《【第二部完結】隠れ星は心を繋いで~婚約を解消した後の、味しいご飯とのお話~【書籍化・コミカライズ】》番外編 春宵に、はじめての①
今回の番外編は全2話となります
「改めて……婚約おめでとう、ウェンディ」
職場である王立図書館の控え室。
春を迎えてすっかりとも長くなり、まだ青さを殘す空の端へと靜かに夕日が沈んでいく。そんなしいが窓を通して、室を紅に付けている。
帰り支度をしながら、わたしはウェンディに言葉を掛けた。同じく帰り支度中のウェンディは、鏡からわたしへと顔を向け、恥ずかしそうに笑って見せた。
そんな彼の様子にわたしまで破顔しながらも、ふと奇妙な既視を覚えた。
不思議に思いながら記憶を紐解くと……そうだ、まだ冬で寒さも厳しかった頃。婚約を破棄する事になりそうだとウェンディに告げたのも、この控え室で帰り支度をしながらだった。
あれから季節も移り変わり、わたしも々と変わっていった。まさかノアと婚約をする事になるだなんて、あの頃のわたしに言ってもきっと信じられないだろう。
「ありがとう。何だか改まってそう言われると恥ずかしいわね」
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はにかむウェンディの頬が夕と同じに染まっている。
婚約が整ったとウェンディに聞いたのが數日前の事。そして今日、正式にシリウス・ラジーネ騎士団長との婚約が、王家からの祝福の意と共に大々的に発表されたのだ。
ウェンディの薬指にはしい指が嵌められている。
薔薇の紋章が刻印された幅広の指で、飾られている石は大振りのパパラチアサファイア。淡いピンクのその寶石はラジーネ領で採られたもので、団長からの婚約記念品だとウェンディが教えてくれた。をけて輝きのを変えるその寶石はウェンディの桃の瞳そっくりで、ラジーネ団長が彼の事を想って選んだという事が伝わってくるようだった。
ウェンディからはピンブローチを贈ったらしい。何でどんな形をしているのか聞いても、恥ずかしがって教えてくれなかった。毎日騎士服の襟元に著けているそうだから、今度お會いした時にはそっと見てみようと思っている。
「ウェンディは、お仕事はどうするの?」
「続けるわよ。シリウス様が退団なさって領地に向かう時には、辭める事になるけれど」
わたしは纏めていた髪を解いてブラシをれた。し絡まっている所は丁寧にとかして、高い場所で一つに結ぶ。著けていた髪飾りの紫を指先ででてから、それをケースにそっとしまった。
「寂しくなるわ。まだ先だと分かっているけれど」
「今すぐってわけじゃないもの、まだまだ一緒にお仕事が出來るわ。アリシアもまだ続けるのよね?」
「ええ、ノアもそれでいいって言ってくれているから」
結婚してからも仕事は続ける。それはノアと話し合って決めた事だ。
ノアは貴族としての社などは全くしない方針は変わらず、一生を騎士として過ごす事を決めている。アインハルト家もそれでいいとしているらしく、わたしが家にって社にを出す事もしなくていいらしい。
著替えてから春用の軽いコートに袖を通す。薄手のストールを首に巻くのに苦心してると、見かねたのかウェンディがそっと直してくれた。
ありがとう、と聲を掛けるとにっこりと微笑んでくれる。その笑みがいつにも増して輝いて見えるのはきっと気のせいではなくて。
幸せだというのが伝わってくる。それが嬉しくて、わたしの頬も緩むばかりだ。
「そういえば知っている? 司書の職に就きたいと志してくる方が増えているんですって」
「そうなの? 人が足りていないんだから良い事だわ。今までは志する人の話なんて聞かなかったもの」
「それがね、ほとんどの人をお斷りする事になるらしいわよ」
人が足りないのに?
不思議に思ってウェンディへ目を向けると苦笑いで眉を下げていた。彼が巻いている淡い緑のストールは、ウェンディの瞳も相俟(あいま)って春を切り取ったように可らしい。
「騎士団の面々とお近付きになりたいから、司書を志する方達ばかりだそうよ。わたしとあなたが騎士団の方と婚約を結んだでしょう? 家格の差で家を通しての婚約を申し込む事は難しくても、本人同士が好いているのなら婚約が葉う事を現しているからって。司書になれば自分も……なんてね。騎士団だけじゃなくて文として仕している方もその対象みたいだけど」
「うぅん……それはそうなんだけれど」
その理由が分からなくもない。
騎士団や文の方々はその大多數が貴族子弟ばかりだ。お近付きになるのが難しくても、仕事としてなら関わりが増えるのも間違いはない。
「私も結婚が出來るお相手を探していたから、その気持ちもよく分かるんだけれど。でもこの図書館の中では貴賤も優劣もない、でしょう? その在り方を理解してくれる方がってきてくれたらいいわね」
「わたしは本が好きな人がってきてくれたら嬉しいわ。……志する方々は面接でその(・・)理由を口にしたの?」
「そうみたいよ」
それは上司の顔も悪くなるわけだ。ここ最近やけに疲れた顔をしているのは、それが理由の一端だったのかもしれない。
わたしとウェンディは思わず顔を見合わせて、苦笑いを零していた。
ふと窓から空を見ると、すっかりとも落ちている。遠くの稜線がほんのりと金に名殘を殘すだけで、空はもう宵の。
「支度は出來た? 行きましょうか」
「ええ」
わたしは鏡でイヤリングを確認してから頷いた。
玄関への道すがら、唯一明かりの燈された事務室には上司や館長ら數人が殘っている。疲れた顔をしながらも笑顔で見送ってくれるのもいつもの事。
図書館を出ると春の風が髪を拐う。そんな優しい夜空の下、わたし達を待っていたのはノアとラジーネ団長だった。
いつも停められているラジーネ家の馬車はなく、団長は柵にもたれるように立っている。
前髪を下ろして眼鏡姿のノアがその近くにしゃがみこんでいて、二人は談笑しているのか笑い聲が風に乗って微かに屆いた。
ちらりとウェンディを窺うと、不思議そうにその桃の瞳を瞬かせている。
そう、いつもはラジーネ家の馬車がいて、ウェンディをお屋敷まで送り屆けてくれるのだ。
「お疲れさま、二人とも」
わたし達の戸いも気にせずに、ラジーネ団長はいつものように穏やかな笑みを浮かべて聲を掛けてくる。
「アインハルト達を見習って、たまには歩いて帰るのもいいかと思って。足が辛かったらすぐに馬車を戻すけれど……」
「いえ、嬉しいです。いつもより長くお話できますね」
ウェンディの言葉にほっとしたように団長が笑みを深める。そんな表を見たのは初めてだった。きっとウェンディを前にしてだから見せる顔。穏やかなのに、その眼差しには熱が宿っているようで、真っ直ぐにウェンディに向けられている。
団長のジャケットの襟元にはしい琥珀があしらわれたピンブローチが飾られていた。
「じゃあ、また。二人とも気を付けて帰ってね」
「お疲れさまです」
団長は手を振って、ウェンディは頭を下げて春宵の道を歩いていく。
いつの間にかわたしの隣に來ていたノアと共にその背中を見送った。促されたのかウェンディが団長の腕に手を添える。楽しげに二人が笑うのが伝わってくる。
それが自分でも驚くくらいに嬉しくて、わたしは二人が角を曲がるまでずっと見つめていた。
その背が見えなくなって、れた吐息が春空に消える。不意に頬を突つかれそちらを見ると、ノアが悪戯に笑っていた。
明日も午前8時に投稿します。
どうぞ宜しくお願いいたします。
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