《【書籍版8/2発売】S級學園の自稱「普通」、可すぎる彼たちにグイグイ來られてバレバレです。》44 笑顔

高屋敷瑠亜&荒田興二 VS 綿木ましろ&鈴木和真。

絵で対決。

この対決はたちまちニュースとなって校を駆け巡り、生徒たちの噂するところとなった。

「ねえ和にぃ。それって絶対フェアじゃないよね?」

そう言ってくれたのは、「演劇の天才」こと白鷺イサミ。

よく晴れたお晝。

校舎裏の花壇で二人きりのランチのとき、そんな風に心配してくれた。

「だって、相手は瑠亜さんをモデルにして描くんでしょ? 學園一の権力者の絵を貶せる人なんて、この學校にいるはずないじゃない」

くりっとした目が俺を間近から覗き込む。二人きりの時はこんな風に距離が近い。他人が見たら同を疑われるところだが、いっちゃんの正は男裝の。だから問題ない――いや、それはそれで別の問題になりそうか。

「そうだな。ちょっと分が悪いかもな」

「もう、そんな他人事みたいに」

あんぱんをかじる俺を、いっちゃんがにらむ。

「負けたら、瑠亜さんと復縁しちゃうって……ホント?」

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いっちゃんが心配してるのはそこらしい。妬いているのかもしれない。拗ねたようにをとがらせているのが、不謹慎だけど、とても可い。

「もしあのブタと復縁することになったら、國外にでも逃げるさ」

「そ、その時は、ボクもついていくからね!!」

「それは困るだろ。演劇部が」

看板俳優を連れて駆け落ちなんかしたら、彼たちに一生恨まれそうだ。

「どうしてそんな勝負をけたの? スルーすれば良かったのに。和にぃらしくないよ」

「うん……」

確かに、らしくなかったかもしれない。

だけど、放っておけなかった。

なじみに酷い扱いをけているましろ先輩のことを、どうしても見過ごせなかったのだ。

「ああ。ボクが部員だったら、和にぃに一人で100票れるのに!」

「はは、それじゃあズルだよ」

いっちゃんの気持ちは嬉しいけれど、それじゃあブタと同じになってしまう。

ましろ先輩と二人で、正々堂々挑むつもりだ。

放課後。

地下書庫で、さっそく絵を描き始めた。

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ましろ先輩にはパイプ椅子に座ってもらって、鉛筆でスケッチする。水彩畫にするつもりだが、まずは下書きからだ。

「えへへ。なんか自分がモデルって、きんちょーするね」

照れくさそうに笑う先輩。そんな風にモジモジされると描きづらいが、これはこれで可いのが悩ましい。

「でも本當に水彩で描くの? 油絵と違っての塗り直しができないから一発勝負になるよ?」

「油絵、描いたことないんです。水彩畫なら小學校の授業で習ったから」

うーん。我ながら素人まるだし。

ただ、一番の理由は別にあって、

「何より俺、水彩で描きたいんですよ。先輩が昨日見せてくれた水彩畫、とても綺麗だったから。あんな風にガツンと來る絵が描きたいんです」

「……あたしの絵なんて、たいしたことないよ……」

もごもごと、先輩は口ごもってしまった。

照れているのもあるだろうけれど――そこには、何か「遠慮」があるように見えた。

「先輩。ひとつ聞いていいですか?」

「うん。なあに?」

「あの荒木改め荒田っていう人とは、なじみなんですよね?」

「……だよ。家がお隣同士なんだ」

先輩の明るい表が、わずかに翳る。

「荒田って人は、ずいぶんすごいんですね。オリンピック級のボクサーで、しかも絵畫コンクールでいくつも賞を獲ってて」

「うん。コウちゃんは天才だから」

「ボクシングのほうは確かに。でも、絵の方は違うんじゃないですか?」

先輩は困ったように首を傾げた。

「何が言いたいのかな?」

「絵の方は、先輩がかなり手伝ってるんですよね?」

「ちょっとだけだよ。コウちゃんはボクシングで忙しいから、ほんのちょっとだけ」

「本當に? 実はほとんど先輩が描いてあげてるんじゃないですか?」

先輩は沈黙した。

地下書庫に重たい空気が満ちる。

長いため息が聞こえた。

「……そうだよ。先生も部員も、みんな知ってることだけど」

「公然のってやつですね。だけど、どうしてそんなことを?」

「そのほうが、宣伝になるからだよ」

先輩は力なく微笑んだ。

「この學校の方針はわかってるでしょ? 『天才學園』。帝開學園にはすごい天才たちがいるって、世の中に知らしめなきゃいけないんだよ。そのために必要なのは、あたしじゃなくてコウちゃん。武蕓両道の天才。その方が目立つし宣伝になる。ボクシング部や學校とも話し合って、そういうことになったんだよ」

「なるほどね」

ブタが支配するこの學園らしい偽裝(プロデュース)である。

派手な容姿とボクサーとしての才能・実績を持つ荒田を「天才畫家」に仕立て上げたほうが、耳目を集めるニュースになるということだ。

だが、本當にそうだろうか?

