《【書籍版8/2発売】S級學園の自稱「普通」、可すぎる彼たちにグイグイ來られてバレバレです。》4 最初の火花

二十分ほど並んで、ようやくプールのあるドームることができた。

俺といっちゃんは男子更室を出て、売店近くのパラソルの下に座る。他の三人とはここで待ち合わせすることになっている。の子は男より著替えに時間がかかるのだ。

今日はよく晴れている。明な天井から、雲ひとつない青空と太が拝める。ガラス張りのドームになっているおかげで、室溫は汗が噴き出さない程度の暑さに保たれていた。

気分は真夏。

ぱーっとになりたいところだけど、水の中にるまでパーカーはげない。俺には人前でげない理由があり、育の時もこそこそ壁を背にして著替えている。彩加には一度、見られてしまっているけれど。

その悩みは「彼」も同じである。

「ぶー。つまんないなー。ボクも和にぃと泳ぎたいなー」

著替えなかったいっちゃんは、俺のそばにくっついてぶつぶつ言ってる。こてん、と頭を俺の肩に乗っけてくる。他の三人がいないうちに、思う存分甘えようってことらしい。

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「それは承知でついてきたんだろ?」

「だってセンパイたちに先越されるの、不安だし」

白鷺家は歴史のある古い家柄である。

逆子(さかご)で生まれた子は、十八歳までは男子として生きねばならない。さもなくば一族全に不幸が降りかかる――みたいな話を、以前聞かされた。そういう迷信に従わなきゃいけないのが、演劇部の花形スター・白鷺イサミの立場だった。

「実はね、和にぃ。この下は水著なんだよ」

「ふうん」

視線をやると、ウインドブレーカーを羽織ったTシャツ越しに、うっすらと水の生地が見えた。

「まぁ、最近は男用のブラジャーもあるっていうしな」

「水著だってば、もう!」

服がオーバーサイズなせいで、ぱっと見はその見事なふくらみがわからないけれど――こうして著すれば、當然、伝わってしまう。

「ねぇ、和にぃ?」

いっちゃんは俺の右腕を引き寄せると、そのセンシティブな水をぷにっと押しつけた。

「センパイたちが來るまで、誰もいないところに行こ?」

「…………」

「泳げないなら、せめて、水著見てしいよ。……お願い」

そんな切なげな表をされると、水著でなくとも、の子だと周りにバレてしまいそうなんだが。

「わかったよ。行こうか」

「……えへへ。和にぃだーいすきっ」

見た目男同士で腕を組んで歩き出した。周りからじろじろ見られてしまうけど、先進的カップルということで良いだろう。これからの普通(スタンダード)を世間に示しているだけ――と、自分に言い聞かせる。

プールサイドを歩いていると、南側にある人だかりから、大きな歓聲が沸き起こった。

「あそこ、なんだろう」

「野外ステージみたいだね。イベントとかやってるのかな?」

アイドルのライブか? もしくはダンスか?

それにしては、音楽が鳴っていない。

代わりに聞こえるのは「シッ!」「シッ!」と息を吐き出す音と、革がれる音、そしてを叩くような打撃音だった。

まあ、つまりボクシングジムやフルコン空手の道場みたいな音がしているわけで――。

「例の清原っていう兄弟かな。畫撮ってるのか」

「いいから、行こ?」

俺の腕を引っ張っていこうとしたいっちゃんの肩が、前から歩いてきた男の肩にぶつかった。

「ごめんなさい!」

謝ったいっちゃんの表におびえが走った。

目の前にいたのは、今話に出たばかりの清原三兄弟、その一人だった。

背の高さからして、おそらく三男だ。

「あら殘念。興味ないかな、オレらのこと」

甲高い聲だった。

に染めたパンチパーマ。

日焼けした素に無造作に羽織った柄シャツ。

高価そうなネックレス。

ここまでは典型的な「深夜のド○キにたくさんいる人」なのだが、ここからが非凡だった。

異様に太い首。

ゴツゴツした耳と、低く潰れた鼻。

顔には無數の傷がある。

にっと笑ったから覗く前歯が不自然に白い。

部活やスポーツで格闘技をやっていても、こうはならない。

格闘技を「職業」としてやりこんだ人間の貌(かお)だった。

両脇にはグラビアアイドルみたいな二人のを連れて――いや、従えている。あざとすぎる紐のようなビキニからは、気よりも下品さをじる。そういうを、アクセサリー代わりにぶらさげる男のようだ。

