《【第二部完結】隠れ星は心を繋いで~婚約を解消した後の、味しいご飯とのお話~【書籍化・コミカライズ】》2-25.予想外で予想通り

晝食を食べ終わって、もうししたらお晝休憩も終わり。

會議室の扉がノックされたのは、そんな時だった。

ノックの音にが強張る。それはわたしだけじゃなくてウェンディも同じだったようで、警戒するような視線を向けていた。

わたしに「待ってて」と小さな聲で告げた後、席を立って扉に向かう。本當はわたしも行くべきなのだろうけれど、もし相手が──王様だったら。それが分かった時點で姿の見えないところに隠れさせて貰うつもりだった。

扉に近付いたウェンディは、ノックの主と何か話をしているようだけれど、相手の聲はわたしのところまで屆かない。でもウェンディがほっとしたように肩の力を抜いた事は分かったから、王様ではないようだ。

わたしも席を立ってそちらに向かった。

ウェンディが扉を開ける。

そこに居たのはノアと、ラルスさん。

「ノア……」

「休憩中にすまない。様子を見に行くと言っただろう?」

「そうだったわね。ありがとう」

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本當に來てくれるとは思わなかったから、凄く嬉しい。それだけ心配させてしまっているという事なのかもしれないけれど、嬉しくて笑みが零れてしまった。

ノアも目元を緩ませて、下ろしたままのわたしの髪に指を絡めた。

「アリシアちゃん! ちょっとアインハルトに言ってやってよ!」

ラルスさんの大きな聲にびっくりして肩が跳ねる。一どうしたのかとそちらを見ると、ラルスさんの隣ではウェンディが苦笑いをしていた。

「俺にマフィンを分けてくんねぇの。いくら頼んだって全部ひとりで食べちゃってさ~。俺もアリシアちゃんのマフィン食べたかった……」

拗ねた様子のラルスさんに、ノアの手紙の一文が頭をよぎる。

──強請られたけどやらなかった。

「じゃあまた今度作ったら──」

「やらなくていい」

今度作ったら持っていく……と言おうとした聲は、ノアに遮られてしまった。

「えー! アリシアちゃんは今、くれるって言おうとしたじなのに?」

「そんなにマフィンが食べたいなら買ってやる。どこの店のがいい?」

「そうじゃなくて、俺は手作りの──」

「店で売ってるのだって手作りだぞ」

「そうだけど、そうじゃなくて!」

二人の掛け合いが面白くて、わたしとウェンディは思わず笑ってしまっていた。

ウェンディはわたしだけに見えるように、口元に人差し指をあてている。その悪戯っぽい表に、わたしがウェンディにマフィンを渡した事を緒にするというのが分かった。

「お前がこんなに獨占の強い男だったとは……」

「俺だけじゃない。きっと団長だってそうだろう」

「確かに……」

がっくりと項垂れているラルスさんは、すぐにぴっと背を正したかと思ったらノアに指を突き付けた。

「俺に人が出來て、手作りのものを貰ってもお前には絶対やらないからな!」

「ああ」

「うわ余裕だよ、この男」

両手を肩の高さに上げて盛大に肩を竦めるラルスさんは、わざとらしく溜息をついてからウェンディへと向き直った。両手の人差し指で壁の方を指し示しながら「夫人にお話があったんだ」と言っている。

