《【書籍化・コミカライズ】誰にもされなかった醜穢令嬢が幸せになるまで〜嫁ぎ先は暴公爵と聞いていたのですが、実は優しく誠実なお方で気がつくと溺されていました〜【二章完】》第32話 泣いていい
「君は……家族に酷い目に遭わされてきたのか?」
頭の中が真っ白になった。
しばらく、アメリアは瞬きを忙しなく繰り返すだけでけなくなった。
『家でどのような扱いをけているか、口外したらタダでは済まさない』というセドリックによる刷り込みが、アメリアの口をかす。
「……いえ、私は」
「報の裏取りは出來ている」
反的に出かけた否定の言葉を、ローガンが打ち消す。
手ルートをあえて伏せる事で、アメリアの中で『全部知っている』という可能を一気に増大させた。
「酷い目とは……的にどのようなことを指しますか?」
「父や義母による待、離れへの監、極端な栄養制限、過酷な條件下での強制労働…………まだ必要か?」
「いえ……」
観念したように、アメリアは息をついた。
「……流石の、報収集力です」
「そうか……」
ローガンの表がより険しくなった。
カップに手を掛け、紅茶を一口。
「最初から引っ掛かってはいたんだ。事前に聞いていた噂にしては、あまりにも言が違い過ぎるし、能力も非常に高い。その點については、噂なぞ當てにならないと一笑に付すくらいだったが……」
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カップを置き、アメリアをまっすぐ見つめてローガンは続ける。
「冷靜に見て伯爵家令嬢とは思えないほど痩せ細り過ぎだし、実家から持ってきた荷は非常にない。極端に低い自己肯定や、時折見せる人目に怯えるような仕草……それらの源が全て、異母妹のエリン嬢を立たせるためにハグル家一丸となって君をげた事だとしたら、全て納得がいく」
「エリンのことまで……」
もはや、ローガンにはどんな誤魔化しも取り繕いも無駄だろうと、アメリアは思った。
深々と、アメリアは頭を下げる。
「申し訳ございません……どこかのタイミングで、お話しするべきでした」
「気にするな。そもそも話したいような事でも無かっただろう。なぜ今まで黙っていたのか、なんて無粋なことは聞かない。おおよそ、當主によって口止めされていたんだろう?」
図星だ。
反論の余地はない。
「俺が今日、この場を設けた理由は二つある」
ローガンが人差し指を立てる。
「一つは、ハグル家による君に対する扱いが真実であるかを、君の口から聞きたかった」
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それは先程、アメリアが認める事で達された。
次は中指。
「もう一つは……君自の気持ちを知りたかった」
「私自の……気持ち?」
質問の意図がわからないと、アメリアが伺うようにローガンを見ると。
「辛かったか?」
ずきんと、の辺りが傷んだ。
どこか優しい聲で投げかけられたその質問は、アメリアの心の奧底の、ひやりと凍りついてかなくなった部分を震わせた。
(ああ、これはだめ……)
認めたら、何かが決壊してしまう。
直的にそうじ取ったアメリアは、にっこり笑って答えた。
「いいえ、へっちゃらでしたよ」
眉を顰(ひそ)めるローガンに構わず、アメリアは言葉を続ける。
「確かに痛い事もされましたし、大事なものもたくさん壊されました……でも、もういいんです。我慢できない事はありませんでしたし、過ぎたことですから」
自分の聲が微かに震えているのも、割と滅茶苦茶なことを言っていることも無視した。
いつものように、アメリアは笑ってみせた。
いつもより表筋が、思ったようにかないのはきっと気のせいだ。
そんなアメリアを、ローガンはじっと見つめて。
「ある男の話をしようか」
徐(おもむろ)に立ち上がり、庭園の方に顔を向けて話を始める。
「そいつは賢かった。期から周囲との能力の違いを結果として見せつけた。一度見たものは二度と忘れないし、家庭教師が教えてもいない問題をスラスラと解く事も出來た」
“一度聞いたら忘れない”
先程、ローガンが口にした言葉をアメリアは思い起こし、これは誰の話なのか察してしまう。
「周囲はそいつを神と持て囃し、多大な期待と更なる飛躍の願いを注ぎに注いだ。そいつは期待に応えようとさらに勉學に勵んだが……別にそいつは、勉強が好きというわけでは無かった」
どこか遠い目をして、ローガンは続ける。
「そいつはただ、たった二人の人間……両親に認められたかったんだ。だが、代々武道家の家系だったそいつの両親は、そいつよりも武の才も秀でている兄の方にを注いだ」
ローガンの拳が、いつの間にか握り締められている。
