《【書籍版8/2発売】S級學園の自稱「普通」、可すぎる彼たちにグイグイ來られてバレバレです。》47 「あなたとなじみってだけでもイヤなのに!」「あわわ」
劇の幕は下りた。
敗北した五人の傭兵は、高屋敷家のSS、黒服たちによって引き取られた。氷上零が連絡してくれたようだ。「ブタのお守りも大変だな」と聲をかけると、「おしごとだから」という簡潔な答え。たまに口を開くと可いな、こいつ。
部員たちへの説明も黒服が行ってくれた。「これは高屋敷家が、帝皇戦の余興のために用意している寸劇です」「練習に付き合ってくださってありがとうございました」。部員たちはみんな「そんなわけないやろ……」みたいな顔をしていたけれど、誰も異論を挾まなかった。高屋敷家が白いと言えばカラスも白いのだ。
さて――。
肝心のブタさんはというと。
「……カズ……」
ケリがついた後も、ぷるぷる震えていた。俺をにらみつけている。いよいよ自分で戦うつもりか? ならばけて立つ。護団や畜産農家から非難されても、しばき倒す準備がある。
「カズ。アンタの本心、わかったわ」
暑苦しい顔を近づけてた。
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やるか? やんのか? 言っておくが俺はお前をと思っていない。男平等パンチならぬ男ブタ平等キックが炸裂するぞ?
「カズってば、カズってば――やっぱりアタシのこと、チョー☆絶☆しちゃってるのね!!!!」
…………。
…………こいつ、ついに妄想と現実の區別がつかなくなって…………。
「だってだって、アタシの絵をあーんな大事そうに抱えて戦うなんて! よっぽど気にってくれたのねッ!! だったら言ってくれればいいのに! 本をいくらでも見せてあげるわよ♥ ……ああでも駄目! これ、OKって意味じゃないから。一線は越えちゃだめ! 結婚するまで清いでいましょ?」
「…………」
クネクネしながら頬を赤らめるな。鬱陶しい。
ていうか。
俺、お前の絵を思いっきり弾よけにしてたんだけど……。
ブタさんズアイにはそんな風に映っていたのか。
勝ち誇るブタさんは、戦いの衝撃覚めやらぬましろ先輩に言い放った。
「可哀想に。アンタってば、アタシたちの仲を深めるダシにされちゃったわね。ラブコメでいう當て馬ヒロインってやつ? アワレwww 負け犬www すべり臺決っ定www」
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ひとりでってろや。
まぁいい。ブタの解釈に首を突っこもうとは思わない。夢を見るのは勝手だ。こっちが付き合う義理はないが。
ひとり満足して帰っていったブタさん。
黒服たちも撤収し、部員たちも帰宅して――。
部室に殘されたのは、俺とましろ先輩、そして荒田興二の3人だけになった。
「…………」
荒田は未だショックから立ち直れないようだ。
素人同然と侮っていた俺に絵で負けて、さらに超常バトルを目の當たりにしてしまった。オリンピックを期待される拳闘士(ボクサー)として、己の「強さ」には並ならぬ自信があっただろう。その鼻をへし折られたのだ。おまけに名字まで変えてびたブタさんは自分を置いてさっさと帰っていった。すでに用済み。もうブタが興味を示すことはないだろう。
床に膝をつき、うなだれているその橫顔からは、魂が抜けているようだった。
「コウちゃん……」
そんななじみを見つめるましろ先輩の中は、複雑だろう。
元來、優しい(ひと)である。
