《【第二部完結】隠れ星は心を繋いで~婚約を解消した後の、味しいご飯とのお話~【書籍化・コミカライズ】》2-11.カミラ王
出來れば近付たくないのだけど、その一団がカウンターの前に居るから近付かざるを得ない。
カウンターの中に居る同僚は、困ったように視線を周囲に彷徨わせている。わたしとウェンディはお互いにひとつ頷いてから、カウンターへと歩を進めた。
「カミラ・アンハイム王殿下にご挨拶申し上げます。ウェンディ・ラジーネと申します」
「同じくご挨拶申し上げます。アリシア・ブルームと申します」
わたし達は膝を折り、に手を當てて挨拶の禮をした。
れの音がして、王様が近付いてきているのが分かる。何だかひどく張してしまって、細く長い息を吐き出した。
「顔を上げて。お仕事の邪魔をしてごめんなさいね」
可憐で涼やかな聲が耳を擽る。言われるままに顔を上げると、王太子殿下がわたし達と王殿下の間に割り込んでくれた。
肩越しに振り返ると、カウンターを指差してくる。
「君たちは業務に戻って構わない。カミラ、もう図書館はいいだろう? 戻ろう」
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ジーク王太子殿下とカミラ王は縁戚にあたるから、その言葉は親しいものだった。
それでも王太子殿下の聲に疲れが滲んでいるのは、きっと気のせいではないだろう。
わたしとウェンディはもう一度頭を下げてから、カウンターの中へとった。れ替わるように出てきた同僚は張からか顔を青くしている。怖かった、と吐息じりに零れた囁きに頷く以外は出來なかった。
わたし達がカウンターの席に著いても、まだ一行はそこに居るままだ。利用される方々も遠巻きにこちらを見ていて、わたし達もどうしていいのか分からない。
「何か図書館の視察で、足りないところがありましたでしょうか」
事務室からやってきたのは顔を悪くした上司だった。今日は館長がいないから、上司が出てくることになったのだろう。その表からしても、王様がこちらにいらっしゃるのは予定外の事だったみたいだ。
「そうね、本を借りたいの。そこのあなた……アリシアさんと仰ったわね。何か本を選んで頂戴」
「本ならあるだろう。何もここで借りなくても」
「わたくしはアリシアさんの選んだ本が読みたいの」
大きな溜息をついたジーク王太子殿下が振り返る。わたしは立ち上がってカウンターから出る事にした。心配そうなウェンディに、大丈夫だと頷いて見せる。
「ブルーム嬢、お願い出來るだろうか」
「かしこまりました。どのような本をお探しでしょうか」
本の案をするのも司書の務めだ。
わたしがどんなを持っていようと、本を求めている人にはしっかりと応えたいと思う。
王様の向こうでは護衛任務にあたっているラルスさんが、両手を顔の前で合わせているのが見えた。ごめん、と口がいている。
「小説がいいわ。騎士(・・)とのロマンス小説なんてある?」
「……ご案します」
笑みが引き攣っていないか心配になるけれど、小説の棚に案すべく足を進めた。
王様を先頭に、護衛任務の騎士の方々、王太子殿下もついてきているようだ。カウンターの前が空いて、しほっとした雰囲気になったのを背中でじていた。
それにしても、騎士とのロマンス小説を、わたしに選ばせるというのは……やっぱり含みがあるのだろうか。
わたしが、ノアの婚約者だというのを知っているのかもしれない。
何だかもやもやするのをじながらも、わたしは意識して背を正し、歩を進めた。
「こちらの棚が小説の場所になります。騎士とのロマンス小説ですが……こちらはいかがでしょう。騎士と舞臺優のを紡いだお話でして、古典歌劇の演目も使われているので楽しめるかと思います」
「そう、ではそれを借りるわ」
差し出した本は控えていた侍の方がけ取った。
本を選んでしいと言った割に、あまり本に興味をもっているようには見えないのだけど……。
でもまぁ、頼まれた事はこれで終わりだ。
そう思ったのに王様がわたしの事をじっと見つめているから、その場を離れる事が出來なかった。
どうしたらいいのかとラジーネ団長に目を向けると、意を察してかわたしと王様の間にろうとしてくれる。その時だった。
