《【第二部完結】隠れ星は心を繋いで~婚約を解消した後の、味しいご飯とのお話~【書籍化・コミカライズ】》2-9.心は傍に

涙に濡れた顔を上げると、ノアがわたしを見つめてくれていた。夕星の瞳に映っているのはわたしだけで、それが何だか無に嬉しくて。

低く笑ったノアが指先で、わたしの目元を拭ってくれる。その優しい指先を離したくないと思った。

「悪ぃ、思ってた以上に會えなかった」

「ううん……事は聞いているから。大丈夫? 朝早くから遅くまで任務に就いているって」

「ああ。力的に辛いとかはねぇんだが、お前に會えないのは辛かった」

「……それは、わたしも一緒だったわ」

真っ直ぐな言葉がに響く。ノアが本當にそう思ってくれていると、伝わってくる。

もう充分過ぎる程にを寄せているのに、もっとれたくなって抱き著く腕に力を込めた。

嬉しそうに笑ったノアが、わたしの髪に口付ける。髪から髪飾りへ、それから耳元のイヤリングをで揺らす。ささやかな音にさえドキドキしてしまうのも、きっとノアには伝わっている。

「朝から夜までずっと王様と一緒だって聞いたけど?」

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「ああ。……何だか棘がある聲だな?」

「そうかしら。だって……もやもやするのは仕方ないでしょ。あんたの事が好きなんだもの」

「お前は……何だってこういう時間のねぇ時に素直になるかな」

大袈裟に溜息をついたノアに、反論をしようと思った。だってやっと會えたのに、意地を張ったりしたって仕方がない──

紡ごうとした言葉は、呼吸と一緒にノアのに吸い込まれた。

れ合うから、彼の熱が伝わってくる。

抱き締める腕の力強さが、わたしを好きだとんでいる。

の奧が苦しくて、切なくて、縋るように抱き著く以外に出來ることなんてなかった。

ゆっくりとが離れていく。それでも間近に居てくれるノアの夕星が、を濃くしていた。

わたしの髪に頬をり寄せる仕草が、いつもよりもく見えるのはやっぱり彼も疲れているのだろうと思う。

エマさんに助けて貰ったとはいえ、ひとりでもやもやしてヤキモチを妬いて……ノアだって辛くなかったわけがないのに。

「もうしで任務も終わる。長い休みをもぎ取ってくるから、そうしたらお前とのんびりしてぇ」

「いいわね。エマさんが、味しいワインがったから飲みに來てって言っていたわよ」

「あー飲みてぇ。……なぁ、俺が護衛任務につく事でお前に嫌な思いもさせてると思うんだが。俺はお前に顔向け出來ねぇような事は一切していないし、俺の心はいつだってお前の傍にある」

ノアの手がわたしの頬を包み込む。し固い、剣を握る手が暖かい。

真っ直ぐに見つめながら紡がれた言葉はどこまでも真摯で、その言葉を疑うなんて欠片ほども出來なかった。

「嫌な思いというか、ヤキモチは妬くけれど……ノアの気持ちを疑ってなんてない。會えないのが寂しくて、わたしじゃない人があんたの隣にいる事が嫌だっただけなの」

お仕事だって分かっているのに。

わたしの言葉に頷いたノアは、またれるだけの口付けをくれた。口元が笑み綻んで、これは──アインハルトという騎士ではなくて、わたしだけのノアの笑顔だ。

それが嬉しくて、またぎゅっと抱き著いた。

「そういえばよく抜け出してこられたわね。お仕事は大丈夫なの?」

「俺以外は代制だからな、人手はあるんだ。今は、ラルスとぶつかった拍子に足を捻ったから醫務室へって抜けてきた」

そこまでしないと離れられなかったのか。

改めてノアの置かれている環境が過酷なようで、心配に眉が下がってしまう。

「本當ならそのまま治療の為に休暇にる……ってやるつもりだったんだが。そんな事を言ったらされそうだって、王太子殿下が助言をくれてな。こうしてし抜け出す以外に出來なかった」

「殿下もこの事を知っているの?」

「ああ。使節団を迎えるにあたっての責任者でもあるからな、今回の事にはだいぶ頭を痛めているらしい。アンハイム側にも掛け合ってくれてはいるが……王太后様がアンハイムの出で、カミラ王殿下を殊の外(ことのほか)に可がっているそうなんだ。その辺も絡んで中々難しいみてぇだな」

「そうなの……」

それならもう、あと數日を耐える以外にないのだろう。

わたしとしてもノアがされるだなんて考えたくもないもの。……噓。ちょっと考えてしまって、泣きたくなるくらいに辛い。

「でも上手く抜け出せて良かった。やっと會えたしな」

「わたしも……ずっと會いたかったから嬉しい。會いに來てくれてありがとう」

ノアがまたわたしをきつく抱き締めてくれる。ずっとこうして居られたらいいのに。

ここを出たら、またノアは王様の護衛に向かわなければならない。やっぱりちょっと辛いけれど……でも、うん。大丈夫。

──コンコンコン

「アインハルト、そろそろ戻らないとやばいぞ」

扉向こうから掛けられた控えめな聲に、ノアは大きく舌打ちをしてから盛大な溜息をついた。「行きたくねぇ」なんて呟くから、「行かないで」なんて言いたくなってしまう。

それを何とか飲み込んで、わたしはゆっくりと手を落とした。

「そうそう、忘れるところだった。今日はこれを屆けに詰所に行こうと思っていたんだけど……マスターの作ったクッキーよ。エマさんがくれたの」

「ありがとう。早くお前とのんびり飯でも食えたらいいんだけどな」

「もうしよ。お互い頑張りましょ」

宥めるように聲を掛けると、渋々といった様子で腕檻が開かれた。そんなノアの姿を見られるのは、わたしだけなんだろう。

わたしがバッグから取り出したクッキーをけ取ったノアと、手を繋いだ。扉までの短い距離でもれていられるのは嬉しい。

ノアが扉を開くと、憑れ掛かっていたのかラルスさんが倒れ込みそうになっている。よろけても寸でのところで持ちこたえたラルスさんは、まじまじとノアを見つめてから、何やらにやにやと笑いだした。

それに気付いたノアが怪訝そうに眉を寄せる。

「何だ」

わたしに向ける聲じゃない。アインハルトとしての、固い聲。

「いやぁ? 隨分とらかい顔になったなぁと思って」

「當然だろう」

「あ、そうですか……」

二人の掛け合いが面白くて、思わず笑ってしまう。そんなわたしの頭をぽんとでてから、ノアは一歩足を進めた。

「アリシア、また」

「ええ。お仕事頑張ってね」

肩越しに微笑みかけてくれるノアと、大きく両手を振っているラルスさんを見送ってからわたしも帰る事にした。

外に出て、見上げた空はもう夜の。風に宿る夏の気配を大きく吸い込んでから、わたしは足取りも軽く帰路についた。

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