「オレは興味あるんだけどなぁ。君のこと」

「えっ? あ、あの……ボク、男なんで」

苦笑いしながら後ずさろうとしたいっちゃんに手がびて、Tシャツの衿(えり)を摑んだ。

「キャッ!」

その悲鳴は、まぎれもなく、か弱いの子のもの。

シャツがひっぱられたせいで、水に彩られた深い谷間が曝け出される。

「へへ……。そのでけーで、ボクオトコノコデスーは無理があんだろ。なあ、オレらの畫出てみたくない? 蕓能界にもコネあるから。な?」

ニタニタ笑いながら、今度はいっちゃんの手首を摑もうとする。

……はあ。

しょうがないな。

「おっ? カノジョを守るナイトくん登場?」

おどけたように三男は言った。「こわーい、毆んないでぇー」。頭を抱える仕草をする。グラビア二人が、大きな聲で笑った。

毆るなんてとんでもない。

人気者らしいんで、握手してもらうだけさ。

俺は無造作に右手を突き出す。

男は、俺の手を払う。

パリング――。

打撃系の格闘では基本中の基本だ。

路上のケンカでは大げさなきで「かわす」輩が多いが、かえってスキができたり、転んだりする。相手の打撃は「いなす」「払う」のが基本。職業格闘家らしい、手堅いきだった。

だが、パリィするということは、手と手がれるということだ。

俺には、それで十分。

「っぐぅ!?」

男の手首を摑む。

男は當然、振りほどこうと、引っ張る。

その、人に元來備わっている反に「合」わせて、「気」を送り込む。

合気。

「おっ、重(おも)っ!?」

男の膝が地面につく。

そりゃ重いだろうな。

両肩に、俺とあんたの重が、まとめて乗っかっているようなものだから。

普通の相手なら、これで終わらせるところだけど――。

あんたは、駄目だ。

いっちゃんを怖がらせ、彼を覗いた罪は「重い」。

「っ、がふ!」

さらに気を送り込む。

男は前のめりに倒れ、をとることもできず、顎をガツンとコンクリートにぶつけた。

まだまだ。

「がふっ、がががふふふふふふふふふふふふふふふふ!」

手負いの犬のような唸り聲とともに、ぽたぽた、よだれが落ちる。顎のが地面の上でひしゃげる。前歯がガリッとコンクリートを噛む。手首の関節が曲がっちゃいけない方向に折れ曲がっていく。

もうし「気」をれたら、格闘家はしばらく休業、二週間ほど左利き生活――。

というところで、パッと手を放した。

「ぐあう」

清原三男は地面に這いつくばったまま、ぜえぜえと息をしている。地面には染み出した汗がじわりと広がっていった。

これで今日、明日はおとなしくしているだろう。

「行こう。いっちゃん」

「う、うんっ」

いっちゃんの手を取って(もちろん普通に)、歩き出す。

呆然と突っ立っていたグラビア優二人が、あわてたように道を開ける。彼を助けたり介抱したりする様子はない。「アクセサリー」はそんなことをしない。異を惹きつけるといっても、その中々らしい。

地べたから聲がした。

「てめえ覚えてろ。兄貴たちにチクるからな」

「……」

なぜこの手の人種は、いつも同じ臺詞しか言わないのだろう。「覚えてろ」。そんなに記憶力が悪いと思われてるのだろうか?

――実はその通り。

最近、忘れが激しくて。

脳のメモリがもったいないから、秒で忘れた。

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