ああ……困った、困った。大変なことになったぞ。

王都に魔が出て、第三騎士団を討伐に向かわせたが、彼らは未だに帰ってきていない。

それどころか応援を要請され、第二騎士団の一部が討伐に加わった。

そこでとうとう、辺境の地・トーリに派遣されている第一騎士団の者までも、王都へ呼び寄せることになった。

もちろん、シベルも一緒に、だ。

魔が出たというのに、アニカは相変わらずまったく聖の力を使わない。

そもそも聖はいるだけでその地が平和になると言われているのに、なぜ王都に魔が出るのだ！？

たとえまだ真の力に目覚める前だとしても、遠い辺境の地に出るのとはわけが違う……！！

しかもアニカは毎日好きなことばかりして幸せなはずじゃないのか！？

聖は幸せであればあるほどその力が強くなると言われているのに、一なにが足りないというのだ……！

どうすればアニカは聖の力に目覚めるのだ……！！

「いい加減にしてくれ、アニカ！　聖である君が頼りなんだ！　聖なら、その力で魔たちを鎮めてくれ！！」

かなりの人數の騎士を魔討伐に出してしまったせいで、今は城の守りが緩くなっている。もしも今、城周辺に魔が出ようものなら……城(ここ)もどうなってしまうかわからない。

だから僕はとても焦っている。

「……できません」

「なぜだ！？　君は聖なのだろう！？」

もう何度もアニカを呼びつけてそう言っているが、彼はいつも瞳に涙を溜め、怯えるだけ。

「私だってなんとかしようと試みているのです……！　ですが、全然なにも起きないのです……！」

「なぜだ、君は聖の力を使ったことがあるのだろう！？」

「……そのときは、自然にできたのです……。とくになにかしたわけではありませんでした……」

「じゃあ――」

「マルクス様がしてくれないから……力が発揮されないのです……」

「なんだと……？」

続けられたアニカの言葉に、僕は耳を疑った。

「私は幸せではありません……マルクス様の婚約者は、思っていたのとは全然違います……っ」

「く……っせるか！　君のような我儘な……！！」

「ひどい……っ！」

あー、イライラする。

なんなんだ、この自分勝手なは。

シベルは違った。

可げはなかったが、こんなに自分勝手ではなかった。

これならシベルのほうがまだマシじゃないか。そのうえシベルが真の聖だとしたら――

「アニカ……！」

そこで、ようやく呼びつけていたアニカの母親がやってきた。

「ヴィアス夫人。貴は彼が聖の力を使っているところを見たと言ったな」

「はい……」

「そのときの狀況を的に話せ」

「それは……」

証拠がない。それは仕方ないことなのかもしれない。シベルが聖の力を使っているところを見たと言ったリックもそうだが、実際に聖の力を使っているところを見ない限り、確信を持つのは難しいだろう。

だから僕はその言葉を信じたのだ。

だがリックからは、シベルが聖の力でウルフの群れを一瞬にして倒してしまったと聞いた。では、アニカはなにをしたのだろうか？

今できることは、その力を比べることだ。

「これは命令だ」

有無を言わせないように鋭く睨んで告げると、ヴィアス夫人はおずおずと分厚いを開いた。

「小鳥が……」

「鳥？」

「はい、アニカが、面倒を見たら……、弱っていた小鳥が元気を取り戻したのです！　あれはまさに聖の力……！　それから、この子が育てた花はとてもよく育ちますし、この子には特別な力が――」

「それだけか？」

「……え？」

「アニカはその鳥を一瞬で治したのか？」

「一瞬ではなかったですが……」

「それだけでアニカが聖だと？」

もっと的な、決定的な何かを見たという話ではなかったのか？

例えば祈りを捧げて一瞬にして怪我を治しただとか、せめて聖なるを放っただとか――。

なぜ僕はそのときにすぐ確認をしなかったんだ……！

シベルは聖ではなく、アニカが真の聖であると……アニカが聖の力を使っているところを見たと言われて、あのときは簡単に信じてしまった。

〝やはりな〟と、そう思ってしまった。それをんでいたのだ。

「ですが、シベルはこの子以上に聖らしいことを何一つしていません！！　聖はアニカです、殿下！！　信じてください！！」

「では見せてみろ」

「えっ」

「魔が出たのだ。今すぐ聖の力を見せろ！！」

苛立ちが頂點に達し、大きな聲を出してしまった。

するとアニカも母親もびくりと肩を震わせ、アニカは瞳に溜めていた涙をぼろぼろとあふれさせた。

「……む……、無理です……っ使い方がわかりません……っ」

「くそ……っ！」

「だから俺は言っただろ？　聖はシベルのほうだよ」

その様子を黙って見ていたリックが、呆れたように溜め息を吐いて言った。

「第一騎士団とシベルの到著はまだか！？」

「まぁ落ち著けよ第二王子。貴方がそんなに取りしてどうする」

「……っ」

まるで他人事のように息を吐いて僕の肩に手を置いたリックだが、こいつはなにもわかっていないのだ。

もし本の聖がシベルで、その聖を僕が追放したせいで王都がこんなことになってしまったということが公(おおやけ)になれば、僕は終わりだ……！！

王位を継ぐどころか、下手をすれば廃嫡されて罰をけるかもしれない……！

「シベルが聖だと思ったのなら、なぜあのとき彼を連れて戻らなかった」

「は……？　なに、俺が悪いの？」

「そうだ！　なんのためにお前をトーリに送ったと思ってる！？　使えない男だ！！」

やり場のない怒りを馴染であるこの男にぶつけてしまえば、その途端彼の顔が変わっていった。

「ああ、そうですか。だったら俺のことも追い出すか？　よく調べもしないで人のせいにばかりしていたら、誰も殘りませんよ、第(・)二(・)王(・)子(・)の(・)マ(・)ル(・)ク(・)ス(・)殿(・)下(・)」

「黙れ！！」

僕が今一番気にしていることを敢えて何度も口にするリックの手を大きく振り払い、聲が掠れるほどんだ。