《【書籍版8/2発売】S級學園の自稱「普通」、可すぎる彼たちにグイグイ來られてバレバレです。》33 馴染みのボディーガードと戦ってみた

対峙する。

人形のように無機質なと向かい合う。

――氷上零(ひかみ・れい)の取った構えは、「貓足立ち」。貓のように膝を曲げてかかとを浮かせ、重心を低くしてあらゆるきに即応する構え。わずかに膝を上下させてリズムを取る。こちらが仕掛けたタイミングで、カウンターを浴びせるつもりのようだ。

「十歳くらいまでは空手。そこから日拳(にっけん)、テコンドーが混じって、あとは躰道(たいどう)もし囓ったってところか」

人形の眉がかすかにいた。

構えを見れば、相手の格闘技歴はおおよそわかる。彼が得意とするのはおそらく蹴り。黒のシューズに何か仕込んでいる可能が高い。気をつけるのはそこだけだ。

「零!」

を削ぐブタの聲が、薄暗い店に響く。

「カズには構わないで! 彩加だけ狙うのよ! わかった!?」

人形は小さく頷いた。高屋敷家令嬢の言葉は當主の言葉も同じ。命令は絶対だ。たとえ、その令嬢が人の皮をかぶったブタであっても。

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「難しい注文をするご主人様だな」

「…………」

ブタが殺意を抱く鮎川彩加は、俺の背後のソファで怯えている。守ってやらなくては。

「試してみるか? 俺を突破して、鮎川に手を出せるかどうか。新しい〝十傑(じゅっけつ)〟なんだろう? 羅(みら)さんに認められるほどの――」

人形が跳躍した。

膝のバネだけで天井近くまで跳び上がり、綺麗な弧を描きながら右腳で蹴りを繰り出す。

シューズの爪先からは鋭い針(ニードル)が飛び出している。

あんな兇つきの蹴りを喰らえば致命傷となる。ガードしても大怪我は免れない。しかし、避けたら後ろの鮎川が危険に曬される。それを見越しての攻撃だった。

だが――。

悪いな。

避けるまでもないんだよ。

「!?」

マネキンのような目が見開かれた。

爪先に仕込んだニードル、その先端が綺麗に消失している。

俺が手刀で叩き折ったのだ。

向こうの壁に破片が跳ね返り、そのまま下のゴミ箱へと落ちる。せっかく掃除した店、散らかされては敵わない。

「まさか、一日に二回も『瓶斬り』するハメになるとはね――」

そのまま人形の蹴り腳をつかんで、ごと巻き込む形で投げる。足を持って仕掛ける一本背負いだ。

古宮流奧義・疾風(ハヤテ)の型。

百舌墜(もずおとし)――。

「ッ!! かはっ……」

ずっと無言だった人形の口から苦悶がれた。背中から強く壁に叩きつけられたのだ。

常人ならしばらく呼吸できないはずだが、そこは、ブタのガードに抜擢されるだけはある。肩を苦しげに上下させながらも立ち上がってきた。

の滲んだが、ほんのわずかに緩んでいる。

この人形が初めて見せる、表らしい表だった。

「れ、零が、笑ってる……っ?」

ブタさんが驚きの聲をあげた。

俺にはわかる。

「嬉しいんだろう? 強い相手と戦えるのが」

「…………」

「わかるよ。機械(マシーン)に許された唯一の自由だもんな。戦いは」

かつては俺もそうだった。

ブタのに徹して、引き立て役になって。學校の行事であろうとテストだろうとなんだろうと、全力を出すなんて許されない。自分のことはすべて二の次であると教育――いや、「洗脳」されている。それが、高屋敷家に仕えるということなのだ。

「零だったな。お前も高屋敷家と絶縁したらどうだ?」

「…………」

「自由になって、俺みたいにバイトするんだ。メイド服、著てみたくないか? けっこう似合うと思うぞ」

人形の紅い瞳が、ソファにいる鮎川の姿を捉えた。

(ターゲット)を狙う目ではない。

が纏(まと)う魅のミニスカメイド服。それを見つめるまなざしだった。

「だーーーーもぉ! 和(なご)んでんじゃないわよぉぉぉぉぉ!!」

ブヒヒン! とブタが地団駄を踏む。

「零! 早く殺して! 殺しなさいそのを! アタシの命令が聞けないの!?」

「…………」

人形は再び戦いの構えを取った。また膝でリズムを取り始める。瞳からが消え去り、鮎川へと視線を定める。

――しょうがない、か。

人にちょっと言われたくらいで生き方を変えられるなら、誰も苦労はない。俺のように何かきっかけが必要なのだ。

その時、店のドアがまたもや開いた。

「はい、はーい。そこまで。そこまで~っ」

のんびりとした聲とともにってきたのは、桜の著流しを著ただった。

の長いソバージュが目を惹く、おっとりとした人。

手には桜の扇子を持っている。

殺伐とした空間に、ニュルッと忍び寄るようにしてり込む。そして、自然に溶け込んでしまう。地雷原を笑顔で散歩するかのように、のどかで、場違いで、そして――「不敵」であった。