「だが、武の才は人並み程度しかないそいつは、どれだけ勉學に結果を殘そうと認められる事はなかった。やりたくもない勉學にいくら打ち込んでも、本當にしいものはいつまで経っても手にらなかった」
どこか失したように、ローガンが目を伏せる。
「だが両親以外の周りの人間は、そいつに無遠慮な期待ばかり押し付けてくる……それに流されて、やりたくもない勉學をやり続けたそいつは………………ぶっ壊れて、無気力な時間を隨分と長く送った」
いつの間にか、アメリアはローガンの話に聞きっていた。
おかしな質問だと分かっていながらも、こう尋ねずにはいられなかった。
「その人は……今、どうなってるんですか?」
ローガンは肩を竦める。
「さあな。過去の諸々には踏ん切りをつけて、自分のやりたいことをやろうって決めて、どこかで紅茶でも飲んでるんじゃないか」
ふ、としだけローガンは口元に笑みを浮かべてみせた。
アメリアの張が微かに緩むのも、一瞬のこと。
アメリアの方に歩み寄りながら、ローガンは言葉を紡ぐ。
「自分の気持ちに噓をつくことは、最も自分を苦しめる行為だ。絶対にそうしなければいけない時以外は、しない方が良い。実家にいた頃は、自分の気持ちに噓をつかなければいけない狀況だったのだろうが……」
アメリアのそばに來て、ローガンは膝を折る。
目線は、アメリアと同じくらい。
「もう大丈夫だ。この屋敷にいる者は皆、君の味方だ。シルフィも、オスカーも、もちろん俺も。だから……」
今までずっとむすっとしていて。
笑顔なんてほとんど見せなかったローガンが。
人を安心させるように笑って。
「無理に取り繕わなくて良い。ありのままの君でいてくれ」
その言葉は、アメリアの心の奧の深い部分を突き抜けて。
く凍りついていた冷たい蓋を、じんわりと、しかし著実に溶かしていった。
──溶けた蓋の下から、今まで抑え続けてきたが溢れ出す。
もはやアメリアは、何か意味を持つ言葉を発する事が出來なくなっていた。
何か言わないといけない。
それはわかっている。
でも何を?
お禮? 肯定?
それとも……。
ぐるぐると思考が回って考えがまとまらないアメリアの頭に。
ぽん、と溫かいがれる。
「よく頑張ったな」
ぽん、ぽんと、ローガンがアメリアの頭を優しくでる。
「今まで本當に、よく頑張った」
大きな手のひらが、いつか自分をでてくれた母の手と重なって。
「う……ぁ……」
言葉にならない聲。
が溢れ出す。
瞼の奧に熱が燈る。
じわりと、目にっぽい何かが浮かぶ。
忘れていたあの覚が込み上げてくる。
だめだ、いけない。
こんなところで。
泣いちゃだめ。
泣いちゃ……。
「もう、泣いていい」
……ぽたり。
「うぁ……あ……」
……ぽたり、ぽたり。
「……うぅ……あぁあ……」
一度溢れ出したら止まらない。
「あ……うぅ……あぁあ……ぁあぁあぁあっ……ひっ、うっ……ああああぁぁああぁ……うっ……ぅあああぁぁあぁああああああぁぁぁぁああっ……!!」
雙眸から止め処なく溢れる熱い雫は、まだ自分が人間として失ってはいけないを持っている事の証明だった。
痛かった、辛かった、しんどかった。
誰かにずっと言ってしかった。
頑張ったねって。
辛かったねって。
もう大丈夫って。
泣いていいって。
言ってしかった。
ずっと言ってしかった言葉を、ローガンが言ってくれた。
そんなのもう、耐えられるわけがなかった。
ローガンの前なのにとか、人目があるかもしれない外なのにとか。
そういうのはもう、考える余地すらなかった。
アメリアは泣いた。
大聲で、天を仰いだり、しゃくりをあげたりして。
赤ん坊のように泣きじゃくった。
今まで溜め込んできた數多のが押し寄せてきて止まらなかった。
止めることなんて不可能だった。
長く、辛い実家での生活から逃れた末にようやく見つけた、安心できる場所で。
まるで、十年分の涙を流しきるかのように。
アメリアはいつまでも、いつまでも泣き続けた。
そんなアメリアをずっと、ローガンはで続けてくれていた。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
アメリアちゃんの心がようやくし前進したこの話にて、一章完結とさせていただきます。
次章からは本格的に実家サイドの絡みや、ローガンとの仲の進展などをメインに書いていく予定です。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
ここまでで「面白かった!」「二章も楽しみ!」「アメリアちゃん良かったねぇ……」など思ってくださった方は、ブクマや↓の☆☆☆☆☆で評価頂けると勵みになります……!
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