《真実のを見つけたと言われて婚約破棄されたので、復縁を迫られても今さらもう遅いです!【書籍化・コミカライズ連載中】》13話 帝國の皇太子

小さな街の宿屋ではあったが、最上階はワンフロアの大きな部屋になっていた。

扉を開けると広々としたエントランスホールが現れて、正面の壁にはモザイクの絵が飾られている。

両脇に扉があり、開いているどちらの扉を通っても奧にある部屋へ行けるようだ。

エントランスの両端にもいくつか扉があり、かなりの広さであることが分かる。

奧の部屋には豪華な応接室があった。

中央に豪華なマホガニーのテーブルがあり、緑の布を張った椅子が置いてある。

正面の大きな窓からは街が一できるようで、赤い屋が下の方に見えた。

されたマリアベルとジェームズが席に著くと、正面に黒髪の騎士が座った。

「遠いところ、よくぞ參られた」

耳に殘るような低く深い聲が響く。

ただそれだけでその場を支配してしまうような聲に、きっとこの騎士はただの騎士ではないと、思わずマリアベルはを固くした。

「警戒せずともよい。……先に名乗りを上げておこう。私はレナート・ガレッティという」

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優雅に足を組んだ青年の名前を聞いて、マリアベルは思わず息を止めた。

レナート・ガレッティ。

それは、このガレリア帝國の皇太子の名前だ。

すぐに分からなかったのは、マリアベルが見たことのある絵姿が、何年も前のものだったからだろう。

こうして直接會うのは初めてだが、まだ若くとも切れ者の皇太子としてその評判は伝え聞いている。

ガレリア帝國が友好國だから良かったが、もし敵対している國の後継者であったなら、最大限に警戒していただろう相手だ。

いや、たとえ友好國であったとしても、他國の皇太子だ。

警戒するに越したことはない。

マリアベルは隣に座る父に、さりげなく目を向ける。

わずがに張しているように見えるのは、父もまた、彼が皇太子であることを知らなかったからだろう。

それが分かって、マリアベルはし安心した。

おそらくこの場所で帝國側の人間と會うのは決まっていたのだろうが、それが単なる「帝國側の人間」ではなく「帝國の皇太子」であったというのでは、まったく意味が違う。

今この場で向かい合って話しているのを政敵に知られでもしたら、それだけでもバークレイ侯爵家を陥れられるだろう。

いくら本人が否定しても、ジェームズが王國に対して何らかの叛(はん)意(い)があると思われてしまう。

油斷してはならない。

マリアベルは優雅に椅子かららせると、両膝をついての前で手を組み、頭を下げる。

これが著席している相手への、帝國の正式な禮だ。

その隣ではジェームズが片膝をついて、深く頭を下げていた。

「帝國の猛(たけ)き獅子と尊ばれる方にお初にお目にかかりますこと、大変栄に存じます。私はジェームズ・バークレイ。こちらは娘のマリアベルと申します」

リラックスしている様子のレナートとは逆に、マリアベルたちの表は固い。

「よい、楽にせよ。この場は非公式のものだ」

レナートの言葉に、もう一度深く頭を下げたジェームズとマリアベルは、視線を下げたまま再び椅子に腰かける。

マリアベルがゆっくりと顔を上げると、じっとこちらを見ているレナートと目があったが、すぐにそれは逸らされる。

「さて、バークレイ候から我が國に打診のあった旨は承知している。バークレイ産の麥の流通の許可と……」

そこで言葉を切ったレナートは、深い青の眼差しを再びマリアベルに向けた。

まるで値踏みをするようかの視線に、マリアベルは不快を覚える。

そしてその視線に対抗するように、一分の隙もないように姿勢を正した。

「そちらにいるご息の相手にふさわしい人の紹介、であったかな」

レナートの言葉に驚いたマリアベルは、思わず橫に座るジェームズに顔を向ける。

ジェームズがマリアベルの將來を心配してくれていたのは知っている。

確かにエドワードに婚約破棄をされたマリアベルでは、王國で良い縁談はめないだろう。

十年前の疫病で貴族が減り、王國の勢力図はかなり変わった。

西の大國を発端とした疫病は世界中を席巻したが、それを救ったのもまた西の大國が開発した特効薬であった。

それを扱ったダンゼル公爵家は、瞬く間に宮廷を掌握した。

そしてダンゼル公爵家に対抗する家が旗頭にしたのが、力をつけてきたバークレイ侯爵家だ。

エドワードの婚約者を決める際にダンゼル公爵家に年頃の娘がいれば、おそらく問答無用で決まってしまっていただろう。

だがあいにく、釣り合いの取れる娘がいなかった。

さらにエドワード本人が茶會でマリアベルを気にったことがバークレイ侯爵派を後押しし、婚約者に決まったのである。

しかしそれがエドワードによる婚約破棄でひっくり返ってしまった。

おそらく現狀でマリアベルには良い縁談などめないだろう。

ましてや、裏があるかもしれないサイモン・レントとの結婚など、論外だ。

そう考えて、マリアベルの相手を帝國の貴族にと思ったのだろうが、まさか、皇太子直々に結婚相手を斡(あっ)旋(せん)してくれるとは思わなかったに違いない。

「帝國の貴族で、年はあまり離れておらず、品行に問題はなく、バークレイ嬢を正妻とし、大切にする相手、であったかな」

マリアベルは、父の出した條件を聞いて心で驚いた。

マリアベルはエドワードに宣言した通り、自分自する相手を探したいと思っている。

だがマリアベルは貴族の娘だ。

そんなわがままが通用するはずもないことを良く知っている。

知っていたけれど、束の間の夢にひたっていたかったのだ。

政略結婚というものは、家同士の利益のためにするものだ。

だから父が薦めてきた相手との婚姻はなるべくけようと思っていた。

だがこれではバークレイ侯爵家に何の利ももたらさない。

まるで、マリアベルの幸せだけを願って結婚相手を探しているかのようだ。

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