた。普通でいたい俺。普通でいたくない鮎川。同じ學校、同じ教室でも、こんなにも違う。人それぞれの生き方っていうのは、こんなにも。
「どうして、俺にその話を?」
「鈴木には聞いてほしいって、そう思ったの。理由は自分でもわかんない。ただ、あんたに噓つくと……ここのところが、すごく痛いの……」
メイド服の元を、彼は右手で掻き毟った。
俺はテーブル越しに手をばし、その右手を優しく包み込んだ。
「和真」
「え?」
「呼び方、和真でいいよ」
濡れた目を、彼は大きく見開いた。
「いい、の? 許してくれるの?」
「俺は鮎川のこと、尊敬しているから。それは、大學生の彼氏がいるとか、ブランドもの持ってるとか、ダンス部の特待生だからじゃない。鮎川が、立派な仕事をするメイドさんだからだよ」
濡れた目が、さらにウルウルと潤んだ。
「じゃ、じゃあ、あーしのことも、彩加(あやか)って呼んで!」
「いや。鮎川で」
「どゆことっ!? 名前で呼び合う流れじゃないのっ!?」
「鮎川って苗字、綺麗だから。お前にぴったりだ」
「…………っ、ま、また、和真はそうゆうっ……あぅ、あぅぅ……っ」
今度は顔を真っ赤にして、ふにゃふにゃする。まったく、見ていて飽きない。ダンス部のカリスマギャルでいるより、よっぽど魅力的だ。
その時、店のドアが開いた。
クローズの札はかかっていたはずだ。
鮎川が立ち上がった。「申し訳ありません、もう閉店――」言いかけたその表が凍りついた。驚きとショックで、かぬ彫像と化した。
り口に立っていたのは、一匹のブタと一人の。
「ごきげんよう~カズぅ♥ あーんど、ドロボウネコぉ~~~ん」
薄暗い店を、ブタがじろじろと見る。
「下僕(げぼく)から連絡が途絶えるわ、盜聴の信號はぜんぶ消えちゃうわ、さすがアタシのカズ♥ってカンジ♪ もーバレちゃってるならいいかなって思って、來ちゃった! てか、執事姿見るのひさしぶりぃ~! イカしてるわよん♪」
ブタの鳴き聲を聞き流しながら、俺の注意は隣のに向いていた。
――できるな、こいつ。
シャギーのったショートヘアは雪のように白く、瞳はのように紅い。漆黒のライダースーツに包まれた肢はしなやかで、しい獣のようだ。顔立ちは怖いくらい整っているが、およそ生気というものがじられない。
意志をもたぬ、人形(マリオネット)――。
そんな印象をけるだった。
「カズは初対面よね。氷上零(ひかみ・れい)。この夏からアタシのガードについた子で、新しい〝十傑〟よ」
「轟(とどろき)さんの代わりが、ようやく見つかったわけか」
「そーよ。カズが倒しちゃったもんねぇ、あのオッサン」
ブタは立ち盡くす鮎川をにらみつけた。
「よくもアタシのカズに手ぇ出したわね。彩加」
「ど、どうして、ここが」
「アンタがここでバイトしてることくらい、ずーっと前から知ってたわよ。チャラチャラ見せびらかしてた偽ブランド品のことも、大學生のエア彼氏のことも、ぜぇーんぶ。このるあ姫様のクラスメイトは、ぜぇーいん辺調査ずみ。常識でしょ?」
鮎川の顔が真っ青になった。
「ま、そんなのはどうでもいいのよ。見栄はってんなァ~ガンバッてんなァ~って、ニヨニヨさせてもらってたからっ。むしろ楽しかったわよ? でも、今回はダメ。チョーシに乗ってカズに言い寄っちゃったら、もうね、戦・爭」
長い金髪をサラッとかきあげ、ブタがさえずる。
「そもそもねぇ彩加。アンタ、今さらカズを口説ける立場なの? 何良い子チャンぶってるのよ? あのカラオケボックスのこと、忘れたとは言わせないわよ」
ヘビににらまれたカエルのように、鮎川は固まった。
「あの一件で、アタシとカズはケンカしちゃったわけだけどさぁ――彩加もあん時、笑ってたよねえ? カズのこと、指さして笑ってたじゃん? むしろ一番でっかい聲で笑ってたまであるんじゃネ? 覚えてるわよアタシ」
「……っ、ぁ……、……っ」
鮎川は必死に口をかそうとするが、聲にならない。
