馬車を走らせること數時間。

王都から離れた、緑溢れる地帯にローガン公爵家の屋敷はあった。

屋敷というより、宮殿……いや、城に近かった。

「すごい……」

馬車の窓から田舎娘のように顔を出して思わず呟く。

公爵家のお住まいとなるとこんなにも桁違いな規模になるのかとアメリアは慄いた。

太のが反して眩しいほど煌めきを放つ純白の城、庭園には何かの神話に出てきそうな神像をモチーフにした噴水。

そして何よりも……。

（あれはフラルの花！　絞ったら甘いが出て味しいのよね。サラダの王様、ジャルジャル草もあるわ！　貴重な栄養源になりそうね。あれは何かしら？　見たことないけど、見栄え的にきっと味しい草に違いないわ！）

ハグル家とは比べにならないほど広大な庭園に、雑草採取歴十年のボルテージが最高に達した。

王都から離れた若干辺境の地ではあるが、元々ごった返した街中などあまり得意ではない、むしろ自然の方が馴染みのあるアメリアにとっては居心地良さそうな場所であった。

「お待ちしておりました、アメリア嬢」

馬車が止まるなり、使用人と思しき初老の男が出迎えてくれた。

品のある白髪に白い髭。

格はすらっと細く、執事姿がよく似合っている。

慌ててトランクを馬車から下ろそうとする。

しかし、いつの間にか男の両手に一つずつトランクが持たれていた。

「お、重たいですよね、それ。本とかたくさんっているので……私がお持ちします……！！」

「いえいえ、こちらは私どもの仕事ですゆえ、お気になさらず」

「あ……ありがとうございます……」

ペコペコとお辭儀をすると、男は一瞬怪訝そうな表をした。

アメリアが不思議に思う間もなく、男はニッコリと人を安心させる笑みを浮かべて言う。

「こちらです」

城の中に通される。

興はそのままで、アメリアはきょろきょろと首をかし続けた。

一眼で豪華だとわかるシャンデリアに、どれほどの値がつくかわからない絵畫。

大理石作りの床はピカピカで、ところどころに合いの良い花が花瓶から顔を出している。

（味しそう……って、あれは食べてはだめね）

実家は資金繰りの影響で使用人を減らしたため、よく見ると掃除が甘い。

しかしこの屋敷は隅々まで清潔が行き屆いていて、自分なんかが土足で歩いて良いものなのかというためらいすら生じてしまいそうだ。

オンボロで燻んだ家屋にを置いていたアメリアとしては、々落ち著かない。

「こちらで、旦那様をお待ちください」

応接間に通されると、男は深く一禮して去っていった。

2つのトランクだけとカバンだけが殘される。

（ローガン公爵……どんな方なんだろう……）

曰く──暴公爵。

社界にも全く顔を出していないアメリアとは面識もないし、噂話も聞いていない。

義母やエリンが言うには、冷酷無慈悲の堅、傍若無人ですぐに暴力を振るうと言うことだったが……。

（暴力は……死ななければまあ……でもご飯はせめて一食はしいな……）

これまで、家族や侍からけてきた仕打ちのせいあって、思ったよりも悲観的に捉えていないアメリアだった。

慣れとは恐ろしいものである。

おおよそ、嫁ぎ相手への要とは思えないラインを考えながら待つこと十分。

「來たか」

ガチャリとドアが開く音がして、思わず肩がびくりと震える。

恐る恐る振り向くと──。

「ローガン・ヘルンベルクだ」

とんでもない丈夫がそこにいた。