《【コミカライズ&電子書籍化決定】大好きだったはずの婚約者に別れを告げたら、隠れていた才能が花開きました》溫かな腕
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やや青ざめたシルヴィアの顔を見つめながら、マデリーンは怒りで歪ませた顔に不敵な笑みを浮かべると、手に纏わせた炎魔法にさらに力を込めた。鮮やかな赤い炎がごおっと音を立てて、マデリーンの手を覆うように燃え盛っている。マデリーンは、シルヴィアにさらにもう一歩近付いた。
「そうねえ。……あなたには、もうランダル様に振り返ってももらえないくらいに、二目と見れない顔になっていただくのもいいかもしれないわね」
マデリーンは、楽しげにそう呟くと、まるで獲を目の前に追い詰めた食獣のように、勝ち誇った顔でシルヴィアを見つめた。
「いいこと? ランダル様に長い間付き纏った、あなたが悪いのよ。今さら謝ったって、許してなんかあげないんだから」
シルヴィアは、怒りに任せて強い火魔法を発させているマデリーンを前に、どうしたらよいかと、必死に頭を巡らせていた。
(マデリーン様の仰っていることは無茶苦茶だけれど、どうやら本気で火魔法を使おうとしているみたいね。……彼のところまで、まだ多の距離はあるけれど、この狀況であの火魔法を避けるのは無理だわ。どうすれば……)
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その後に回復魔法を使うことを考えたとしても、相當の大火傷を負うことは免れなさそうな、マデリーンの手の上で勢いよく燃え上がっている炎に、シルヴィアの顔からはさらにの気が引いていた。
シルヴィアの腕を後ろ手に押さえていたマデリーンの取り巻きの友人たちも、マデリーンの浮かべているあまりに強力な火魔法を見て、さすがに狼狽え、顔を引き攣らせていた。
「マ、マデリーン様。それは、ちょっとやり過ぎなのではありませんか?」
「火魔法でし脅すだけだと、そういうお話だったのでは……」
マデリーンは、彼たちを鋭い視線で睨み付けた。
「黙りなさい。私に意見する気?」
マデリーンの迫力に抗えず、口を噤んだ取り巻きたちを満足気に眺めてから、彼はシルヴィアを、激しい怒りの籠った瞳で見つめた。
「あなたが顔に酷い火傷を負ったところで、自業自得だから。そうね……あなたは、不慮の火魔法の暴走事故に、不幸にも巻き込まれるの。ただ、それだけのことよ。絶対に、私に火魔法を使われたなんて言わないことね。もしもそんなことをしたら、あなたの家ごと、私の家から圧力をかけて潰してあげるわ」
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マデリーンがシルヴィアにそう言い終えるのと同時に、マデリーンの手からシルヴィアに向けて、燃え盛る激しい炎が走った。
(しまった……!)
その様子を目の前で見ていたランダルは、シルヴィア以上に青ざめてを噛みながら、マデリーンからシルヴィアに向かって放たれた炎を呆然として見つめていた。まさかマデリーンが、これほど強い炎魔法を、脅しではなくシルヴィアに直接用い、しかも躊躇いなくすぐに放つとまでは、ランダルも予想もしていなかったのだ。今更ランダルが火魔法を放ったところで、シルヴィアを助けるためにはとても間に合わないことは明らかだった。シルヴィアは、強い威力の火魔法を前にして、を竦めてぎゅっと目を閉じていた。
(シルヴィ……!)
シルヴィアを見つめ、頭を抱えたランダルの前で、目も眩むような強いが走った。
マデリーンの放った火魔法に、思わず目を瞑っていたシルヴィアは、じゅっという皮の焼けるような音と、髪の焦げる匂いをじてを震わせたけれど、自分ののどこにも、焼け付くような熱をじてはいないことに気が付いた。
(あれっ、熱くも、痛くもない……?)
閉じた瞼を通じてもじられた眩いと、包み込むような優しい腕のに、シルヴィアはそっと目を開いた。そこには、シルヴィアをマデリーンの火魔法から自らので庇うようにして、彼を両腕で抱きかかえているアルバートの姿があった。
(アルバート様のこの魔法は、の移魔法?)