「アレは何? 彩加の中ではなかったことになってるワケ? カズのこと『キャ』だの『キモオタ』だの言ってたわよねえ? それを何? 今さらカズの魅力に気づいたっておせぇーのよッ、このホラ吹き!」
聞くに堪えない。言葉による殺だ。
「もう止めろ。俺は彼を恨んでない。だいいち、お前に彼を責める資格はない。あの場を主導してたのは、お前だろうが」
「カズは黙ってて。これは同士のハナシなんだから」
ブタの隣で、人形が俺を見つめている。一挙手一投足、見逃さないという目つき。あのネズミとは比べにならない。完全なるプロ――いや、機械(マシーン)の目だった。
「ほんと、彩加のホラは失笑モンだったわ。なんだっけ? こないだ話してたのは、ファーストキスのハナシだっけ。灣岸デートの後、彼氏にクルマで送ってもらって、別れ際にキスされた? いやもう、アタシ、笑いこらえるのに必死だったんですケド~? なんなら涙出ちゃってたんですケド~? 彼氏イナイ歴=年齢のくせして、なーにがマスターよ。ウケるwww死ねwww」
鮎川の目の縁に大粒の雫が盛り上がった。
今度は拭うことはできなかった。
頬をつたって、靜かに流れ落ちた。
「――――」
俺は激しく後悔した。
知らなかったとはいえ、俺がここでバイトしたばっかりに、彼をこんな目に遭わせてしまった。ブタに言いたい放題言わせてしまった。
だが、後悔しても始まらない。何も生まれない。
ブタと絶縁した俺は、過去ではなく未來に生きるのだ。
そう決めた。
決めたんだ――。
「鮎川」
俺は彼の名を呼んで、そっと肩を抱き寄せた。
らかなが俺のに収まる。
ブタが「ちょっ」と聲をあげるが、無視。
泣きはらしている鮎川の顎をつまんで、上を向かせ、抱きしめて――。
「…………ァ…………」
彼がらした吐息ごと、盜む。
グロスが彩る蕾(つぼみ)を優しく啄(ついば)む。
銀の糸が、互いのくちびるに架かり、プツンと切れた。
「これで、キスは経験ずみだな」
「……かず、ま……」
「もう、噓じゃない。ホラ吹きじゃない。誰にもそんなこと言わせない。この俺が――言わせるものか」
彼は再び涙を流した。
さっきとは違う、溫もりに満ちた涙だった。
ブタさんは、あんぐり口を開けたまま、一部始終を見ていた。
わなわなとを震わせ、それから――。
「零」
名を呼ばれた人形が、わずかに眉をかした。
「あの――――――――コロセ」
人形が跳んだ。
右の壁を蹴り、その反で鮎川に襲いかかる。その視線が、的(まと)を指し示す。頸脈。手刀を叩き込むつもりだ。
させると思うか?
俺は鮎川を左側のソファに突き飛ばした。人形は目を逸らさない。頸脈をロックオンしたまま、手刀の軌道だけをずらす。
獲から目を切らさないのは立派だが――そのぶん、俺への対応が甘くなる。
俺は右に回り込み、沈みこむように勢を低くした。床に手をつき、死角から抉るように回し蹴り。人形の腹につま先を蹴り込み、小柄な軀を向こう側の壁まで吹っ飛ばす。
そのまま壁に叩きつけられたなら、全打撲は免れないところ。
だが、叩きつけられる瞬間、人形は空中でくるりと回転した。壁を両足で蹴ってダメージを軽減し、よろめきながらも無事著地する。
表は一切変わらない。
からしを流しているだけ。
しかし、その視線(ターゲット)は、鮎川から俺に変わっていた。
よろしい。
このお人形なら、手加減しなくても死なない。數年ぶりに、全力――の、半分の半分くらいは出せそうだ。
ブタの罵詈雑言のおかげで、ひさしぶりに昂ぶってる。
し暴れたい気分だった。
「來い。新り。本の〝十傑〟を教えてやる」
作品を読んで「面白かった」「続きが気になる!」と思われた方は
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執筆の勵みになります。
ありがとうございます。
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