「父のことなのですが、なぜ近衛が父を捕まえたのですか？」

マリアベルの問いに、エドワードは大きく目を見開いた。

「それは誤解だ。私はバークレイ侯を保護しているだけだ」

「誰から保護するというのです」

「それは……」

エドワードは言いよどみながら、父である國王を見る。

だが國王は一言も発しなかった。

「ダンゼル公爵は、バークレイ侯に明らかに叛意があると主張していてね。もし彼に捕らえられてしまったら、地下牢に送られかねない。だから先に、こちらが取り調べるという形で保護したんだ」

北の塔は罪を犯した貴族を収容する牢の役目を持っている。

上層は貴族用の貴賓室となっており、外に出られない以外は快適な生活が保障されているが、地下の牢は重罪人しかれられないためその環境は劣悪で、日も差さずじめじめとした牢は貴族でなくとも長期間の拘留で調を崩すと思われるほどだ。

「……陛下からの手紙というものは私も拝見いたしましたが、殿下が直接陛下からけ取られたのですか？」

「いや。それが、朝議でマリアベルの件で話し合っている時に倒れてしまったから、後でダンゼル公爵が持ってきたんだ。書狀はできていて、あとはもう璽を押すだけだったしね」

璽は國王が離さず持っている鍵でしか開けられない引き出しに保管されている。

だから偽の璽で押印して、エドワードに渡したのだろう。

「ダンゼル公爵が、璽を押したのですか？」

「まさか。陛下から鍵を預かった公爵がすぐに私に渡してくれたんだ。仕方なく私が璽を取り出して押印したけれど、その容に納得していたわけではないから、なんとか捕縛される前にバークレイ侯を保護しようと思ってね。マリアベルが帝國に嫁がないのであれば、領地を帝國に渡すという話もなくなるだろう？」

マリアベルは思わず目を見張った。

璽のある引き出しを、エドワードが間違えるとは考えられない。

ならば、鍵は本だったということになる。

では璽そのものがすり替えられていたということだろうか……？

「鍵は今も殿下がお持ちになっていらっしゃるのですか？」

「もちろん。ここに」

そう言ってエドワードは元を叩く。

その様子は、噓を言っているようには見えない。

マリアベルは混した。

あの手紙に押印されていた璽は、本にしか見えないが、明らかに偽だ。

だが一、誰がいつ、どうやって偽とすり替えたのだろう。

誰もが言葉を発せないままでいると、突然玉座から聲がかかった。

「それはおかしい話だな。私は鍵を離さず持っているよ。ほら」

國王はそう言って、元から鍵を取り出す。

その手の先には、鈍い金の鍵がっている。

「では私のこの鍵は偽ということですか！？」

驚愕するエドワードに、國王は靜かに答える。

「そうなるね」

「ですが、この鍵を使ったのは、確かに璽のある引き出しでした」

「璽を収める場所は、一カ所とは限らないと教えなかったかな……？」

「ではそれならば、ダンゼル公爵が、璽を偽造したということになりませんか」

「……既に、捕縛命令は出している」

「璽を偽造し、バークレイ侯爵に冤罪をかけるとは、なんという恐ろしいことでしょう。私もダンゼル公爵の企みに気がつかず、申し訳ありません」

エドワードが頭を下げるのを、國王は悲し気な表で見つめる。

「最近は、自分の執務だけで一杯だったからね。仕方がないのかもしれないね」

「私ももうし父上のお手伝いができればと思うのですが、申し訳ありません」

エドワードが執務に追われているのは、マリアベルとの婚約を破棄してからだ。

それまでは、何をするのにも余裕があった。

アネットもがんばってはいるのだが、まだまだ先は長い。マリアベルのようにエドワードの執務を手伝えるようになるには、數年かかるだろう。

エドワードは、それならばやはり、王國のためにもマリアベルとの婚姻を進めるべきだと思った。

「すまなかった、マリアベル。私が間違っていた。やはり私には君が必要なんだ。どうか意地を張らないで戻ってきてほしい」

「一、なにをおっしゃっているのです？」

「君が私のことを思ってくれているのに気がつかなくてすまなかった。これからは、君のことも大事にすると誓おう」

右手をに當てて訴えるエドワードの空の瞳は憂いに満ちていて、まるで語の貴公子のようだった。

だがこれは劇の中の出來事ではないし、マリアベルもまた、舞臺の上の役者ではない。

「真実のを見つけたとおっしゃって婚約を破棄なさったのは殿下ではありませんか！　今さらなにをおっしゃるのですか！」

マリアベルはそうんだ。

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