「あなたがアインハルトの婚約者ね」
やっぱり、そういう含みを持って図書館にいらっしゃったのだ。
「はい」
「あなたに酷な話をするのだけど……わたくしね、アインハルトを連れていきたいの」
「カミラ、その話はもう終わっただろう。アインハルトに國を離れるつもりはない」
わたしが何かを口にするよりも早く、王太子殿下が苛立ったような言葉を放つ。
もう帰るぞ、と王様の腕を引くけれど、王様はその手を振り払い、手にしていた羽の扇をゆっくりと広げた。
それを口元に寄せながらくすくすと笑う姿は、お人形のようにしいのに……し怖い。
「わたくしが輿れするのは知っているでしょう? 祖國を離れるのが寂しいから、せめてわたくしの周りはお気にりのもので満たしたいんだもの」
當然とばかりに王様が言葉を紡ぐ。
その言葉が欠片も理解出來なくて、どうしていいのか分からなかった。
「お前の我儘を許してきた周りにも問題があるな」
「ひどいわ、ジークお兄様。だってわたくし、可哀想でしょう? 好きでもない相手のところに嫁ぐんだもの。多のめがあってもいいと思うのよ」
「ブルーム嬢、カミラの言う事は気にしなくていい。ほら、行くぞ」
「もう、わたくしまだアリシアさんとお話が……!」
「しなくていい。周囲にこれ以上の迷を掛けるなら、今すぐアンハイムに送り返すぞ」
「意地悪ばかり言うんだから!」
ぷくっと頬を膨らませた王様が、一度わたしの方へ視線を向ける。その青い瞳が驚くほどに冷ややかで、背筋が震えた。
「またね、アリシアさん」
にっこりと微笑んだ王様は、侍と護衛騎士と一緒に去っていく。
頭を下げてその姿を見送りながら、何とも言葉に出來ないもやもやがの奧から広がっていくようだった。
「ブルーム嬢、あいつの言葉は全部忘れて構わない。迷をかけたな」
「いえ……」
ジーク王太子殿下に聲を掛けられて、何と答えたらいいのかも分からない。確かに驚いたし、困ったけれど……それを王太子殿下に零すわけにもいかないもの。
そんなわたしの心を読んだようにし笑った王太子殿下は、疲れた顔をしたラジーネ団長と共に王様の後を追いかけていった。
「……ラルスさんは戻らなくていいんですか?」
皆が去っていくのに、ラルスさんだけはまだ本棚の影に隠れている。苦笑しながら現れたラルスさんの隣から、ぴょこんとヨハンさんが顔を出すものだからわたしは驚きに息を詰めてしまった。
悲鳴をあげなくてよかった。
「いやぁ……中々ぶっ飛んだお姫さんだねぇ」
「ラルスさん、もうし言葉を……」
隣にはアンハイムから來たヨハンさんが居るのだから。
そう思って気まずくなっていたわたしと裏腹に、ヨハンさんも大きく頷いている。
「本當にそう思いますよ。カミラ様の我儘には困ったもんです」
「ヨハンさん、そんな事を言っていいんですか?」
「僕は別にカミラ様の臣下じゃないんで大丈夫です」
そういうものなんだろうか。
ヨハンさんがいいと言っている事に、これ以上わたしが何か言葉を重ねる事もないのだろう。
「アリシアちゃん、あんま気にすんなよ。あのお姫さんが何を言っても、アインハルトが連れていかれるなんて事はないからさ」
「ええ。そんな事はないと分かっているけれど……しびっくりしてしまって。ノアが居なくて良かったわ」
「な、俺もそう思う」
きっとノアの居る前で王様があんな事を口にしていたら、きっと彼は怒ったと思うから。
わたしのもやもやもじ取って、きっと気にしてしまうだろうし……そういう意味でもいなくて良かった。
「アリシアさん。アンハイムとしても余計な火種を作るつもりはないんです。カミラ様が何を言っても葉う事はありませんので……」
「ありがとうございます、ヨハンさん」
ヨハンさんまで気遣ってくれている。
大丈夫だと笑って、二人を見送ったけれど……あの二人はきっと、わたしを慮ってくれたのだろうと思う。
ふと本棚に目をやると、一冊の本が倒れていた。何冊か借りられて棚に隙間が出來たからだろう。
手にしたそれは──『迷宮』
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