は店を見回すと、はぁっと大げさにため息をついた。

「瑠亜ちゃんさぁ。いくらなんでもコレはないわぁ~。やりすぎ。外まで聞こえてたけど、コロセはやりすぎよぉ~。前も同じこと言うと思うわよぉ? こんなくだらない理由のコロシをもみ消すのはゴメンだわぁ~」

「……っ、だ、だって、許せなかったんだもんっ……」

ブタさんは気まずそうにうつむいた。

人形は素早くおっとり人の前にひざまずいた。

俺もつい、それに倣いそうになった。長年のクセが染みついている。

そう。

こそ、天狼十傑(てんろうじゅっけつ)の筆頭。

俺の師匠であり、ブタさんの従姉(いとこ)でもある。

高屋敷羅(たかやしき・みら)。

桜の描かれた扇子を広げて口元を隠し、クスッと笑う。

「おひさしぶりねぇ~和(かず)くん。なんか、瑠亜ちゃんと絶縁したんだって?」

「師匠に挨拶もなしで、すみません」

「まぁね、いつかこうなるとは思ってたわよぉ~。キミってば、人に飼われるような目ぇしてないもん。結局『孤狼(ころう)』の二つ名の通りになっちゃったね~」

「はぁ、まあ」

どうもこの人と話すと調子が狂う。

この、ほんわかペースに巻き込まれるというか。

戦略も戦も格闘技もこの人に習ったけれど、この獨特の「空気」だけは學べなかった。

「あー、ともかくねえ瑠亜ちゃん? この件は私があずかりますので~。今日のところは引きなさいな~?」

「うぅ……でも、でも……」

「い・い・わ・ね~?」

ほんわかと微笑む師匠。

笑顔の圧力だ。

高屋敷家當主の孫にも、言うことを聞かせるだけの迫力に満ちている。

もっとも、ブタはキレたら何しでかすかわからないから、師匠でも止められない時は止められないのだが――。

「あ、あのっ!!」

聲をあげたのは、ずっと沈黙していた鮎川だった。

ソファから立ち上がり、頭を下げる。

「ごめん瑠亜。あーしが悪かった。ごめん」

「あん? 何よいきなり」

「あーし、噓ばっかついてた。瑠亜にも、クラスのみんなにも。見栄張って粋がって。瑠亜が言う通り、あーしに、今さら和真と仲良くする資格なんかない」

「當たり前でしょっ!」

怒鳴りつけるブタ。

しかし、鮎川は怯まなかった。

「お願い。もう一度やり直させて。噓を償って、何もかも最初から。自分に正直になって、やり直すから。ねえっ、お願い!」

「……っ……」

迫力に押されたブタの肩に、師匠が手を置いた。

「ほーら瑠亜ちゃん。お友達もこう言ってることだしぃ~」

「友達じゃないわよ! こんなヤツ!」

ブタは鮎川をにらみつけた。

「じゃあアンタ、島流しね。擔任(ハゲ)に頼んでクラス替えてもらう。あと、學校ではカズと2メートル以上距離を取ること。もし破ったら、今度こそコロスっ。良いわね?」

「……うん。わかった」

「アンタがけてるダンス部の特待制度も白紙。もう一度審査けなさい。落ちたら一般生徒に降格だからね」

鮎川はうなだれるように頷いた。

まぁ、落としどころとしてはこんなところだろう。

鮎川が自分で選んだ贖罪だ。俺がとやかく言う筋じゃない。

「んじゃっ、帰るわ!」

ブタさんは金髪を翻した。とりあえず言いたいことを言って、スッキリしたようだ。

「じゃあねん、カズ! また會いましょ?」

「二度とごめんだ」

「また照れちゃって。カワイイ♥ いつか、そのブスに奪われたキスの上書きっ、してあげるからねっ!」

「…………」

まったく、めげないブタさんである。

今日のところはこれでいい。

後日、さらに過酷な罰を彼に下そうというのなら――その時こそ、俺が潰してやる。

たとえ、師匠や他の「十傑」を敵に回すことになったとしてもだ。

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