ウェンディとラルスさんがし距離を取るけれど、もしかしたらこれは気を遣ってくれたのかもしれない。

「悪い。騒がしかったな」

「ううん、楽しかった。……マフィンくらい、いくらでも焼くのよ?」

「お前のマフィンが味いって、食べさせて自慢してもいいんだけどな。でもなんか……癪に障るから嫌だ」

溜息じりの言葉に潛む獨占。ノアのそんな面が見られるなんて思わなくて、何だかがドキドキする。

「今日は迎えを頼んであるのか?」

「ええ。マルクが馬車で來てくれるって」

「それなら良かった。馬車が來るまでの間は俺が一緒にいる。この會議室に迎えに來たらいいか?」

「え? すぐに來るから大丈夫よ。お仕事を抜けてくるんでしょう?」

ノアはれたままだったわたしの髪をそっと下ろすと、その手で頬を包み込む。親指の腹で目元をでながら、ふっと笑った。

わになっている夕星(ゆうつづ)の瞳が優しく細められている。

「問題ない。ここから門までだとしても、心配なんだ。俺の平穏の為にそうさせてくれ」

「……分かった。じゃあ、お願い。ねぇ、ノア……」

「ん?」

「いつもありがとう」

わたしの言葉にノアは目を瞬いて、先程よりも笑みを深めた。

その笑みに好きって気持ちが溢れていく。ノアの事が好きだと思い知らされて、の奧がきゅっと切なく締め付けられた。

ノアの指が目元からへとる。彼が口を開いて──

「ええ!? 噓でしょう!?」

ウェンディの聲が響いた。

何かを言いかけた口がぎゅっと閉じられた。わたしにれていた手がゆっくりと落ちて、何事かとわたしとノアはウェンディへと目を向けた。

ウェンディは大きな聲を出してしまったからか、気まずそうに両手で口を覆っていた。

「どうしたの、ウェンディ」

眉を下げたウェンディは、ラルスさんとノアに視線を向けてから、口に當てていた両手をそっと下ろした。

「……カミラ王殿下が、部屋に閉じこもって出てこないって」

「ええ?」

ノアに顔を向けると、彼は溜息をついてひとつ頷いた。

「お晝ごろに帰られるって……」

「その予定だった。帰國するための準備も全て整い、あとは馬車に乗るだけだったんだが……帰らないと駄々をこねて部屋に籠もっている」

予想外といえばそうだし、予想通りともいえる。

思わずれた溜息に苦笑いするしかなかった。

でも、そうか。だからノアは──

「勘違いするなよ。王殿下が帰國していても、お前に會いにここに來るつもりだった。帰りに馬車まで送るのも、王殿下がいようといまいと変わらない」

わたしの心を読んだような言葉に、し驚いてしまう。でもその気持ちが嬉しくて、わたしは笑みを浮かべて頷いていた。

「ありがとう」

様が帰らなくて、きっと彼も大変だろう。落ち著かないだろうし、出歩くにしても気を張っていないといけない。

それでもわたしに會いに來てくれて、大事にされていると実してしまう。

「まぁそういうわけだから、アリシアちゃんも気を付けてね」

「アリシア、絶対にこの會議室から出てはだめよ」

心配してくれる二人の気持ちも有難い。ここまでして貰って、わたしの不注意でトラブルに巻き込まれるような事は絶対に避けなくては。

パチン、と高い音が聞こえた。

何かとノアに目を向けると、懐中時計の蓋を閉めた音だった。黒の懐中時計からは金の鎖が垂れている。

「そろそろ時間か」

「そのトレイ、俺が食堂まで持っていってあげるよ」

そう言うとラルスさんはトレイを両手にそれぞれ持つと、扉の方へ移する。

「ありがとう。じゃあアリシア、また後でね」

「ええ。ウェンディも気をつけて」

わたしの言葉に笑みで応えて、ウェンディは扉を開ける。先にラルスさんが出て、それからウェンディが會議室を後にした。

「また後で」

「ノアも気をつけてね」

「詰所の奧に籠って書類仕事をしているからな、俺も會わずに済みそうだが。ジーク殿下やラジーネ団長は頭を抱えていると思うぜ」

振り回される二人を思い浮かべると苦笑いしかれない。

ノアはわたしのピアスを揺らしてから、掠めるような口付けをに落とした。

それだけでわたしの顔が一気に熱を持ってしまう。

「ちょ、っ……と!」

「誰もいねぇよ」

こんなところで、と続くはずの言葉は笑みじりのノアの聲に遮られる。

わたしの頭を優しくでてから、ノアも會議室から出て行ってしまった。

扉が閉まる音が聞こえるのに、わたしの鼓の方が大きいみたい。

に指でれる。指にれる吐息が熱を持っていた。

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