俺は彼に絶縁を勧めたけれど、そう簡単に斷ち切れるものじゃないのはわかってる。なじみ。そう簡単になかったことにはできない。人間、すぐには変われない。俺が絶縁できたからといって、他人もそうできるとは限らない。人にはそれぞれ事があり、背負うものがあるのだから。
「先輩。俺はこれで帰ります」
立ち盡くす先輩の肩を叩いた。
「かず、くんっ……」
彼は切なげなまなざしで俺を見上げた。置いていかないで、ひとりにしないで、とその目が語っている。
こんな可い先輩を、俺だって置いて行きたくはない。このまま連れて帰ってしまいたい。
だけど――。
「これからどうするかは、先輩次第です」
「あたし、次第?」
「そうです。こればっかりは誰にも口出しできません。先輩の自由にしてください」
「自由って言われても……」
先輩は迷うようにまつげを伏せた。
「ですよね」
俺は微笑みかけた。
「自由って、良いことばかりじゃない。リスクだってある。今日みたいにわけのわからない戦いに巻き込まれることもある。命が惜しいなら、黙って飼われるままっていうのもひとつの生き方です。その方が賢いかもしれません」
だけど――。
「俺は、それでも自由が好きです。自由な人が好きです」
「……!」
「俺に絵を教えてくれて、ありがとうございました」
お禮の言葉とともに、頭を下げた。
心から謝していると、こんな風に自然と頭が低くなるんだな――。
◆
ましろ先輩とそのなじみを殘して、部室を出た。
もう話す機會はないかもしれない。
一緒に絵を描くこともないだろう。
ちょっぴり寂しいけれど――それもしかたがない。
心の中で、もう一度禮を言った。
ありがとう。
可い先輩。
ほんのひととき、俺に「普通の部活」を味わわせてくれて――ありがとう。
◆
翌日の晝休み。
今日のランチは、地下書庫で甘音ちゃんと。
聲優業で忙しいなか、彼が作ってくれた特製の鮭バターおにぎりをいただいている。前に「味しい」と言ったら、しょっちゅう作ってきてくれるようになった。食費が浮いて助かるけど、甘音ちゃんのファンが聞いたら怒り狂うだろうな……。
「じゃあ、結局部にはらなかったんですね」
「ああ」
今朝、部長のところへ挨拶に行った。部しないことを告げると、あからさまにホッとした顔をしていた。昨日みたいなことがあれば當然の反応……なんだけど、ちょっと傷つく。
やっぱり俺、「普通」は無理なのかな……。
ちなみに、部員がブタさんからけ取った一億のワイロは全員返還したらしい。絵の勝負はうやむやになってしまったし、さすがにけ取れないと思ったのだろう。
「涼華會長には悪いことしたよ。せっかく部活を勧めてくれたのに」
「いいじゃないですか。部活なんかしなくって。一緒にいられる時間、減っちゃいます」
なんて言いながら、甘音ちゃんは俺の左腕を引き寄せて著してきた。
「そんなんされたら、おにぎり食べにくいんだけど」
「だってだって、最近全然『和真ぱわー』が足りてなかったんだもん。花火大會も、結局邪魔がっちゃいましたし」
ぴたっ、と俺の肩に肩を寄せて。
髪から漂う甘い香りが鼻をくすぐり、かられる甘い聲が耳をくすぐる。
「だから、ね? 和真くん……」
「しょうがないな」
そんな潤んだ目で見つめられると、弱い。
口の中のおにぎりを呑み込んでから、彼の顎を持ち上げて――。
「おじゃましまーす!」
唐突に地下書庫の扉が開いた。
ってきたのは、ふわふわ綿菓子みたいな髪の。
ほんわかとした笑みを浮かべる彼の名は――。
「ましろ先輩?」
「はいっ、ましろですよー」
にこにこしながら歩み寄ると、著していた俺と甘音ちゃんをぐいと分けるように離した。
「どうしてここへ?」
「部、辭めてきたの!」
……え?
