《【第二部完結】隠れ星は心を繋いで~婚約を解消した後の、味しいご飯とのお話~【書籍化・コミカライズ】》2-18.味方
著替えて食堂に行くと、既に家族が揃っていた。
皆はワインを飲みながらお喋りを楽しんでいて、その朗らかな雰囲気をこれから壊してしまうのかと思うと、気が引けてしまう。
そう思いながらマルクが引いてくれた椅子に腰を下ろした。
「お帰り、アリシア」
「今日もお疲れさま」
「ただいま。お腹すいちゃった」
掛けてくれる聲に応えながら、ぐぅと主張をするお腹を押さえた。
うん、まずはご飯を食べてからにしよう。イライラしていたらお腹が空いてしまったから。
マルクとドロテアがテーブルに食事を並べ、禮をしてから去っていく。
テーブルに飾られているダリアとかすみ草に、キャンドルの燈が映ってとても綺麗。
「さぁ、いただこうか」
父の言葉に頷いて、両手を組んで祈りを捧げる。
恵みに謝を。
今日のメニューは鴨のステーキ。グリルされた野菜が彩りもよく添えられている。それから野菜のクリーム煮、舟型が可い一口サイズのキッシュ。籠に盛られた白パンはまだ溫かそうだ。デザートはリンゴのタルトで、キャラメリゼされたリンゴがきらきらと輝いていた。
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まずキッシュを食べてみる。
さくさくの生地と、し塩気のあるフィリングが合っていて味しい。塩気が強いのはベーコンだろうか。
「ん、味しい」
「今日の仕事はどうだった?」
「いつも通りよ。兄さんは?」
鴨を切り分けながら、いつものように兄が聞いてくる。
ここでもう王様の事を零したい気になるけれど、まだ我慢。味しいご飯を楽しんでからにしたい。
「僕もいつもと変わらずかな。平穏なのが一番って事だね」
本當にそう思う。
頷きながらカトラリーを手にして、鴨を切り分けた。ナイフをれるだけでらかいのが伝わってくる。赤ワインのソースを絡めて口に運ぶと、やっぱりとってもらかい。
噛む度に口の中に広がる甘い脂とが味しい。
赤ワインで満たされたグラスを口に寄せると、ふわりと花の香りがした。
クリーム煮も、パンも味しくて、し食べすぎてしまったかもしれない。
怒るっていうのはやっぱり力を使うのだろうか。イライラした分だけ食べてしまったような気もするけれど……味しいのだから仕方がない。
自分にそう言い聞かせながら、デザートのタルトに向かい合った。
一口分をフォークに載せて口にれる。食の殘るリンゴはとても甘いけれど、カスタードクリームが甘さ控えめだから食べやすい。タルトはし固めのしっかりとした生地で、食べ応えがあった。
「……アリシア。あなた、何かあった?」
タルトを堪能しているわたしに、心配そうな母の聲が掛かる。
予想外の言葉に思わず噎せてしまいそうになったけれど、何とかそれもタルトと一緒に飲み込んだ。
「……っ、どうしたの、急に」
「だってよく食べているから」
「わたしはいつも食べるけれど……」
「それでも、いつもと何かが違うのよ」
何かがあったと確信している母の様子に、困ってしまって笑う以外に出來なかった。
手にしたままのフォークを置き、ゆっくりと息を吐く。見れば父も兄もわたしの言葉を待っているようだ。
「……王様と帰りがけに會ってしまって」
わざわざ侍に扮してまでわたしの所にやってきた事。
ノアを連れていきたいと、また言われた事。
婚約を一度解消しているのだから、もう一度でも平気だろうと言われた事。
──ブルーム商會の商売について、れられた事。
出來るだけ事実だけを述べて、わたしのは籠めないようにしたつもりだったけれど……三人の顔から段々と表が消えてしまった。
「まず……大変だったな、アリシア」
労ってくれる父の顔もひどく険しい。母が俯いて、涙を拭っている様子も見てしまった。
「うちの商売に関して、お前が心配する事はないよ。正直なところ、アンハイムでのカミラ王の影響力はないからね。元々アンハイムから出てこなかった王だ。他國との付き合いがそれほど濃いとも思えない」
冷靜な父の言葉にほっと安堵の息がれた。
王様の我儘で、うちが巻き込まれるなんてとんでもない事だもの。
「……あの王はいつになったら帰るんだか」
ぼそりと呟いた聲。
兄の方を見ると、薄く開いた瞳に怒りのが濃く映っている。
「ジョエル君が付き合わされて、アリシアが巻き込まれて。もうしだから辛抱してくれなんて我慢ばかり強いられて……一いつまで待てばいいんだ。悪いけど僕は、王の振る舞いを許している上(・)にも不信を持ってる」
「兄さん……」
わたしが心の奧で思っていた事を、兄が口にしてくれたみたいだった。
いつまで待てばいいのか。いつになったら、わたしとノアは日常に戻れるのか。
王様じゃなくて周りの人が頭を下げて……でもそれって、我慢しろって言っているのと同じだもの。皆が大変だって分かってる。でも、それっていつまで?
「いざとなったら、拠點を他の國に移したっていいじゃない? ねぇ、あなた」
目が笑っていない母が口にした言葉は突飛なものに聞こえるけれど、父はそれを否定する事も無く頷いている。
「いまの商會なら、どこの國でもやっていける。アンハイムと取引をしないと、選べる程にな」
「取引しなくていいよ、あんな王の國なんて。どこに輿れするんだっけ? その國との取引だってお斷りだね」
大きな溜息をついた兄もそれに同意している。
巻き込んで申し訳ないと思うけれど、でも……家族がわたしの味方をしてくれる事にほっと安堵の息がれた。
安心したら涙が浮かんでしまって、それを誤魔化す為にタルトを口に詰め込んだ。甘いけれど、それが何だか切なくて──ノアに會いたいと思った。
「大、何でそこまでジョエル君に執著するのか。いや、確かにあの貌だけど。に落ちるっていうのも……」
「たぶん、王様はノアにをしているわけじゃない。好きだから一緒になりたいとかじゃなくて、綺麗だから連れていきたいって……そういうじなんだと思う」
「なんだそれ……」
わたしの言葉に、兄が呆れたように溜息をつく。
心底うんざりしたような聲に、思わず苦笑がれてしまった。
「……カミラ王はい頃から甘やかされて、我儘に育ったそうよ。國で降嫁先を探そうにも皆が難を示して、そんな王を他國に嫁がせるわけにもいかない。だからアンハイムで一生を過ごさせるつもりで、今まで外にもれてこなかったそうなの」
母が話す容は、わたしは知らない事ばかりだった。
きっとお祖父様達から聞いたのだろう。
「でもアンハイムとの架け橋にカミラ王を……と名乗りをあげたのが、モンブロワ王國。獨立したばかりの小國で、アンハイムからの支援がしいのじゃないかしら。支援してくれるのなら、どこの國でも良かったのかもしれないけれど」
すっかり貴族の顔に戻った母が、ワインを飲みながらそんな報を口にする。
父も兄も驚いている様子はないから、この事は知っていたのかもしれない。
「とにかく、僕達はアリシアとジョエル君の味方だからね。國があてにならないなら、もう見限ったっていいんだ。だからアリシアは何も心配しなくていい」
「そうよ。悪い事なんてひとつもしていないんだから、を張って」
「アリシア。お前の幸せを、私達は願っている。それを忘れないでくれ」
皆の言葉に、が熱くなる。
溢れた涙を誤魔化す事なんてもう出來なくて、れる嗚咽を飲み込むだけでいっぱいだった。
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