「俺は、先輩のほうがいいと思いますけどね」

「駄目だよ、あたしなんて」

「あの素敵な絵を描いたのは先輩みたいな可い人だって、世間が知ったら」

「だめだよっ!!」

先輩は大聲を出した。

自分で自分の出した聲に驚いているような顔を見せた。それから、うつむいた。

「……だめだよ。あたしみたいなドンくさい子じゃ、だめだよ。瑠亜さんみたいに綺麗で可い子だったら良かったけど、あたしじゃ、だめ」

俺は靜かに聞いた。

「それは、本當に先輩の意見ですか?」

「…………」

「子供の時から、ずっと、そんな風に刷り込まれてたんじゃないですか? 『コウちゃん』に。先輩を自分の言いなりにするため、ずーっと、そうやって言い聞かせてたんじゃ?」

毒親やDV夫が、子供や妻を支配するためによくやる手。「お前にはなんの取り柄もない」「俺がいないと駄目なんだ」そんな風に刷り込んで洗脳する。

人間は計畫的に、あるいは無意識に、そういうことをやる。

醜い生きだ。

だけど、彼は違う。

「コウちゃんもね、優しいところがあるんだよ」

消えりそうな聲で、先輩は言った。

「小一の時、公園で仲間外れにされてたあたしの手をひいて、仲間にれてくれたの。とても、嬉しかった。嬉しかったの……」

「『コウちゃん』が優しかったことは、他にありますか?」

「あるよ? えっと、えっと……」

先輩はしばらく「えっと」を繰り返した。

何も出てこなかった。

また、力なく笑った。

「……あは、思い出せないや……」

「描きます」

おしゃべりで中斷していたスケッチを、俺は再開した。

「だから、先輩。笑ってください。そんな力のない微笑みじゃなくて、昨日見せてくれた満開の笑みを。世界一可い笑顔を」

絵を褒めた時に、笑ってくれた先輩の顔は――とてもまぶしくて。

あの笑顔なら、この地球のどんなにも勝る。

「ほんと、和真くんは大げさだなぁ」

すん、と先輩は鼻をすすった。

「そんなこと言われたら、笑えない……涙が出てきちゃうよ……」

それから五日が経過した。

ましろ先輩には、毎日放課後に30分だけ時間を割いてもらった。先輩は先輩で帝皇戦の準備があるのだ。スケッチが終わってしまえば、ずっとモデルを見ていなくても良い。もう水彩でを塗る段階にっている。

勝負の日である月曜、その前の夜――。

日曜の學校に居殘って作業をしていた俺のところに、來客があった。

の著流し姿。

足音も立てず、ゆらりと地下書庫に現われたのだ。

「やっほ~。和(かず)くん~」

いつもながらの、呑気な聲。

我が師匠にして十傑筆頭、高屋敷羅(たかやしき・みら)である。

「こんばんは師匠。どうしたんですかこんなところに」

「ちょっとね~。なんか、瑠亜ちゃんと絵の勝負するって小耳にはさんだから~。それがそうなの?」

俺の前にあるキャンパスを見つけて、近寄ってきた。

「どれどれ。ちょっとはいけ~ん。……………………っ!??!!?!?」

絵をひと目見るなり、師匠は絶句した。

しばらく魅られたように固まっていた。

「………………。この絵の、タイトルは?」

「『笑顔』」

「なるほどね。キミってやつは、まったく……もう、まったく……なんて、なんて……」

師匠はさかんに首を振っていた。

「実はね、今日は〝警告〟に來たの~」

「はあ」

「昨日、スイスから五人の傭兵さんが國したのよ。大きなサーフボードと一緒にね~。空港の稅関は何故かのーちぇっく~。わざわざ前が手を回してたみたい」

「サーフィンを楽しみに來日したわけじゃなさそうですね」

師匠は頷いた。

「瑠亜ちゃんの格は知ってるわよね~? すっごい負けず嫌い。そして手段はえらばな~い。しかも今回は和くんとの復縁がかかってるんだもん。何がなんでも100%勝つつもりよ~」

「もし、負けたら?」

「そのときは、サーフボードの〝中〟が火を噴くんでしょうね~」

あのブタなら、そこまでやるだろう。

「五人ともプロ中のプロよ~。今回ばかりはいくら和くんでも無理だと思うわ~。キミ一人ならいくらでも生き殘れるだろうけど、部の子たちまで守り切るのは無理~」

「やってみなきゃわかりませんよ」

師匠は小さなため息をついた。

「ま、和くんならそう言うと思ったけどぉ~」

「不肖の弟子で、すみません」

素直に謝った。この人にはいつも迷のかけ通しである。

「今日、ここに來たことは瑠亜ちゃんには緒ね~?」

「わかってます」

「それから〝忘れ〟をしていくけれど。それも、緒ね~?」

「……?」

奇妙なことを言い殘して、師匠は去って行った。

地下書庫に殘されたのは、師匠の髪から漂う桜の殘り香と、そして――。

「……!」

ひとふりの、杖。

白木(しらき)でこしらえた長杖が、り口の扉の橫に置かれていた。

手にとってみる。

見た目以上にずっしりと重い。懐かしいだ。十傑として現役だった時、こいつに何度死地を救われたことか。

その名を――〝孤狼(ころう)〟。

俺の相棒である。

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