「あ、でも絵を描くのはやめないよ? フリーの立場で、帝皇戦の展覧會に出品するつもり。で、その絵のモデルに和真くんになってもらおうと思って!」
そう言いながら、先輩は持ってきた畫材れを広げ始める。
「昨日の勝負では、かずくんがあたしの絵を描いてくれたでしょ? だから今度は、あたしがあなたの絵を描こうって思って」
「……はは、なるほど」
それが、先輩の選んだ道ってわけだ。
再びドアが開いた。
今度は荒田興二である。相を変えている。俺や甘音ちゃんには目もくれず、もつれる足でましろ先輩のところへ駆け寄った。
「まっ、ましろ待ってくれ! 部辭めるってマジかよ!?」
「わ。荒田くん、報はやいね。もう知ってたんだ?」
答えながら、先輩は畫材を準備する手を休めない。てきぱき進めていく。
「あ、荒田ってなんだよ? やめろよ他人行儀な! 俺たちなじみだろ!? なあっ」
いっぽうの荒田は必死である。大の男がびるような聲を出して、小柄なにすがりついている。
「もう、あなたの絵は手伝えない。これからは自分の力で頑張って」
「ふ、ふざけるなよっ!! お前が描かなくなったら、オレの〝武蕓両道の天才〟って名前はどうなるんだよ!?」
結局、この男の本音はそれだった。
そんなけない男を、ましろ先輩はじっと見つめた。
はあっ、とため息を吐き出して、それから言った。
「もうつきまとわないで。あなたとなじみってだけでも嫌なのにっ!」
地下書庫のった空気が浄化されるかと思うほど、清廉な聲。
清々しいまでの〝絶縁〟であった。
言われたなじみ君のほうは「ああ、オレもだよ」なんて返しはしなかった。みっともなく床に餅をついて、「あぅ、あぅ、ああぅぅぅう」と赤ちゃんみたいな聲を発しながら痙攣していた。
哀れな彼の肩を摑んで、立たせてやった。
「聞きましたか先輩。あなたは絶縁されたんです」
「あわわ、あわわわわわわわわわ」
「このうえは、スポーツマンらしく潔い退場を。お帰りはあちらです」
扉を指し示してやると、とぼとぼと歩き出した。
出て行く時、未練がましくましろ先輩を振り返ったが――もう、彼は別れたなじみのことなど気にも留めず、真っ白なキャンパスに向かい合っていた。
これにて一件落著。
めでたし、めでたし――。
「いやいやいやいやいや!! ちょ、ちょっと待ってください!」
と、異論を挾んだのは甘音ちゃん。
悠々とスケッチを始めたましろ先輩に食ってかかった。
「勝手にってこられちゃ困ります先輩っ。ここはわたしと彼のお部屋なんですから!」
……え、そうだったの?
しかし、ましろ先輩はまったくじない。なんだか一皮むけたみたいだ。堂々としている。
「じゃあ、これからは三人のお部屋ってことで!」
「そっそんなのおかしいでしょ?」
「もう決めたもーんっ。ね、かずくーんっ」
ぎゅっ、と俺の腕を引き寄せる。
甘音ちゃんはそれを見て絶句した後、天井を仰いでんだ。
「ああんもおおお!! またライバルが増えてますうううううううううううっっ!!」
……はは。
なんか、ますます俺の周りが修羅場になってる気がするけれど。
まぁ、これも自由の代償ってやつ……なのだろうか?
その時、みたび扉が開いた。
ってきたのは、銀髪の生徒會長こと、胡蝶涼華さん。
二人のの子に両サイドを挾まれている俺を見て、こめかみをひくつかせている。
「和真君……。私、部活にれとは勧めたけど、新しいの子をゲットしてこいと言った覚えはないわよ?」
「いや、これは別にそういうつもりじゃ」
なんて言ってはみたものの、甘音ちゃんもましろ先輩も、俺の腕をぎゅっと摑んだまま離そうとはしなくって。
我ながら、説得力皆無。
「部長から話は聞いたわ。部でも大変な〝ご活躍〟だったそうね?」
「……すみませんでした」
素直に謝った。この人には俺を責める権利がある。
先輩は首を振った。
「既存の部活を勧めたのがそもそもの間違いだったかもしれないわね。貴方を枠にはめようとしても、無駄なのに」
次に彼が言い放った言葉は――意外なものだった。
「もう、こうなったら最後の手段よ。オリジナルの部活を、自分たちで作りましょう」
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