シルヴィアは、アルバートの顔を見上げると、はっとして悲鳴を上げた。
「アルバート様! アルバート様のお顔が……」
シルヴィアを庇って火魔法をけたアルバートの顔を見て、すうっと青ざめたシルヴィアに、アルバートは何事もなかったかのように微笑み掛けた。
「大丈夫だ、何も問題はない」
マデリーンの火魔法をけて焼け爛れたアルバートの顔が、彼の回復魔法で、みるみるうちに白くらかなを取り戻していった。焦げた髪も、ふわりとを帯びると元通りの艶が戻っていく。
「アルバート様、私を庇うために?」
アルバートの顔を涙目になって見上げたシルヴィアに、彼は優しい笑みを浮かべた。
「あの火魔法を魔法で防ぐことも可能だったが、この距離では、火魔法に伴う熱までは完全に防げないからね。君に熱い思いをさせたくはなかった」
「でも、代わりにアルバート様が……」
「俺なら大丈夫だと、そう言っただろう」
シルヴィアを勵ますように、らかな手付きで彼の頭をでてから、アルバートは、シルヴィアに向けていたのとは正反対の、凍てつくような視線をマデリーンに向けた。
マデリーンは、突然目の前に現れたアルバートの姿に、すっかり顔を失っていた。
「あの、こ、これは……ちょっとした手違いで……」
「人に向かってあれほどの攻撃魔法を放つことが、手違いだとでも?」
マデリーンは、冷たい聲で答えたアルバートに向かって、瞳に涙を浮かべて必死に言い募った。
「お、お願いです! 見逃してください……!」
アルバートは、淡々とした口調でマデリーンに告げた。
「君もこの學校に學する時、一番初めに學んだはずだが。ここで學ぶ攻撃魔法は、決して同胞に向けてはならないと。……この規則を破った者に、例外は決して認められない」
「そ、そんなっ……!」
暗に退學を告げられて、絶の表を浮かべ、がくりと膝から崩れ落ちたマデリーンの両目から、とめどなく涙が溢れ出した。同じく青ざめているマデリーンの取り巻きの友人たちに視線を移すと、アルバートは口を開いた。
「君たちも謹慎処分だ。何か言い分があるのなら、謹慎処分中に、校則に則って申し出てくれ」
アルバートの言葉に大人しく俯いた彼たちとは対照的に、マデリーンはまだ諦め切れない様子で、アルバートに取り縋った。
「アルバート様、詳しくお話しすれば、きっとわかっていただけるはずですわ。退學になんてなったら私、お父様に何て言われるか……」
マデリーンの前に、その時小柄な人影が差した。マデリーンが見上げると、ユーリが彼のことを、怒りに満ちた鋭い視線で見下ろしていた。
「ユーリ王子……?」
「あのさ。もしかして君、これだけのことをして、まさか退學だけで済まされるなんて、そんな生溫いことを考えてるの? ……ねえ、君はさっきシルヴィに何て言ってたっけ。僕の聞き間違いじゃなければ、シルヴィの家を潰すとか言ってなかった?」
ユーリの言葉に、マデリーンの顔はみるみるうちに、さらに紙のように白くなった。
「君が退學になってからも、ちゃんと反省しないようなら、君の家との関わりなんて、こっちも一切斷つからね」
王家に睨まれたら、いくら侯爵家といっても一溜りもない。マデリーンの口からは、悲鳴ともき聲ともつかない響きがれた。
普段のらしい姿とは違い、まだいながらも威圧のあるユーリの姿にシルヴィアが目を瞠っていると、シルヴィアを振り返ったユーリは、安堵の表を浮かべて彼に抱き著いてきた。
「よかった、心配したんだよ! シルヴィ、教室の外に出て行ったまま、なかなか帰って來ないんだもの。アルバート先生と、慌てて探しに來たんだよ」
「ユーリ様、ありがとうございます。アルバート様とユーリ様のお蔭で助かりました」
「それからさ、シルヴィ。あともう一人……」
ユーリが、瞳をすっと目を細め、校舎の方を振り返った。アルバートも、ユーリと同じ方向に視線を向けていた。
「ランダル様……?」
シルヴィアが呟いた自分の名前に、ランダルは真っ青になってシルヴィアを見つめ返した。地面にへたりと座り込んでいたマデリーンも、驚いたようにランダルの姿を見つめていた。
アルバートが、冷ややかな瞳でランダルを眺めた。
「君はなぜ、シルヴィアを助けることなく、そこから彼のことをただ見ていたんだ? シルヴィアは、君の婚約者ではなかったのか?」
(……!)
アルバートの言葉を聞いて、傷付いたような、諦めにも似た表を浮かべたシルヴィアの姿に、ランダルは酷く狼狽えていた。
「ち、違うんだ、シルヴィ。僕は、君を助けようと思って……」
俯いたシルヴィアの表から、ランダルは、彼が彼に対して心を閉ざしてしまったことを悟り、の震えが止まらなくなっていた。シルヴィアは、顔を上げると靜かにランダルを見つめた。
「もう、終わりにいたしましょう。名目上だけ殘していた、私たちの婚約も」
「待ってくれ、シルヴィ……!」
ランダルの言葉に、シルヴィアはきっぱりと首を橫に振った。
「……ランダル様に、私が婚約の解消を願い出たあの時、名実共に、私たちの婚約は解消しておくべきでした。あの時に判斷を誤ったことを、私も反省しています」
ランダルは、今までにないほど必死の形相で、シルヴィアに向かって言い縋った。
「シルヴィ、僕は君のことをしているんだ、心から。頼むから、僕の話を聞いてくれ」
シルヴィアは、再度ランダルの言葉に首を橫に振ると、そのままランダルに背を向けた。アルバートは、シルヴィアのがまだし震えていることに気付くと、そっと彼のを抱き上げた。
「怖かっただろう、シルヴィア。もう大丈夫だ」
軽々とアルバートの腕に抱き上げられて、かあっと頬を染めたシルヴィアは、慌てて彼に向かって口を開いた。
「あの、私、歩けますから大丈夫です。これ以上、アルバート様にご迷をお掛けする訳には……」
「無理することはない。こんな時くらい、甘えてくれて構わないのだから」
優しくシルヴィアに微笑み掛けたアルバートの腕の中で、シルヴィアは、どきどきと早く打つ心臓の鼓を隠すかのように、きゅっと彼の服を摑んだ。
シルヴィアの窮地に駆け付けてくれて、さらには當然のようにを盾にして彼を守ってくれたアルバートに、シルヴィアは言葉で言い表わせないほどの謝を覚え、そして、それ以上に心を揺さぶられていた。
(アルバート様……大好き)
アルバートの溫かな腕の中で、シルヴィアは、彼に対する熱い想いが溢れ出しそうになるのをじながら、今だけは彼の言葉に甘えてしまおうと、そっとその広いにを預けた。
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