「アニカ、そろそろ妃教育を再開しないか？」

王城の庭園にあるガゼボでお茶をしながら、真の聖として僕と婚約したアニカに、窺うようにそっと問う。

「……どうしてですか？」

「君は王太子妃になるのだろう？」

「ええ。聖なのだから、無條件でなれるでしょう？」

「そうだが……」

アニカは結局、あれ以來妃教育を拒み続けている。

確かに、この國では聖が誕生したら王位を継ぐ者と結婚するという習わしがあるのだが――。

それでも歴代の聖は皆、ちゃんと王妃としての教養をにつけていた。

もちろん、シベルもそうなるべく、い頃から妃教育をけていた。

シベルが妃教育を拒んでいるのは一度も見たことがない。

確かにアニカのように僕の前で楽しげに笑ってくれたこともなかったが、それが王太子妃として相応しい振る舞いであると僕もじていた。

アニカは素直で可らしいだが、我儘が過ぎる。

し強く注意されるとすぐに機嫌を損ねてしまうのだ。

最近は、王子である僕に対してもそうだ。

だから今もこうして、彼が好きな紅茶とケーキを用意して、快晴で気持ちのよい青空の下、彼の機嫌を確認してからこの話を持ちかけたのだ。

なぜ王子である僕がこんなに気を遣わなければならないのだろうか。

まったく、聖だからと偉そうに。

……そういえばシベルは、僕に偉そうな態度を取ったことはなかったな。

まぁ、僕以外の前では取っていたのだろうが。アニカのこともいじめていたようだし。

しかし、二人は姉妹なのにあまりに違う。

まぁ、が繋がっていないのだから當然かもしれないが。

「それよりこのケーキ、もっといただきたいわ！」

「え！　まだ食べるのかい！？」

「いいじゃない。私は聖よ？　好きなものを食べさせてよ。聖は幸せでないと、その力が発揮されないのよ」

「……そうだが、最近し食べ過ぎなんじゃ……」

言葉を選んでみたが、僕の視線にアニカは不快そうに眉を寄せた。

「なんですか。私が太ってきたとでもおっしゃりたいの？」

「いや……まぁ、し……」

「酷いわ、マルクス様！　どうして貴方までそんなことを言うの！？」

「あ……、いや、わかった。わかったから、もう好きにしたらいいよ……」

むっと不機嫌そうに頬を膨らませて怒り出してしまうアニカに心で溜め息をつき、僕は無糖の紅茶を飲んだ。

クリームたっぷりのケーキと、新しくおかわりした紅茶に、たくさんの砂糖をれるアニカを見ているだけで、焼けする。

僕と婚約したばかりの頃は、小柄でスマートな、可らしいだったのに。

王宮で贅沢三昧しているアニカは、たった數ヶ月の間で、しえてきた。

ダンスのレッスンも、すぐに「疲れた」と言って休むらしい。

確かに、聖は幸せであればあるほどその力を発揮すると言われている。

だからって、ちょっと好き勝手過ぎやしないか……？

アニカに合うような優しい教師も探してみたが、優秀な者は皆既にアニカは手に負えないと言い、辭めている。

これ以上、この我儘聖(・・・・)を手なずけられる者がいるとも思えない。

しかし、彼はこのまま形だけの妃になってもいいのか……？

僕は、父のように人を囲いたいとは思わない。

父と人は、元々想い合っていた同士の二人だった。

しかし相手のは、王妃として相応しい家の娘ではなかった。

だから父は仕方なく、母を正妃に迎えたのだ。

しかし、母はそのせいで苦しんでいた。

父が自分をしていないのは知っていたうえ、先に人のほうに子供が生まれてしまったのだから。

それから五年が経ち、ようやく僕が生まれた。母は僕を次期國王にするために盡力してくれた。

だから僕は、母の期待に応えるためにも、王太子にならなければならないのだ……！

どこにいるかもわからない兄が次期國王？

そんなものは認めるものか……！！

僕のほうが王に相応しいに決まっている！！

大丈夫。僕には聖(アニカ)がいるんだ。

いくらアニカに教養が足りないとしても、アニカが真の聖なのだ。

教養だけあるシベルとは違う。

あとは、父に僕の立太子を認めてもらうだけ――。

早く。早く王太子にならなければ。

――そう思って過ごしていたある日、突然王都に魔が現れた。

王都を守っている第三騎士団の者たちがすぐに討伐に向かったため、被害は最小に抑えられたが、王都に魔が出るなどここ數年は一度もないことだった。

なぜなら二十年前に亡くなった曽祖母ぶりの、聖が誕生したからだ。

しかし、聖(アニカ)が王都にいるのに、一なぜ急に……？

まさか、聖の力が弱まっているのか？

アニカが嫌がる妃教育を強要したせいだろうか……？

「――ええ！？　王都に魔が！？　ここは大丈夫なんですか！？」

「ああ、第三騎士団の者たちが討伐したからもう大丈夫だ」

「よかった……」

その話を聞いて、アニカは城と自分のを案じて怖がるだけだった。

その反応が、なんとも違和のあるものだった。

聖なのだから、もっと民のを案じたり、自分が何か役に立つようなことを言ったり、してくれるべきではないのか……？

それに、聖は存在するだけでその地は平和になるはずだ。

だからたとえ聖の力が目覚めていないとしても、王都にアニカがいるのに、なぜ魔が現れたのだろうか……。

そういえば、最近はシベルを送った辺境の地、トーリから魔の被害報告がない。

シベルが向こうに行ってからは、ゼロだ。

「……まさか、たまたまだよな」

一瞬よからぬ考えが頭を過ぎったが、そんなはずはない。あってはならない。

だが念の為、トーリの様子を……シベルが今どうしているかを、調べさせるか。

外國に留學していた僕の馴染、リックがちょうど帰國している。彼ならシベルも顔を知らないはずだから、様子を見てきてもらおう。

だがもし、シベルが真の聖だとしたら――？

「そんなことになったら、僕は終わりだ。聖を追放したなど……」

考えたくもない。

いや、だがやはりそれはあり得ない。大丈夫だ。

シベルは一度も聖らしいことをしたことがなかった。

それに比べてアニカは――

……アニカは？

僕は見ていない。

聖の力を使ったところを、母親が見たと言っただけだ。

「……」

僕の背中を、嫌な汗が流れ落ちた。

次回、シベルご褒回です！

※シベルには刺激が強すぎる可能があります。ご注意ください。（笑）